エピローグ 「真の勇者」と崇められたモブヒーラーは、決意を胸に

「おかえりセインくんっ……!」


 ダンジョンの転移門を使い、地上に出てすぐ。

 俺はリディアに抱きつかれていた。


 まったく、涙で服がビショビショだ。

 まあそれ自体は別に、悪い気はしないけどな。


「ただいまリディア」

「ほんとによかった……ありがとう、生きててくれてありがとうっ……!」

「俺は死なないよ」

「うん……わたし、セインくんが魔王を倒して生きて帰ってくるって信じてた……でも、やっぱりちょっと不安で……!」

「そうだよな。心配してくれてありがとう」

「あっ……えへへ」


 思わず俺は、リディアの頭をなでてしまっていた。

 幸い、リディアはすすり泣きながらも、俺に笑顔を見せてくれたのだが……


「ところで、リディアがこうして一人で迎えに来てくれたってことは、もう魔王軍は撤退したんだな?」

「うん! エリスさんは『魔王シンが討伐されたことで退却したのでしょう』って言ってた。防衛戦がたった1日で終わったのもセインくんのおかげだよ、ありがとう!」

「冒険者として当然のことをしたまでだ──で、リディア。シンのことなんだが」

「うん……」

「死ぬ間際、シンはこう言っていた。お前を傷つけてしまって、本当にすまなかった──と」


 俺はリディアに、改心したシンとの会話をかいつまんで説明する。

 リディアは俺を強く抱きしめながら、俺の話を無言で聞いていた。


 そして──


「そっか……でも謝るくらいなら最初からそういうことしないでほしかったな。だからあの人……シンくんのことは絶対に許してあげない」


 リディアはそう言うと同時に、おもむろに俺から離れる。

 そしてダンジョンの入口に向かって、練り上げた魔力を出力した。


 リディアが魔術で作ったもの……それは、慎ましく可愛らしいユリの氷像だった。


「そう、それでいい」


 言葉ではなく行動で示したリディアに、俺は敬意を払わずにいられなかった。


「……さ、王都に戻ろっか。みんな待ってるよ?」

「みんな……?」


 リディアの言葉に疑問をいだきつつ、俺はリディアと一緒に王都エフライムへ向かう。

 すると──


「勇者セインが帰ってきたぞ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「勇者セイン様! 魔王を討伐していただきありがとうございます!」

「あなたこそが真の勇者様です!」


 なんと城門へと続く道に、びっしりと人が集まっていたのだ。

 まるでパレードかなにかのようだ。


 どういうことだ?


「セインくんはあまり目立ちたくないんだよね?」


 ビックリした……

 リディアに心を読まれたかと思った。


「気持ちはすっごくわかる。でも本当は目立たないほうがおかしいんだよ。だってセインくんは魔王を2回も倒した、世界最強の回復術師だもん」

「でも……」

「勇者シンは魔王になった。聖女エリスは王都防衛に専念した。その状態で魔王シンは倒された……じゃあ『誰が魔王を倒したの?』って話になるよね? わたしもエリスさんも、みんなをごまかすことはできなかったの。ほら、大聖堂で女魔王を倒したときにいた人たちが『聖剣使いの回復術師がまたしても俺たちを助けてくれた!』とか言って騒ぎ出しちゃって……ごめんね?」

「いや、リディアたちは悪くないんだが……」


 そもそも大聖堂でラスボス──魔王アルルガルトを倒した時点で、俺の命運は決まったも同然だったのだ。

 自分の行動には責任を持たなければならない、ということか。


 まあでも、目立つのはもうこれっきりにしたい。

 せっかく死亡フラグを回避したというのに、権力者や魔族に目をつけられては意味がないからな。


 とりあえず俺とリディアは、一緒に王都の城門をくぐり抜けて王宮に向かった。

 国王に事の顛末てんまつを報告するために。



◇ ◇ ◇



「セイン。こたびの魔王討伐、誠に大儀たいぎであった。お前こそが真の勇者だ」


 アトラ王宮、玉座の間。

 王都エフライムに帰還したばかりの俺は、国王アベルから褒め言葉を頂戴していた。


 ゲームの中ボスに手放しに褒められるなんて、転生したばかりの俺が聞いたら卒倒するだろうな。

 そんな感想がつい頭をよぎりつつ、俺は国王アベルに「ありがとうございます」と頭を下げた。


「しかし、セイン殿の偉業はもはや『大儀』などという定型句では言い表せぬな」


 そう言ってうなずくのは、王都大司教。


「なにせ魔王を短期間で2体も討伐したのだからな。しかもそのうちの一体は、神に背き魔道に堕ちた《勇者》だ。セイン殿は《回復術師》でありながら、勇者と魔王を『超えし者』でもあるということだ」

