第20話 緊張

「雪城さんっ!!」


「はぁっ……!!」


 白い鎌が亡霊ゴーストコアを切り裂く。


「……お疲れ様。今の動き良かったよ」


「ありがとうございます」


 火村さんとの訓練から数日が経過していた。雪城さんの動きは驚くほど良くなっていた。


(火村さんに感謝しないとな……。というか火村さんが師匠になった方がいいんじゃないか?)


 雪城さんの中で何かが変わったのだろう。死神の強さは精神状態にも左右される。


「それにしても今日は亡霊ゴーストの数が多いですね……」


「今日というよりここ2、3日だな」


 最近双園市に現れる亡霊ゴーストの数は増えていた。


「さっきのも生田所長から説明のあった獄羊ごくよう市から侵入してきた亡霊ゴーストなんですかね?」


「おそらくね……」


 獄羊市とは双園市の西側にある大きい市だ。市の規模的には天馬市と変わらない。


「獄羊基地の亡霊ゴーストの討伐は上手くいっていないと聞きましたが……」


「そうらしいね」


「何が原因なんですか?」


「原因は色々ありそうだけど、一番の理由は出現する亡霊ゴースト対して死神が少ないことが原因だと思う」


「それって最初から少なかったんですか?」


「いや、そういうわけじゃない。以前はは適正人数がいて、しっかりと亡霊ゴースト討伐ができていたよ。ただ、ここ半年くらい死人やケガ人が絶えないらしくてね」


「今のままの状態が続くとウチも厳しくなりますよね……」


「だね。本部も応援を送っているみたいだけど、それでも追いつかないらしい。今は火村さんも月の半分は獄羊市に行ってるって言ってた」


「火村さんなら、すぐに解決できそうですけど……」


「そうもいかないらしい。以前に魂は心力マナを集めて、亡霊ゴーストになるって言ったよね」


「はい」


「獄羊市は空気中に心力マナが発生しやすい土地なんだ」


心力マナって人の中にあるものじゃないんですか?」


「最初はね。以前も言ったように心力マナを発生させるには心を動かす必要がある。死を経験した者は心力マナをある程度身体の中に貯めておけるようになる。ブラックボックスが解放されるように急にできるようになるんだ。でも、普通の人はそうじゃない。身体の中に心力マナを貯めておくことはほとんどできない」


「ということは……普通の人がすごく嬉しいことがあって、感情を爆発させたりすると発生させた心力マナの大半は身体の外に出ていっちゃうってことですか?」


「そういうこと。心力マナを発生させる量には個人差がある。死神じゃなくても、死神以上に心力マナを発生させることができる人もいるよ。感情豊かなひとほどその傾向がある。で、獄羊市には何があるか知ってる?」


「……日本最大級のカジノがあると聞きました」


「そういうこと。でも、心力マナが発生しやすい環境ができていたとしてもそれを集める魂が少なければ、そこまで危惧する事態にはならない」


「じゃあ獄羊市には魂が発生しやすい原因もあるんですか?」


「ある。獄羊市はカジノができてから治安が悪いんだ。ヤクザも多い。それに拍車をかけるかのように半年ほど前から海外マフィアが密入国してきてね。報道はされていないけど、連日ドンパチをやって死人が出ているらしい」


「……日本も安全じゃなくなって来ましたね……」


「本当だよ。国が動いて、密入国者を強制送還すればこの騒動は収まるとは思うけど……。国がどれだけ早く動いてくれるか次第だね。とにかく今の獄羊市は危険な状態ってことだね」


