第2話 最弱職・回復術師が、ソロ冒険者になるまで

「オレたちのパーティに女々しい男はいらねえ。自分の身を自分で守れるようになってから出直しな」


 ギルドで登録を済ませて新米Fランク冒険者となった俺は、いかつい男たちから冷たくあしらわれた。


 パーティ参加申請を断られたのはこれで10回目。

 理由はすべて、俺が《回復術師》という「最弱職」だからだ。


 男所帯からは「女々しいザコ」と笑われ、女所帯からは「ヒモ」「寄生虫パラサイト」と蔑まれた。

 そうでなくても「ポーションのほうが安上がりだ」「この辺りに上級ダンジョンはないからヒーラーはオーバースペック」「どうせなら可愛い女の子に癒やされたい」と言われ、何度も断られた。


「俺はまだ(肉体年齢は)10歳なんだぞ!」とムキになって反論できればどれだけよかったことか。


 この世界では、天職を与えられた時点で立派な戦士として扱われる。

 甘えは一切許されないのだ。


 ……と、俺の意識と統合されたセイン少年の記憶が教えてくれた。

 そもそも俺の前世は社会人、最初から人に甘えるべきではない。


「セインさん、あの……あまり気を落とさないでください」


 そんな俺に声をかけてきたのは、さきほど俺の冒険者登録申請を受理してくれた女性職員だ。

 正直心が折れかけていたが、女性職員の悲しげな表情を見てむしろやる気がでてしまった。

 どうかしている。


「こう言うのもなんですが、冒険者のみなさんはセインさんに嫉妬している部分もあると思うのです。この街……いえ、世界中の冒険者のほとんどは、魔術が一切使えませんからね」


