第9話 天馬西基地

「双園基地所属の銀崎です」


 俺は天馬西基地のインターホンを押す。いくら基地の規模が大きくても、死神の基地の外見は大きくない。天馬西基地は双園市の東の天馬市にあるが、俺は中に入った回数は多くない。また、合同任務などで天馬西基地の死神の何人かと会ったことはあるものの、茜さん以外そこまで詳しく知っているわけではなかった。


「IDカードをかざしていただいてもよろしいでしょうか」


「はい」


「確認できました。中にどうぞ」


 IDカードをかざすとロックが解除される音がした。ここも双園基地と同じだった。


「お待ちしておりました」


 1人の女性が迎えてくれた。おそらくオペレーターだろう。


「所長の元に案内します」


 俺はそのまま地下に続く階段を下り、所長室に通された。


「所長、双園基地の銀崎様をお連れしました」


「入れ」


「はい」


 中に入ると強面な男性が待ち構えていた。


「私が天馬基地所長の鮫島さめじま たけしだ」


「双園基地の銀崎ぎんざき じんです」


「…………」


 鮫島所長は俺を睨むように見ていた。このように正面で向き合うのは初めてではあったが、鮫島所長の顔は知っていた。


「何でしょうか?」


「お前、いくつだ?」


「今年で18になります」


「……信じられん……」


「別に俺よりも若い年齢の死神はいるでしょう。数は多くはないでしょうけど」


「確かに15の死神もいる。しかし、どこか子供らしさが残っている。お前にはそれが一切ない。まるで歴戦の戦士のようだ」


「誉め言葉ととらえてもいいのでしょうか?」


「ああ。火村ひむらがお前に応援を頼もうと思った理由が少しわかった」


「でしょ?」


 その時だった。背後から女性の声が聞こえた。


「茜さん、お久しぶりです」


「久しぶり」


 茜さんは背後から肩を組んでくる。この人は火村ひむら あかね。死神協会最高戦力「色付き」の一角を担う「あか」の二つ名を持っている。「色付き」は実績と実力を考慮して、死神協会から任命される。任命された死神はイメージにあった色をそれぞれ与えられる。


「鮫島所長、もういいですか?」


「問題ない。面倒はお前が見るという約束だからな」


「え……」


「じゃあ、作戦室に行こっか。ミーティングは途中……いや、もう終わりかけだろうけど」


「……はい」


 俺は茜さんの後について行く。


「なんか元気ない?」


「こんなもんですよ。茜さんは……相変わらずですね」


「まあね。ここが作戦室だよ」


 俺と茜さんは作戦室に入る。中には10人ほど人がいた。全員の目がこちらに向く。


「今はミーティング中だよ。こちらに集中して」


 前で話している男性が場をまとめる。俺と茜さんは後ろの席に座り、ミーティングを聞いた。ミーティング自体はほとんど終わりかけだったようで俺たちが参加してから5分ほどで終わってしまった。ミーティングが終わり、ぞろぞろと作戦室を出ていく。俺のことが気になるようで俺のことをチラチラと見ていた。


「こんにちは。僕は天馬西基地の副所長の永田ながたです。今回は来てくれてありがとう」


 ミーティングを進行していた永田さんに握手を求められる。


「双園基地の銀崎です。よろしくお願いします」


 俺は永田さんと握手を交わした。


「早速だけど、今回の件について説明するね」


「お願いします」


「待ってください」


 永田さんの隣から一人の女性が出てくる。


「私が現状を説明しておきます」


「えっ、でも……」


「副所長も仕事があると思いますので。私の仕事は火村さんの補助ですから」


「……じゃあ、お願いしようかな」


「お任せください」


 永田さんは俺に一礼して去っていった。


「私は火村さんの補佐官のたかむら 樹里じゅりです。私が永田副所長に代わって説明をさせていただきます。」


 色付きになると死神協会から一名補佐官がつけられる。補佐官は戦闘補助はもちろん、雑務などを行う。


「篁って確か……」


「何か?」


「いえ……よろしくお願いします」


 篁という苗字に俺は聞き覚えがあった。しかし、睨まれ俺は黙ってしまう。そして俺は一番前の席に座る。茜さんはその隣に座った。


「今回、応援をお願いしたいのはこちらの鬼型の亡霊ゴーストの討伐です」


 モニターに写真が映る。手足が長いすらっとした鬼型の亡霊ゴーストだった。頭には鬼らしく角が1本生えている。


「鬼型の亡霊ゴーストとしてはそこまで異質な感じはしないですね」


「見た目はねー」


「見た目は鬼型としてそこまで特殊ではありませんが、この亡霊ゴーストの戦闘能力は並ではありません。さらに知能もあります」


「今は逃げ回っている感じですか?」


「はい。索敵能力もすさまじく中々敵対することができていないというのが現状です」


「なるほど……。厄介なタイプですね。茜さんは戦ったんですか?」


「ううん。現場に行く前に逃げられちゃった」


「標的の逃げ足はかなり早いです。その上、標的は分身を作り出します」


「分身ですか……。厄介ですね」


 高い戦闘能力だけでもやっかいなのに、面倒な能力を持っているのはかなり厄介だ。


「分身は本体に比べると弱いですが、それでもよく出るタイプの亡霊ゴースト程度の強さをもっています。しかも、かなりの数を出せます。それがこちらの捜索を遅らせています。レーダーにも最初の遭遇以来映っていません」


