第13話

 唐突に王族専用の豪奢で大きな扉が開かれ、優しくミルクティー色の髪にキラキラとしたサファイアの人を持つ優しげな雰囲気の男と、メアリーととてもよく似た、否、全く同じ色彩を持った、けれど、吊り目がちで全くもって印象の異なる女性が入場してきた。

 彼らを始めて目にしたメアリーだったが、彼が第2王子であると直感によって感じ取っていた。


「あーあ、本当に愚かな兄上だね。」


 男の初めて放った言葉には、ガイセルにはない威厳のような人を惹きつけるものがあった。


(あぁ、このお方なら………。)


 メアリーは微笑みを浮かべて、そっと、憧れのような、自慢のような、そんな自慢げな表情を浮かべているギルバートへと視線を向けてその表情の奥に隠されている心の内を伺った。


「申し訳ございません、レイナード王太子殿下。ちょっと気が立ってしまいまして………。」

「あぁ、構わないよ。どうせ君が愛してやまないというの婚約者殿を侮辱されたのだろう?」

「何度も申し上げておりますが、決して幻ではございません。」


 レイナードは楽しげな表情でギルバートを揶揄い、ギルバートはその端正な顔を不満げに、けれども楽しそうに歪めた。


「それよりもなぜ私が王太子と呼ばれることになってしまっているのかということの方が気になるんだけれどね。」

「国王陛下がこのド屑クソ野郎を自由にしても構わないとおっしゃってくださいましたので。」

「え?」


 レイナードはギルバートのガイセルに対するあまりの言いように、目を見開いた。今までは完璧に猫をかぶっていたのにも関わらず、いきなり取り払い、あろうことか思いっきり侮辱しているのだから、彼の反応は当然と言えば当然のことだろう。


「ギル、」

「あぁ。レイナード王太子殿下、この度は立太子おめでとうございます。僭越ながら、忠臣たる私が1番にお祝いを申し上げさせていただきます。それと、私のとても愛らしく、精霊や女神様のごとく美しく、聖母様のように慈悲深い婚約者を紹介させていただきます、イテッ!!アリー!?」

「なんていう紹介の仕方をしているの!?今までのあなたは私のなにを見ていたの!?」

「え?アリーの全てだよ?小さな事で嬉しそうに笑うところや、人のために激怒したり、傷つけられた人を立ち直らせるお手伝いをしたり、完璧な淑女であろうと必死に猫をかぶるところだよ?」