「ハッハッハ、愚弟にしては珍しく意見が合うではないか」

「概ねそのとおりですな。私が愚弟であるという点以外は」

「大司教、それに国王陛下。仲良さそうでなによりです。ですが……」


 兄弟──大司教と国王アベルの会話をぶった切る、聖女エリス。

 王都を魔族から守った功労者の一人として、俺やリディアの隣に立っている。


「そのシンさんという方と同郷どうきょうである、セインさんやリディアちゃんの気持ちも少しは考えて差し上げてくださいね?」

「エリス、気を遣ってくれてありがとう。でも俺は大丈夫だ」

「わ、わたしも大丈夫です!」


 俺とリディアがそう答えると、エリスは「だといいのですが」と眉尻を下げた。


 俺だって、腐れ縁であるシンを殺すことになってしまったことには思うところがある。

 しかしこれはシン自身が撒いた種なのだし、最終的にはシンも反省して散っていった。


 リディアがどう思っているかは分からない。

 しかし少なくとも俺はシンを討伐したことを後悔していないし、今後もしてはいけない。

 それだけだ。


「魔王を討伐したセイン、そして王都防衛に多大なる貢献をしてくれたリディアと聖女エリス。お前たちには報奨を授けよう」


 国王アベルは続ける。


「セインには大公の地位を授ける。そして近衛騎士団に入ってわしを守ってほしい」

「いいえ。俺はそろそろ王都を出発するつもりですので、そのオファーは受けられません」

「うぬ、ではリディアは……」

「わ、わたしもセインくんと同じですっ!」

「それではエリスは……」

「わたしは聖女教会に身を捧げましたゆえ、多くは望みません。その分、魔族侵攻の被害者救済にお金を使ってください」


「うぬう……」とうなる国王アベル。

 一方の大司教は「それ見たことか」というような表情を浮かべていた。


「ではやはり、報酬は現金のほうがよいということだな。わしと愚弟……いや、王都大司教アロンと連名で支払わせてもらおう」

「ありがとうございます」


 結局、俺には「貴族が一生遊んで暮らせる額」、リディアには「貴族の生涯年収とほぼ同額」を与えられた。

 エリスには「貴族の生活費1年分」が受給され、さらに「戦災被害者への補償」も約束された。


「ところで大司教」


 俺は大司教に、非常に重要な一つの問いを投げかけた。


「どうしても聖剣を手放してはいけないのでしょうか?」


 実は先ほど大聖堂にて「聖剣を返還したい」と申し出たが、「そのまま持っていてほしい」と断られてしまった。

 でもこれから王都を出て旅をするというのに、まるで私物のように聖剣を持ち歩くのは嫌だ。


「短期間に複数の魔王が現れたのだ。唯一聖剣を扱えるセイン殿が聖剣を手放すことは、世界にとっての大損失。決して許されぬことだ」

「そうですよセインさん」


 大司教の言葉に、エリスはうんうんとうなずいて同調した。


「セインさんは魔王を倒しました。ですが『魔神』が消滅したわけではありません。これまでの歴史と同じように、魔神は新たな魔王を選定することでしょう」

「確かにそうだが……」

「じゃあセインくんが新しい勇者さまを見つけて、その人に聖剣を渡してあげたらいいんじゃないかな?」


 あ、そうか。そうすればいいのか。

 リディアの言葉に、俺はハッとした。


 俺が愛したシミュレーションRPG『セイクリッド・ブレイド』──通称『SB』には、味方だけでも50人以上のキャラが存在する。

『SB』によく似たこの世界にもまた、「真の勇者」と呼ぶにふさわしい剣使いが何人も存在するはずなのだ。


「新しい勇者さまが見つかるまでは、セインくんが聖剣を持っててもいいし、持たないとダメなんだよ」


「まあ、セインくんを超える人がいるとは思えないけど……えへ」と微笑むリディア。

 しかしリディア、世の中何が起こるか分からないぞ?


