第8話 覚悟

「銀崎、時間いいか?」


「はい。なんでしょうか」


 俺は基地で音羽おとわ副所長に呼び止められた。


「少し場所を変えよう」


「……はい……」


(ここでできない話って……嫌な予感がするな……。)


「…………」


 緑野さんが何か言いたそうな表情でこちらを見ていた。


(内容を知っているのかな……?)


 俺と音羽副所長は誰もいない会議室に移動した。


「天馬西基地への応援ですか?」


「ああ、銀崎宛にきてる」


「…………」


 天馬西基地というのは俺たちの住んでいる双園市の東にある天馬市にある基地だ。天馬市は広いため、天馬市の死神は多く、基地が西と東の2つがある。


「誰からかわかってるんじゃないのか?」


「……あかねさんですよね?」


「正解だ」


「人が足りていないんですかね?」


「なんでもやっかいな鬼型の亡霊ゴーストが出現したらしい」


「茜さんなら問題なさそうですがね……。なんたって死神協会最高戦力の色付いろつきの一角ですよ」


「いや、どうやらあのあかでも苦労しているみたいだぞ」


「あの茜さんがですか?信じられません」


「なんでも厄介な能力を持ってるらしい」


「……それ、俺が行ってなんとかなるんですかね?」


「さあな。だが、何とかなると思っているからこそお前を指名したのだろう」


「……わかりました。行きます。今夜だけですか?」


「いや、今夜から討伐成功するまでだそうだ。なんでも逃げるタイプらしく、戦闘になるまで時間がかかると見てるらしい」


「変に知恵があるタイプですか……。それはだいぶ厄介そうですね」


「向こうは代わりの人員を送ってくれるそうだ。その上、お礼に基地の施設整備金も出すと言っている」


「断る理由がありませんね……」


「向こうもかなり本気らしいな」


(結果を出さないと怒られるなぁ……)


「頼むぞ」


「わかりました」


 あまり乗り気にはなれなかったが、俺に行かないという選択肢はなさそうだった。



 ーーーーーーーーーー



「急な話で申し訳ないんだけど、今夜からしばらく双園基地から離れることになった」


「えっ……銀崎さんがいないと人数足りなくないですか?」


「人員は問題ないよ。俺の代わりに隣の基地から代わりの死神が来てくれるらしいから」


「……でも……」


「離れるといっても隣の市だから、何かあったら来れるよ。ただ、泊まり込みになるから修行を見ることはできない」


「仕方がない……ですね」


「一応、修行は他の人に頼んである」


「山村さんですか?」


「緑野さんだ」


「えっ……緑野さんってオペレーターですよね?」


「緑野さんは元死神だよ」


「そうだったんですか……」


「昔はかなり強かったんだ。きっといいアドバイスをくれるよ。……でだ。俺がいない間、宿題を出しておこうと思う」


「わかりました」


「予想はついているかもしれないけど、心器しんきを作ってもらう」


「いよいよ……ですね」


「ああ。わかっていると思うが心器しんきはただ作ればいいってもんじゃない。しっかりと亡霊ゴーストを倒すことができる心器しんきが必要だ」


「武器はなんでもいいんですよね?」


「うん。自分が一番強いと感じる武器を作るのがいい。一回なんでもいいから心器を作ってみようか」


「……はい」


 雪城さんは目を閉じる。


「頭の中で武器を想像して……。想像するのは自分が一番強いと思う武器だ」


「…………いきます。形成クラフト


 雪城さんの右手に白色の光が集まっていく。


「…………んんっ……」


「…………」


「でき……ました……」


 雪城さんの右手には刀が握られていた。俺の使っている刀によく似ていた。


「…………心器を作ったの初めてじゃないだろ」


「!?」


 雪城さんはわかりやすくバレたみたいな表情をしていた。初めての心器を作るのにして形が上手すぎたし、早かった。心力のコントロールを苦手としている雪城さんであれば普通にできるのは時間がかかると思っていた。どうやら正解だったらしい。


「そっ……それは……」


「まあ、いいや。死神は自分が使う心器しんきに名前を付けるんだ。名前を付けることは意外と大事で、名前を言うことで脳がより鮮明に武器をイメージできるんだ。言ってしまえば、再現性を上げるってことだね」


 名前を言わなくても心器しんきを作ることは可能だ。声を出して亡霊ゴーストに気づかれてしまうということもあるので状況によって使い分けることがいいとされる。個人的には名前を入れた方が強い心器しんきを作れると思っている。名前を言う方が気持ちを込められるからだろうか。


反転リバース


 俺は反転状態になり、腕を大きく広げる。


「雪城さんにはこれからあることをしてもらう。実戦に出るためのテストだと思ってもらっていい」


「あること?」


「俺を殺すことがテストだ」


「…………えっ……」


「別に反転状態の俺を殺しても本当に死ぬわけじゃない。痛いけどね。そこは安心してもらっていいよ。説明したよね?」


  反転状態の死神は首を切られても、心臓を貫かれても現実の身体にそのまま反映されることは少ない。強制的に反転状態が解除されるだけだ。

 しかし、痛みはそのまま残る。反転状態で首を切られれば、本当に首を切られたと同じ痛みを味わうことになる。実際ショック死というケースは多い。死神の死因で一番多いのがショック死だ。また、反転状態で過剰にダメージを受けたり、想像力が高い人だと実際の身体に傷が残ってしったり、受けたダメージがそのまま反映されたりするケースもある。