「……………そこまで見て置いて何故さっきの評価をすることができるのか私には全くもって理解することが出来ないわ………。」


 メアリーは裏表を一切見抜くことのできない純粋なギルバートの言葉に、額を押さえて俯き、首を小さく左右に振った。


「ーーー本当に実在していたのだな………。」


 レイナードの驚いたような呟きは彼の隣に立っているキャサリンにしか届くことはなかった。


「お初お目にかかります。先程婚約者より全く違う紹介をいただきました、コレット伯爵家が娘メアリー・コレットと申します。」


 美しく足を引いて腰を下げたメアリーは、美しい微笑みをその愛らしい顔に貼り付けた。


「あぁ、君についてはギルバートからよく聞いていたよ。私はこの国の第2王子であるレイナード・ラトバースだ。よろしくね。」

「えぇ、よろしくお願いいたします。………私のことについては、……まともなことをお聞きになっていることをお祈りしております。」

「ははは、でも未だに信じられないな。正直私は君のことは恋人が欲しいギルバートの幻だと思っていたんだよ?」

「それは、それは。私はちゃんと生きていますよ?」


 メアリーは僅かにドレスの裾を元上げて足先を見せ、その場でくるりと1回転した。


「ほら、ちゃんと実在していますでしょう?」

「………はは、あはははは、はははは、ふふふ、あははは、……………。」


 レイナードは初めの方は必死に笑っていることを隠して俯いていたが、やがて思いっきり爆笑し始めた。


「ねぇ、ギル、私なにか変なことを言ってしまったかしら?」

「………君ってたまにびっくりするくらいにあんぽんたんだよね。」

「?」


 本当になにを言われているのか分からないメアリーはぎゅっと眉間を寄せて、必死になって考えていたが、ギルバートはなにも答えに行き着くようなヒントを与えなかった。


「レイ、私もコレット様にご挨拶をしたいのだけれど………。」


 目付きの印象通りちょっと気の強めな声がレイナードの隣にいるキャサリンから発せられた。


「ひぃー、ひぃー、はぁー、ふー、あぁ、分かったよ。コレット嬢、こちらは私の婚約者の、」

「キャサリン・ルーラーですわ。ねぇ、あなたギルバート・クラディッシュを落としたって言う伝説のご令嬢なの?」

「? ………伝説が何かは存じ上げませんが、私がギルバート・クラディッシュの婚約者でメアリー・コレットすわ。」


 がっちりと両手を掴まれてキラキラとした視線を向けられたメアリーは、ぱちぱちと瞬いてこてんと首を横に倒した。


「あぁ!!可愛い、可愛いですわぁ!!萌え死にますわぁ!!」

「ぴぎゃっ!!」


 黄色い叫び声とともにキャサリンにガバッと抱きしめられたメアリーは、あられもない悲鳴を上げた。


「キャサリン嬢、私嫉妬深いんですよ?」


 抱きしめられて動けなくなったメアリーをキャサリンからべりっと剥がしたギルバートが冷たい声で言った。


「嫉妬深いのは結構だけれど、嫉妬深い男って嫌われるんですのよ?」

「「うぐっ!!」」


 キャサリンのピシャリと不機嫌に発せられた言葉に、婚約者にべったりな男2人が苦鳴を上げて撃沈した。


「あ、レイは別よ?私、レイの嫉妬はそれだけ愛されているって分かってとーっても嬉しいから。」

「キャサリン………。」


 キャサリンは、自分の婚約者だけを嬉しそうな恋する乙女の鶴の一言によって復活させた。

 そして、メアリーは当然ながら未だに放心状態に陥っており、ギルバートはその半端ない精神攻撃を受けた状態のまましばらくの間過ごす羽目になってしまった。


「コレット嬢、キャサリンがすまない。彼女は可愛いものや可愛い生き物に見境がないんだ………。」

「そう、ですか。お、お気になさらず………。」

「本っ当にすまない!!」


 未だに放心状態が抜けずにぽややーんとしてしまっているメアリーに、レイナードが申し訳なさそうにガバッと頭を下げた。


「王族が隣国の貴族とはいえ一般貴族に対して無闇矢鱈に頭を下げるものではありません。」


 未だに心にキャサリンの言葉という矢がぐっさりと刺さっているギルバートがピシャリと注意した。どんなに傷つけられていたとしても、常識は常識、ということらしい。


「だが、ギルバート………。私は君にも本当に申し訳なく思っている。」

「特に気にしておりませんので、お気になさらず。…………嫉妬深い私が原因ですので。」

「いやいやいや、お前それ相当気にしているだろう!?」


 仄暗い笑みで魂が抜けたように空笑いするギルバートに対して、レイナードがキレのいいツッコミを入れた。


「っ、えっと、ギル、私もルーラー様と同じだから………。」

「アリー!!あぁ、君は何故こんなにも健気で愛らしいんだ……!!」

「ふぎゃにゃ!!」


 あまりの喜びに我を忘れてしまったギルバートによって抱き上げられ、くるんくるんと振り回されたメアリーは潰れた子猫のような大きな悲鳴を上げたが、そんな声にさえ可愛いという感想しか抱けないギルバートによってその後も目が回って平衡感覚を失ってぐったりしてしまうまで、グルングルン振り回されて下ろしてもらえることはなかった。

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