「分かりました大司教、ひとまず聖剣はお借りします。そして新たな勇者を見つける旅に出ます」

「セインさん、わたしもついていってもいいですか? ほら、聖女は勇者についていくもの……でしょう?」

「こちらこそよろしく頼む。エリスがいてくれれば心強い」


「任されました」と可愛らしく敬礼する聖女エリス。


「リディアちゃんも、よろしくお願いしますね?」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 眩ゆいばかりの笑顔を向けるエリスと、緊張した面持ちで頭を下げるリディア。

 リディアに何かを感じたのか、エリスはリディアの頭を優しくなで始めた。


「ふふ……リディアちゃんはかわいいですね。かわいいですけど、わたしとしてはもう少しリラックスしてほしいです。甘えてきてほしいです」

「で、でもエリスさまは聖女さまですし……きれいでかわいいし、緊張しますよ……」

「国王陛下と大司教の御前ごぜんだからといって、『エリスさま』と呼ばなくて大丈夫です。それどころか、わたしとしては『エリスちゃん』と呼んでほしいくらいなんです」

「エ、エリスちゃん!?」

「『お姉ちゃん』でもいいですよ?」

「お、お姉ちゃん!?」


 ああ……平和だ。

 戦争まっただ中だった『SB』では、ついぞ見られなかった光景だ。


 この世界に転生して色々あったけど、転生してよかったのかもしれない。


「わたしもエリスさんとは仲良くなりたいですけど……いいんですか?」

「いいんです。あと敬語もいりません」

「じゃ、じゃあ……これからもよろしくね、エリスちゃん。えへへ」

「よろしくお願いします! さっそく今日の祝勝パーティでいっぱいお話しましょうね!」


 リディアの両手を握り、ブンブンと嬉しそうに振るエリス。

 リディアは「エリスちゃんは敬語のままなんだね」と言ったが、エリスは「わたしは誰に対しても敬語なんです」と答えていた。


 そんなこんなで。

 俺たちは国王・大司教との謁見えっけんを終えた。



◇ ◇ ◇



 ところで、魔王シンによって人質にされていた「元魔王」の少女については、王国騎士団による事情聴取と精神鑑定が行われているらしい。

 精神鑑定では、魔神に乗っ取られた際の影響が残っていないか調べるそうだ。


 俺が今日の夕方に面会したとき、彼女は意外と落ち着いていた。

 そんな彼女は俺にこう言った。


──魔神に操られていたとはいえ、みんなに迷惑をかけてしまった以上は罪を償うわ。私の《ヒール》でね。だから、もしよかったらまた会いに来てね──と。


 前を向いて生きようとする彼女に、俺は「あまり気負いすぎるなよ」と言って別れを告げた。


 ……という面会内容を思い出しつつ、俺は浴びるように酒を飲んでいた。

 今は国王・大司教共催の「魔王討伐記念パーティ」のまっただ中である。

 本当はパーティなどしてほしくなかったのだが、俺が真の勇者であると明るみに出てしまった以上、パーティ開催は避けられなかった。

 唯一の救いは、出された料理と酒がどれも絶品だったということだけだ。


 うむ、この赤ワインはかなり濃厚だ……ステーキと合う。

 あ、こっちのビールはちょうどいい苦味……良くも悪くも人生のようだ。

 いやあ、これだけ酒がうまいと食事もはかどるなあ!