 女性職員が言うには、魔術師系天職は全人口比で1パーセントほどしかいないらしい。

 その数少ない魔術師の大半が、地位と安定を求めて王侯貴族に仕えるか、知識を求めて研究職に就くという。

 これが、冒険者の魔術師がほとんどいない理由である。


 嫉妬で悪口を言っている、か。

 確かに女性職員の言う通りも一理あるが……


「ありがとうございます。でも俺は早く立派な冒険者になりたいんです。そのためには……」


 黒魔術が使えない俺が、魔王を倒すために必要なもの……

 それは武器だ。


 武器を買うには金がいる。

 金を稼ぐには冒険者稼業をしなければならない。

 現時点で味方を癒やすことしか能のない俺が冒険者稼業をやっていくには、まず仲間が必要だ。

 だが仲間を作るためには、まず俺自身が強くならなければならない。


 強くなるには武器が必要で、武器を買うには金が……

 嫌なループだ。


「《回復術師》に護身術を要求するなんて酷な話だと思います」

「気遣ってくださりありがとうございます。でも俺は、自分の身は自分で守るのが当然だと思います」


 俺だって『SB』の初心者だったころ、敵の奇襲で美少女回復術師を殺されて不満に思ったことがある。

『SB』は、死んだ仲間は生き返らないという「神ゲー」だ。

 俺は即リセットして、10分も20分もかけて同じステージを一からやり直すはめになった。


 そのとき俺は思ったんだ……その持っている杖で殴り返せよ、と。

 まあ《回復術師》は力のステータスが無に等しいので、たとえ杖でポコポコできたとしても無意味だが。


 そういえばレベルやステータスの概念はないけれど、たとえば俺が剣で魔物を斬りつけたとして、ダメージは入るのだろうか。

 それを試すためにも、早く武器が欲しい。

 でも武器を買うには金が……


 ということで、さっそく「嫌なループ」を打ち破る必要がありそうだ。


「こうなったら現地調達しかないか……!」

「げ、現地調達とは、一体どこでなにをなさるおつもりで……」

「いえ、職員さんは気にしないでください。こっちの話ですので」


 女性職員にニッコリと微笑んで会話を打ち切ったあと、俺はギルドホールを出る。

 そして一旦自宅で準備したあと、ダンジョンに向かった。


 ダンジョンはアレスの街の中心に位置しており、通勤にすごく便利だ。

 ……と考えてしまうあたり、俺は社畜なんだろうか。


 そうこうしているうちに、俺はダンジョンの入口に到着した。


 このダンジョンは、俺たちゲーマーにとってはチュートリアルマップ……つまり初級ダンジョンだ。

 しかし一方で、現地人からは「中級ダンジョン」と認識されているらしい。


 ゲーマーと現地人で、これほどの認識差がある理由。

 それは、現地人には「リセットボタン」がないからであろう。


「おいアイツ、さっきギルドでメンバーを募集してた《回復術師》のガキじゃねえか……?」

「へー、いがーい。パーティメンバー見つかったんだね」

「いいえ、彼は一人よ。周りに人がいないでしょう?」

「ギャハハ! おいおいマジか、自殺志願者かよ!」


 エントランス前にいる冒険者たちの言う通り、俺がこれからやることはまさに自殺行為だ。

 一人で戦うことができない《回復術師》が、ソロでダンジョンに潜るのだからな。


 でもどうせ8年後には魔王に殺されるんだし、今ここで踏ん張らなければどの道未来はない。


 俺はエントランスの扉を開け放ち、ダンジョンの中──第1層に突入した。

 中は燭台で照らされているので、視界はそれほど悪くない。


 だが念のため、天職判定の際に刷り込まれていた「白魔術の使い方」をもとに、「ライト」と詠唱して視界を確保する。

 どうせダンジョンの敵は暗視能力を持っているので、灯りをケチっても意味はない。


 俺はゲームのチュートリアルを思い出しながらダンジョンを進む。

 すると……


「カロロ……」


 狙い通り、1体のスケルトンが現れた。


 そのスケルトンは腰を低く落とし、錆びついた剣を構えている。

 これがゲームなら《剣士》クラスが与えられていたはずだ。


 回復術師 VS 剣士……

 どう考えても《回復術師》である俺が瞬殺されるはずだ。


 それでも俺は、魔王を返り討ちにするための第一歩を踏み出す。

 スケルトンを倒し、剣を奪い取るための策も考えてきたんだ!


「ヒール」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 スケルトンの骨がバラバラに砕け散り、光の粒子となって消滅する。

