未来の王太子夫妻の恋 4

「2階から飛び降りてそのまま走ってきたからかしら?」

「はあ!?」


 キャサリンは鼓膜が破れてしまう前に、耳を泥で汚れた手で覆った。


(あらまあ、またまた大きな声。)


 くすりと笑うと、彼の顔が不機嫌そうに歪む。天使はそんな表情すらも美しい。


「ふふふっ、私、木登りは得意なの。」

「………靴は?髪飾りは?服の飾りは?」

「邪魔だから退けてやったわ。」


 キャサリンは悪びれもなく、あまつさえ、ふふーん!、と言わんばかりに胸を張って言った。

 キャサリンの服装は、レイナードが言った通り満身創痍だった。綺麗なドレスは思いっきり着崩されてリボンと宝石が外され泥だらけで、ストッキングは足裏が破けてこれまた泥だらけ、極め付けは泥だらけで適当に解いたせいで絡まってしまっている葉っぱ混じりの泥だらけの髪だ。もちろん髪飾りと靴はお空の遠くに行ってしまっている。


「君ってものすっごく規格外だね。」

「ふふっ、よく言われるわ。」


 キャサリンは困ったように笑うどころか、心底嬉しそうににやりと笑った。

 キャサリンにとって、普通でつまらないことは何の意味もない。だから、キャサリンは普通ではないことや楽しいことを心の底から好んでいる。

 彼だってそうだ。レイナードは天使のように麗しい飛び抜けた容姿を持っている。しかも、キャサリンのドストライクだ。


「改めましてレイナードさま、私、ルーラー公爵が娘、キャサリンですわ。以後、よろしくお願い存じますわ。」

「レイナードだ。」

「うふふっ、そんなに第2王子であることをお隠しになりたいのですか?」

「!!」


 キャサリンの麗しい笑みに、レイナードはあんぐりと口を開いた。


「私があなたさまの正体に気がついていないとでも?」

「………………、」


 無言を肯定と取ったキャサリンは、なぜ気がついたかを述べることにした。このまま固まられていてもつまらないのだ。


「まずはじめに、ここは王家の人間と、王家の人間に許された人間しか入ることができない空間です。」

「………そうだな。」

「そして、あなたは見たところお付きのものもつけずに自由に歩いていた。影ながらの少数精鋭な護衛はいましたが、それも申し訳程度。そこそこのお坊っちゃまと見ても不審がないくらいに。」


 キャサリンはにこにこと笑っている。

 楽しい楽しい謎解きには、反応をしながら聞いてくれる人が必要だ。そして、レイナードは十分すぎる反応をくれている。キャサリンは楽しくて楽しくて仕方がなかった。


「それで?何が言いたいんだ?」

「ふふふっ、普通に考えて、そんな警備しかつけてもらえないような男の子がこの庭園に入れるなんておかしいじゃない。だからね、あなたのお名前に該当する貴族名簿を調べてみたの。」


 歌うように穏やかで楽しげな口調で話しているのに、キャサリンには一才の容赦がなかった。にも関わらず、驚いたりはするものの、穏やかな笑顔を浮かべ続けているレイナードは、異常なまでに肝が据わっているのだろう。


「そうしたらね、なーんとビーックリ!!第2王子殿下以外にこの年齢層で『レイナード』というお名前の少年はいないのでした!!」


 ぱあ!!とお手々を広げたキャサリンは、実に楽しげだ。このを心の底から楽しんでいる。レイナードはつくずつ趣味が悪いと思いながらも、キャサリンの演劇のような語り口調が気に入った。


「だからね、あなたの正体は第2王子殿下以外にあり得ないはずなの。だって、異国のお貴族さまのご子息ならば、ちゃーんと護衛くらいつけるでしょう?」

「そうだね。………そうだよ、僕は第2王子のレイナードだよ。後ろ盾も何もない、しがない側妃の息子さ。」


 自嘲のような笑みと言葉に、キャサリンはむぅっとくちびるを歪めた。キャサリンは自分を卑下する人間がお好みではない。だから、彼に悪魔の囁きを呟くことにした。

 秘密のお話のように、耳元にくちびるを寄せて、小鳥が囀るようにキャサリンは言いたいことを口にする。


「あら、ないなら作ればいいじゃない。未来の王さま。」

「!?」

「ふふふっ、私ね、あなたのことが気に入ったの。だからね、ーーー私の未来の旦那さまになって。」


 キャサリンの言葉に、レイナードは目をぱちくりとさせた。だが、次の瞬間、顔を赤く染め上げた。


「はあ!?何言ってんの!?馬鹿なの!?それ、謀反を起こすって言っているようなものだよ!?」

「それが何?私、やりたいことをやりたいようにするのが好みなの。」

「っ!?」


 キャサリンはにこにこと感情の見えない笑みを浮かべて、レイナードの顔色を伺っている。


(女の子からのプロポーズってはしたないかしら?)


 キャサリンが自らの恋心に気がついたのは、たったの3日前。つまり、彼に出会った日だ。だから、これはいささか時期尚早だったかもしれない。けれど、キャサリンは母親の言いつけをちゃんと守ったのだ。


▫︎◇▫︎

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