 ……転生前の「失敗」から学び、酔いつぶれないように《キュア》しながら酒を煽る俺。

 貴族たちはあまりいい顔をしなかった。

 まあ貴族のご機嫌を取ろうだなんて思ってないし、会話もなるべく避けたかったのでノーダメなんだが。


 というわけで、俺は記念パーティをできるかぎりソロで満喫した。

 リディアもリディアで、エリスといっぱいおしゃべりしたり、スイーツを食べたりと楽しそうにしていた。


 パーティ開始からそれなりに時間が経った頃。

 俺は休憩がてら、王宮のテラスに出て風に当たることにした。


 夜空の星は、いつまでも見ていられるくらいとても綺麗だ。

 そこに……


「セインくん、一緒に休憩しよ?」


 リディアの声が聞こえたので、俺は振り返った。

 どうやら現れたのは、リディア一人のようだ。


 リディアは俺の隣までやって来て、神妙な面持ちで言った。


「セインくんはやっぱり、勇者扱いされるのは……いや?」


 パーティ会場にて、貴族たちから嫌ほど「うちの騎士になってくれ!」と勧誘されて丁重にお断りしたのを思い出す。

 勇者ともなると、話が通じない相手にも対応しなければならないのだ。


「そうだな……まあ、目立つのはしかたがない。だができれば静かに、中立に過ごしたいって思ってるよ」

「うん、そうだよね」

「けどこれからは魔族にも、人間にも狙われることになるんだよなあ……」


 勇者という存在は、魔族にとっても人間にとっても脅威だ。

 ラスボスを倒した直後に大司教がそう言っていたし、俺も同じように思っている。


 はあ……ラスボスさえ倒せば全部終わると思ってたのに。

 死亡フラグを回避したと思ったら、次々と面倒事に巻き込まれてしまう。


 これからも多分……いや確実に死亡フラグが量産されることになるだろう。

 スローライフなんて夢のまた夢だな。


「セインくんは不安なんだね」

「ああ……」

「じゃあわたしにもその不安を……背負わせてくれないかな?」

「俺のせいでリディアに迷惑がかかるのは嫌だ」

「そう言うと思った。でも、別にセインくんのために言ってるんじゃないんだよ」

「え……」

「わたしは、わたしのためにセインくんの重荷を一緒に背負ってあげるって言ってるの。わたしがそうしたいから言ってるんだよ」


 リディアはいつもと違って、自信と覚悟に満ちた表情をしていた。


「この前……女魔王を倒した日の夜に言ってたよね。『リディアはこれからどうしたいんだ?』って」

「覚えてるよ」


 あの日の夜。

 俺はリディアに「ある程度区切りがついたら王都を出て世界中を旅する」と宣言し、リディアは「じゃあわたしも」と同調した。

 だから俺は「リディアはどうしたいのか、自分の意志を大切にして欲しい」というようなことを言ったのだ。


「あのときからずっと、本当にやりたいことってなんだろうって考えてた。でも答えは最初から決まってたんだ」

「というと?」

「セインくんとずっと一緒にいたい。セインくんを支え、セインくんに支えられたい……これがわたしの『やりたいこと』なんだよ」


 リディアが言うには……


《魔女》の天職を与えられたというだけで、自分を腫れ物扱いしたり罵ったりしてきた人がいる故郷に帰るよりも。

 変わらぬ愛をもって、優しく接してくれた両親のもとに帰るよりも。


 俺と一緒にいたい、ということのようだ。


「だから『リディアを巻き込みたくない』なんて考える必要は全然ないの。むしろセインくんを邪魔する敵がいたら、わたしが守ってあげる」

「リディア……」

「ま、まあ、セインくんが負けることなんてないだろうし。万が一セインくんに勝っちゃうような敵が現れたとしたら、わたしなんかじゃ敵わないと思うけど……」


 ははっ、なんだか締まらないな。

 最後の最後で弱気になってどうするんだ。

 せっかく意気込みを見せてくれたのにな。


 でも俺は、リディアがそう言ってくれて嬉しかった。


 俺はリディアを守ることばかり考えていた。

「頼りになる仲間だ」とは思いつつも、リディアを妹や姪のように──いや子供扱いしていた。

 成長していないように思っていた。


 でも、本当は違ったんだ。

 リディアは立派に成長していたんだ。


「ありがとう。リディアのおかげで心が軽くなった」

「えへへ、だったらうれしいな」

「これからもお互いを補い、守りあおう。俺は回復魔術と剣術で、リディアは黒魔術で」

「うん! ……でもわたしが言いたかったのは、それだけじゃなくって」


 低身長なリディアにシャツのえりを急に引っ張られ、思わず屈んでしまった。

「なんだなんだ?」と焦る俺。


 そこに──俺の唇に、温かくて柔らかい感触があった。


「えへへ……キス、しちゃった」


 リディアが顔を赤く染めて、瞳を潤ませていること。

 それは夜空の下でもはっきりと分かった。


 ……そうか。「序盤で死ぬモブ」だとか「男の回復術師」だとか、そういうことは気にしなくて良かったんだな。




 ──大好きなゲームヒロインと一緒に、大好きなゲームと似た異世界で日々平穏に生きていく。


 そんな、転生直後からずっと思い描いていた理想の生活はまだまだ……

 いや、下手をすれば一生俺の手には届かない。


 でも、「今」さえ楽しければそれでもいい……そんな風に思っている俺がいる。

 だから俺は真の勇者を探す旅をしつつ、その合間にスローライフすることに決めた。


 そのスローライフの中にはもちろん、転生直後からずっと俺に優しくしてくれた幼馴染リディアとの甘い日々も含まれている。

 ……しかし、考えただけで恥ずかしいな。まあいい。


 満天の星空の下。

 リディアの温もりや甘い香りを感じながら、俺は「今」を精一杯楽しもうと決意した。


(了)



────────────────────


『ゲーム序盤で死ぬモブヒーラー』完結!

最後まで読んでくださりありがとうございました!


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また、このあと近況ノートに「あとがき」をアップします。

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ゲーム序盤で死ぬモブヒーラーに転生したので修行したら、なぜか真の勇者と崇められた ~ただ幼馴染ヒロインと自由気ままに暮らしたかっただけなのに、成り上がりすぎて困ってます~ 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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