未来の王太子夫妻の恋 5

 3日前の登城の帰り、キャサリンは馬車の中でぼーっとしてしまっていた。


「どうしたの?キャサリン。」

「あ、母さま。あのねあのね、今日とーっても綺麗な男の子に出逢ったって言っていたでしょう?私ね、その時上手く表情を操れなかったのですわ。」

「まあ、それはもっとお稽古が必要ね。それで?どんなふうに表情を崩してしまったの?

「頬がね、ぽーって熱くなって、心臓がどくどくって早くなってしまいましたの。」


 キャサリンの父親の表情が、次の瞬間氷のように硬くなった。キャサリンは気づかずに話し続ける。


「………私、病気でしょうか。」

「それは恋ね。」

「こい?」

「恋。」

「………、」


 キャサリンはじいっと考え込んだ。


「あの救いようのない王太子とは婚約破棄するのでしょう?傷物でも拾ってくれるのなら、彼と婚約者になるのも夢じゃないかもしれないわね。」


 母親は、甘い声で甘美な提案をしてきた。


「いやいや、ちょーっと待てっ!!婚約破棄って何だ!?」


 ずっと黙っていた父親の悲鳴に、キャサリンはにこっと笑った。


「父さま、婚約破棄じゃなくて婚約解消ですわ。母さまが間違ったのにつられてしまったのね。ふふふっ、焦っている父さまって新鮮!!」

「いや、可愛いじゃない!!そんなキャサリンが可愛い………、じゃなくてっ、婚約解消って何なんだ!!」

「そのまんまの意味ですわ。あの馬鹿でクズな婚約者とはさっさとおさらばしようかと思いまして。」


 母親は満面の笑みで2人のことを見ている。どうやら相当にキャサリンの婚約者たる王太子のことを腹に据えかねているらしい。お怒りオーラがぷんぷんだ。


「あなた、あの青2歳はね、うちの可愛い可愛いキャサリンに、

 『お前と結婚するなんか死んでもごめんだ。、さっさと死ねよ、ブスが。』

 って言ったらしいの。万死に値するでしょう?」

「………あぁ、そうだな。思い立ったが吉日。さっさと殺しに行こう。死んでも結婚するのはごめんなんだろう?よかったじゃないか、結婚する前に死ねて。」


 父親までにも移ってしまったお怒りオーラに、キャサリンは苦笑をついに隠せなくなってしまった。これはある意味すごい。キャサリンが両親の結婚記念品を、ちょーっとお遊びで持ち出して、ぶち壊した時にもここまでお怒りではなかったはずだ。


「………私ね、自分で言い返してやりたいんですの。ねえ父さま、母さま、許してくださる?」

「「うぐっ、うちの子が可愛すぎる………………、」」


 重度の親バカほど手懐けやすいものはないと、キャサリンは困ったように笑ってしまった。


「いい?キャサリン、恋愛は戦なの。」


 唐突に真摯な瞳で話し始めた母親に、キャサリンは思いっきり首を傾げた。突然に何を言い出しているのか、全くもって分からない。それに、圧がすごい。なんというか、とんでもないお話が飛んできそうだ。


「綺麗なイケメンやカッコいいイケメン、可愛いイケメンは、すぐに取られてしまうのよ。特に、あの庭園に入れるくらいの玉の輿は、絶対に狙っているハンターが多いから、先手必勝なの。」

「せんて、ひっしょう………、」

「そう。誰かに取られる前に、キャサリンが狙い打っておかないといけませんの。」

「ねらい、うつ………、」

「あの男の子が欲しいのでしょう?」


 キャサリンはこくんと大人しく頷いた。彼のことを考えると、きゅぅーっとキャサリンの胸は締め付けられるのだ。そして、母親はキャサリンにこの感情は恋だと教えてくれた。恋する相手に猛アタックして何が悪いのかということだ。

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