 そしてダンジョンには、剣が床に落ちた音だけが物悲しく鳴り響いていた。


 ……死の象徴であるアンデッドは、生の象徴である回復魔術に弱い。

 これはゲーマーの共通認識といっても過言ではないだろう。

 もっとも『SB』ではシステム上、敵をヒールすることができないのだが。


 まあ効かなかったら効かなかったで、他にも策を用意してある。

 小石を大量に詰めた袋──ブラックジャックや、フライパンで殴るという手もある。

 罠だって道中に仕掛けておいた。

 どのみち俺が勝っていたことでしょう、ええ。


 このように、俺は最初から勝つつもりでダンジョンに潜っていた。

 でもヒール一発でスケルトンを倒せて本当によかった。


 ということで俺はスケルトンが使っていた「てつの剣」……いや、ブロードソードを手に入れた。

 だが刀身がかなり錆びついており、刃こぼれも目立っていた。

 このままではまともに使えない。


 しかし……


「リペア」


 そう、俺には《回復術師》としての力がある。

 剣は光に包まれた後、見違えるように美しくなった。

 まるで新品同様である。


 これぞ武器修理の白魔術 《リペア》。

 ゲームでは「リペアの杖」は1本しか手に入らず、そして1回使った時点で真っ二つに折れる。


 それにしても、この世界はゲームと違って便利だな。

 だって「ヒールの杖」とか「リペアの杖」とか、そういう「杖」がなくても普通に魔術が使えるんだからな。


 まあ一部の白魔術……《ワープ》などの転移系や敵専用白魔術などは、俺の魔力との相性の問題で使えないようだが。

 これも天職判定時に刷り込まれた知識である。


 しかしながら……


「はあ……はあ……あ、頭が……」


 ゲームにおいて、《リペア》はCランクの魔術。

 つまりこれがゲームであれば、《回復術師》になりたての俺には使えないはずだった。

 《リペア》が成功するかどうかは正直、いちばちかの賭けだった。


 だがこの賭けに乗れたのは、「この世界はゲームと同じではない」という事実に気づけていたから。

 まあ失敗したら失敗したで、魔術の練習をすればいいだけなのだが。


 とにかく「成功」という結果を引き出せたのはよかった。

 まあ二日酔いのようなひどい頭痛がするので、しばらく《リペア》はごめんだが。


 そう思っていたが、俺はとあることを思いつく。


「ヒール」


 そう唱えると、頭痛が少し和らいだ。


 Cランク魔術の《リペア》で頭が痛くなった原因は、高度な魔術処理のせいで脳の稼働率が乱高下らんこうげしたことにある。

 ……と俺は予想した。


 であれば、脳の稼働率を急激に下げなければいいだけの話だ。

《ヒール》を使って稼働率の下降を緩やかにしつつ、頭痛を癒やしてやればいい。


 頭痛がほぼなくなってきたところで、俺は修復済みの剣──ブロードソードを振り回してみる。


「おお……すごい、普通に使えるぞ」


 今のところ特に異常はない。

 ゲームとかでありがちな「剣を持った瞬間、不思議な力で弾かれて握れない」なんてことにならなくてよかった。


 まあ「剣士系クラスじゃないと剣が持てない」というのなら、「キッチンナイフ」を使って料理なんてできないしな。

 キッチンナイフだって一応、ゲームに登場する「剣」なのだから。

 威力1かつ低命中率のネタ装備ではあるが。


「カラカラ……」


 ──いつの間にか、新手のスケルトンが登場していた。

 大剣を構えた《軽戦士》と、弓を引き絞っている《弓兵》である。


「くっ!」


 乾いた弦音つるねが聞こえたと思ったら、頬に熱いものを感じた。

 俺の頬を、矢がかすめたのだ。


 ──速い、速すぎる。

 プロ野球の剛速球なんて目じゃないくらいに。


「ちっ!」


 いつの間にか《軽戦士》に間合いを詰められ、大剣による振り下ろしを許してしまう。

 とっさにブロードソードを頭上で構え、スケルトンの大剣を受け止めた。


 ──重い!

 大剣の重量、そしてスケルトンの膂力りょりょくはかなりのものだ。


 だがこんなところで負けてたまるか。

 まだチュートリアルマップの、そのまた序盤でしかないんだぞ。


 今回、俺はあえて《ヒール》を使わず、純粋な剣技のみで奴らを倒すつもりだ。

 その理由はただひとつ、ラスボスは《ヒール》では倒せないからだ。

 俺は実戦をもって、剣の鍛錬をするつもりでいる。


 だが、やみくもに攻撃しても意味はないだろう。

 なにせ俺は、近接戦闘には不向きな《回復術師》なのだから!


「ガロロロッ!」


 軽戦士スケルトンは大剣を大きく振りかぶる。

 次に来るのは袈裟斬りか?


 ──左に全力で避ける。

 やはり袈裟斬りだった。


 次に、俺の右脇腹をめがけて大剣が迫りくる。

 それをバックステップでかわす。

 そして一歩踏み込み剣を上段に構え、斜め左に振り下ろす。


「グギャッ!」


 俺の剣は、一撃でスケルトンの首をねた。

 おそらく今の攻撃で刃こぼれした可能性が高いが、下手に戦闘を長引かせるよりはマシだろう。


「お前のことも忘れてないぞ!」


 俺が隙だらけだと判断したのか、弓兵スケルトンが矢を放つ。

 だが弦の乾いた音がこちらに到達する前に右に避け、スケルトンに向かって全力で走る。


「リペア!」


 その最中に、先程の一撃で刃こぼれしたであろう剣を修復する。

 再び激しい頭痛にさいなまれるが、俺はそれを《ヒール》で打ち消した。


 スケルトンが再び弓に矢をつがえる、その直前。

 俺はスケルトンの間合いに入り、剣を水平にフルスイングさせた。


「ギャアアアアアアッ!」


 力任せの一撃は、スケルトンの胴を真っ二つに切断した。

 念のために周囲を確認してみるが敵の影もないし、ひとまずは俺の勝ちだ。


「はあ……はあ……危なかった」


 一歩間違えれば、俺は死んでいた。

 いくら《ヒール》があるとはいえ、即死したら意味がないしな。


 それでも……


「なんだ、《回復術師》でも十分戦えるじゃないか」


 ゲームでも異世界でも「最弱職」の名誉をほしいままにしてきた《回復術師》。

 ゲーマーの間では「美少女専用職」と散々ネタにされ、そして異世界でもその扱いは変わらないどころか「男のくせに」とバカにされる羽目となった。


 そんな俺でも実際に剣を取って、スケルトンを倒すことができた。


 ──俺は、俺を諦めなくていいんだ。


 死亡フラグ回避へ、一歩近づいた。

 つい嬉しくなってしまった俺だが、先を慎重に進むことにした。



◇ ◇ ◇



 その後、俺はダンジョンを単騎で進んでいった。


 ゲームのチュートリアルマップだけあって、敵の姿は思ったよりもまばら。

 それでも最弱職かつ新米Fランク冒険者である俺にとっては、相当歯ごたえのあるダンジョンだった。


 さすがは現地人から「中級ダンジョン」と呼ばれるだけはある。

 俺がここでなんとか戦えているのは、ダンジョンの地形をゲーム知識として覚えていたからにすぎない。


 しばらく進むと──


「ここが隠しダンジョンの入り口、か」


 俺はついに、はじまりの街アレスに存在する超重要拠点にたどり着いた。

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