「このまま行くと獄羊市はどうなってしまうんでしょうか?」


 雪城さんは心配そうな口調で問いかける。


「…………最悪の場合ステージ4が……」


「銀崎君……」


 インカムに緑野さんから通信が入った。声は深刻そうだった。


「はい?何でしょうか?」


「…………先程、ステージ3の亡霊ゴーストが双園市に入ったという連絡が獄羊基地からきたわ。すぐに雪城さんと一緒に基地に戻ってきて」


「…………了解です」


「銀崎さん……」


 雪城さんが不安そうな顔で俺を見る。


「ああ……。ついに現れてしまったか……。とりあえず基地に戻ろう」


ーーーーーーーーーー


 俺達は基地の作戦室に向かった。


「お疲れ様。山村君と清水さんが来てからミーティングを始めよう。1時開始にしようか」


 腕時計を見るとあと30分ほどだった。


「今のうちに休んでおいてね」


「わかりました」


 作戦室では生田所長と緑野さんが慌ただしく準備をしていた。


「さて……何か食べておくか……。雪城さんも何か食べる?」


「……食欲はないので水分補給だけにします」


「そっか」


 俺と雪城さんは自動販売機が並んでいるだけの売店に来た。俺はカップラーメンを購入し、傍に置いてあるポッドでお湯を入れる。


「…………」


「どうかしたの?」


「……やっぱり場数を踏んでるなーって思いました。栄養補給をした方がいいのは頭では理解しているのですが……食欲がわかなくて」


「別に無理に食べる必要はないよ」


「……はい」


 雪城さんは自動販売機でお茶を購入する。


「緊張してる?」


「……そうですね……。しています」


「緊張感は確かに大切だけど、緊張しすぎるのも良くはないね。まあ……初めてステージ3と戦うとなるとそうなるか……」


「銀崎さんはステージ3との戦闘経験は多いんですか?」


「それなりにって感じかな……。10回以上は……あるかな」


「そんなにあるんですね。双園市ではほとんどステージ3は出現しないって聞きましたけど……」


「うん。双園市でステージ3の亡霊ゴーストが出現することは一年に一度あるかぐらい」


「じゃあ、他の地区に行って戦ったこともあるんですか?」


「うん。ほとんどのステージ3がそうだったよ。本部から呼ばれたり、火村さんから呼ばれたり色々あるね。おっ、3分経った」


 俺はカップラーメンを手に取る。


「いただきます」


 一口ラーメンを口にする。


「うん。美味い」


「…………よし、私も食べます!!」


「え……無理する必要はないよ」


「私は私のできることをしようと思ったんです。私に今できるのはステージ3との戦いに備えることだけです。で、あれば栄養補給をしておいてエネルギー不足にならないようにしておくのがいいと思いました」


「……ははっ、うん。その通りだね。好きなものを食べれば心力マナも回復すると思うし」


「ですね。深夜にカップラーメンなんで普通の食事よりも美味しいに決まってます。太っちゃうのは少し怖いですけど……」


 雪城さんは立ち上がり、自動販売機でカップラーメンを買った。


(……大丈夫そうかな……)


 ステージ3の情報はまだもらっていないが、どんな亡霊ゴーストであっても俺は雪城さんを攻撃の中心から外してもらうつもりだった。おそらく生田所長もそうするだろう。


(山村さんの護衛とかしてもらうのが無難だな……)


 山村さんは基本的に銃で戦う。遠距離からの狙撃だと敵からの急な反撃などに対応しにくい。そこで俺達の中で一番心力マナが多く、硬い防御ができる雪城さんを防御役にするのがいいと俺は思った。


「おっ、美味そうなもの食べてるねー」


 ちょうど山村さんが通りかかり、声をかけてくる。


「「お疲れ様です」」


「お疲れ。所長はミーティングは何時からすると言ってた?」


「1時からです」


「そうか。ありがとう。あと10分か……」


 山村さんは俺と雪城さんの食べているカップラーメンを見る。


「俺も食べたくなってきたな……。でも、時間的にカップラーメンは無理か……」


「たしかに厳しそうですね……」


「しゃーない。ゼリーにしとくか」


 山村さんは自動販売機でゼリーを購入した。


「……最近の獄羊市がヤバいって聞いてたから覚悟はしていたけど、それでもついに来たかって感じだよな」


「……ですね」


「やるしかないな……」


「はい」


 山村さんもいつになく緊張感を持っていた。ステージ3の亡霊ゴーストとの戦いは少しずつ近づいていた。

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