「分身をばらまいてるってことですか?」


「はい。目的は不明ですが、分身を大量に放っています。通常出現の亡霊ゴーストに加え、一日に20体以上もの分身を放たれるとさすがに手が足りません」


「…………聞いたことのない手段を取りますね。意味不明すぎる」


 分身を何の消費もせずに出すということはないだろう。逃げ回ることができる力も十分にありそうなのに、わざわざ分身を出してこちらを混乱させる意味がわからなかった。


「もし、仁君が亡霊ゴーストならどういう行動をとる?」


「俺なら……このエリアから逃げますかね。亡霊ゴーストが茜さんから逃げたってことは茜さんに勝てないということはわかっているはずなんじゃないですかね?勝てない相手がいるエリアに留まるのは現実的じゃないと思います」


「うん。そうだね。私も同じ意見かな。となると……天馬地区から出ていかない理由があるってことだよね?」


「だと思います。理由まではわかりませんが……」


 例えば天馬地区から逃げると考えると俺が普段いる双園地区も候補に上がるだろう。天馬地区から双園地区に移るメリットを考えると死神が少ないことと隠れ場所が多いことだろう。とにかく潜伏して時間を稼ごうというのであれば、双園地区に逃げ込むのは納得がいくし合理的だと思う。しかし、亡霊ゴーストは現状そうしていない。


(…………天馬地区でないといけない理由がある……か……)


 亡霊ゴーストが力をつけるためには人間を襲うのが最も効率的だと言われている。人間が多い天馬地区では双園地区より適しているのは間違いない。


「というかレーダーに引っかかっていないのであればステージ2になっていませんか?分身っていう特殊な能力も使ってますし」


「だろうね」


 亡霊ゴーストにはステージ1からステージ4まである。これは死神協会が定めたものだ。魂が亡霊ゴースト化したら基本的にステージ1になる。戦う亡霊ゴーストの9割がステージ1だ。姿・大きさは色々あるが、特殊な能力は持っていない場合が多い。知能も低く、本能で動く個体がほとんどだ。俺が最近戦った蜘蛛型、狐型はステージ1だ。ただし、このステージ区分ができない例外タイプもある。それは竜型と魔人型だ。

 ステージ2というのは簡単に言えばステージ1から進化した個体だ。特殊な能力を持っている、その生物に本来ないはずの部位がついているなど常識では考えられない個体が多い。今回の鬼型の亡霊ゴーストでいうと分身の能力にあたるだろう。そして、ステージ2には共通している能力がある。それは黒い霧を操ることだ。黒い霧は死神が心力マナを攻撃、防御、移動などに使用すると同じような形で使うことができる。さらにジャミングのように使い、レーダーに引っかからないようにすることも可能だ。しかし、ここまで引きこもるタイプも珍しいと俺は感じた。


「マジですか……。それは厄介ですね。ちなみに分身は人を襲っているんですか?」


「はい。襲っています。なので分身全部を排除する必要があるんです。しかし、人が足りていません」


 俺がこちらに応援にくる代わりに、双園地区には天馬西基地から2人の死神が向かっているはずだ。2人減らして、俺1人をこちらに向かわせても単純計算では圧倒的マイナスだ。


「銀崎さんにお願いしたいのは現状の打破です。今のままだと人に被害が出ないように動くことはできても、状況を動かすことはできません」


「…………何で俺に……」


「それは……」


 篁さんの視線は茜さんに注がれる。


「私がそうしようって言ったの。仁君ならなんとかしてくれるって。今までも数々のヤバい状況を打破してきた「色無し」の1人でしょ」


「…………」


「えっ、銀崎さんって「色無し」なんですか?」


「……まあ……そう言われているみたいですね」


 死神協会最高戦力「色付き」に匹敵する実力があるものの様々な理由で「色付き」になっていない死神は「色無し」と呼ばれている。これはあくまで俗称であり、死神協会に認められているわけではない。勝手に言われているだけだ。


「あっ、すみません。話を逸らしてしまって……。基地の皆は当然反対しました。しかし、火村さんがゴリ押ししたんです。基地の皆もこのいたちごっこがいつまでも持つとは思っていないから納得せざるをえなかったのです」


「…………責任重大だな。こりゃ……」


 想像以上に俺の役割は大きそうだった。


「茜さんはいつも俺をとんでもない状況に招きますね……。とりあえず今の状況は理解できました。俺も今から現場に向かいます」


「じゃあ、私が一緒に行こうかな」


 茜さんが立ち上がる。


「いえ、火村さんには待機をお願いします」


「えー……待機ー……」


「はい。もし標的が出てきた時に火村さんには真っ先に向かって欲しいんですよ。」


「妥当ですね。敵の底がまだわかってない以上、一番強い人が戦うのがベストです」


「……はーーい」


 茜さんは頬を膨らます。作戦としては受け入れているようだが、本心は納得していないのだろう。


「銀崎さんには私が同行します」


「別に俺、1人で大丈夫ですよ」


「天馬地区というかどこのエリアでも2人1組が基本です。双園地区が人数不足なだけです」


「……そうでしたね……」


 死神は2人1組で行動するのが基本的だ。双園地区では人が少なすぎるため、1人動いている。


「では10分後に入り口で合流しましょう」

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