「…………はい」


 雪城さんはわかりやすく動揺していた。


「俺が何を試したいかはわかっているよね?」


「……はい……」


 亡霊ゴーストとは生物の魂だ。ここで俺を切れないようであれば亡霊ゴーストを切るのは不可能だと俺は思っている。


「さあ、いつでもいいよ」


俺は両手を大きく開き、無防備な状態をアピールする。


「……い、いきます……」


 雪城さんは地面を駆る。そして俺の首を刀で切ろう接近した。


「で……できません……」


 雪城さんの声は泣きそうな声だった。彼女は俺の首を刎ねることができなかった。腕が止まり、刀の刃は俺の首に届く直前で止まってしまっていた。


「……甘いよ。そんなんじゃ亡霊ゴーストは切れない」


 俺は首に近づけられた刀を自ら押し込む。


「えっ……」


 雪城さんが作った刀はあっさりと粉々に砕け散る。


「雪城さんの覚悟は甘いよ。無防備な状態の首すら切れない。こんな心器しんき亡霊ゴーストと戦おうと思っていたなんて正直ガッカリした」


「…………」


「本当に命のやり取りをする覚悟はあるの?」


「そっ、それはもちろんっ……」


 俺は右手に刀を出現させる。


「誰かの命を終わらせるってことは逆のことも承知してるってことでいいんだよね?」


 俺は雪城さんに向かって刀を向ける。


「っ……!!」


 雪城さんは反射的に身体を包み込むように全体防御をする。俺は展開された全体防御に刀を進める。


「……う……そ……」


 刀は防御をあっさりと切り裂く。そして雪城さんの首元に刀を添える。


「雪城さんには覚悟が足りてないんだ。いくら心力マナが多いからといって覚悟がない奴は死神にはなれないよ。はっきり言う。君は死神に向いていない」


「…………」


 雪城さんは膝から崩れる。


「俺が基地に帰ってきたら、さっきと全く同じテストをする。その時にまた、今日と同じような醜態をさらすようであれば死神になるのを諦めてもらう。ま、死神になるのを諦めていなければの話だけど」


「そ、そんな……。時間をかければ……」


「そんなこと、実戦じゃ通用しない!!奴らは待ってなどくれない!!」


 俺は声を荒げる。


「覚悟が足りないから切れませんでしたじゃ、話にならないんだ。明日なら切れますじゃ、遅いんだ。人の命がかかってんだ。覚悟がない奴は死神になる資格はないし、そんな奴が味方にいたって足を引っ張るだけだ」


「…………私は……」


 雪城さんの目からは涙がこぼれる。


「数は少ないが亡霊ゴーストには憑依型というタイプがいる。そいつは死神の意識を乗っ取る。俺がそいつに乗っ取られた場合、君は俺を殺せるか?」


「…………」


「大勢の仲間が死にゆく中で君は切れないと泣くつもりか?助けを求める仲間に向かってそれが言えるのか?」


 俺は刀を消す。


「俺のことは憎んでくれても構わない。今度会う時は俺に憎しみをぶつけるように殺してくれて構わない。以前言ったように死神で長く生きるコツはまともじゃなくなることだ。狂え。それが死神への第一歩だ」


 そして、雪城さんの方を見ずにトレーニングルームの出口に向かって歩き出す。


「雪城さんはまともすぎる。死神にならない方がきっと幸せだよ」


 俺はそれだけ言い残してトレーニングルームを出た。


「…………聞いていたんですか?」


 俺がトレーニングルームを出ると山村さんが壁にもたれかかっていた。


「……ああ」


「……何も言わないんですね」


「何を言うんだ?」


「やりすぎだとか言い過ぎとかですかね……」


「言わないさ。というか言えない。仁の言ったことは何一つ間違っていないからだ。だから、そんな顔すんな」


 山村さんは俺の肩に手を置く。


「いつかは乗り越えないといけない壁だ。悪い。お前だけに背負わせてしまって」


「…………山村さんならどうするのが正解だと思いますか?」


「難しいな……。でも、俺もああするしかなかったと思う。彼女の覚悟は軽すぎる」


「……はい。ずっとそう思って思っていました。雪城さんの死神に対する思いはなんというか……憧れのように感じてしまって。修行も楽しんでいるような感じが消えなくて。このままだと実戦ですぐに死ぬなって思ってました」


「…………そうだな。彼女の戦う理由はあまりにも軽い」


「…………はい」


 記憶喪失の雪城さんに戦う理由を求めるのは無茶だということもわかっている。彼女は俺達に助けられ、その恩を返したいという理由で死神になった。


「……俺、行きますね」


「天馬西基地に行くんだよな?」


「はい」


「気をつけてな」


「双園基地のことはよろしくお願いします。雪城さんのことも」


「……任せておけ」


 俺はゆっくりとその場を立ち去った。


「…………くそっ!!」


 後ろから壁を殴るような音が聞こえた。

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