3日目。

 お城とは違い、それこそ簡素な作りだけれど寒く無い。

 くり抜いたんだか、塗り込んだんだか、表面はなめらか。


 天井が低いなぁ。


《おはようございます、起きてらっしゃいますか》


 気遣いなのか、柱の陰からルツさんの声。

 あぁ、浮島とか言う場所だったか、ココ。


「おはようございます」


 涎の被害は無し。

 けど頭が痒い。


 つか凄い爪が伸びてんの、爪切り有るかしら。


《白湯を用意してありますから、お飲みになってから温泉へどうぞ》

「あぁ、どうも」


 室内はベージュでアーチ状。

 窓には窓ガラス。


 丸窓には敢えてなのか何なのか、波状と言うか、凸凹のガラスが濃い色のツヤツヤな木枠に填め込まれてる。

 蝶番は見えないけど、金属の鍵兼取っ手付き。


 城にも有ったのと同じなら、上部を引いて開閉するタイプ、しかもシルクスクリーンが網戸として収納されてんのよね。


 何なんだ、技術力が凄過ぎだろ、向こうでも欲しいわ。


『あ、おはようございます』

「おはよう、早起きね」


『あ、いえ、全然。起こされて起きただけなので』

「そっか、先にご飯食べてて良いよ、長くなるかもだし」


『はい』


 廊下の天井は高め。


 えっ。

 ドア可愛過ぎだろ。


 何コレ。

 丸窓とドアの融合って何、天才か。


 お月様が有るみたいやん。

 素敵過ぎるだろ。


 あぁ、しかも中庭かと思ったら温室かよ。

 コの字型の建物の真ん中にガラスの温室て、お洒落が過ぎるだろ、何だよココ。


《どうしたんじゃ、呆けおって》

「お洒落過ぎて引いてる」


《あぁ、じゃから見せるなと、成程》

「いや成程て」


《何が気になるんじゃ?》

「あのガラスとかよ、お城もだけど」


《亀の甲羅を模した、亀甲ガラスなんじゃと》

「へー」


《資料も有るで、ルツ坊に聞けば良いでな》

「あぁ」


《と言うか風呂はそこじゃよ?》

「温室の中?」


《寒かろうよ、外では》

「あぁ、確かに。けど昨日は温かかったで?」


《一部だけ風を遮断しておったんじゃよ》

「あぁ、どうも、ありがとうございます」


《構わんよ、ほれ、冷えるで》

「あぁ、はい」


 ベンチだ椅子だテーブルだと、温室の設備なのに温泉が湧いてる。


 と言うか館側にはサウナまで有る。

 天井に六芒星型の穴、蛇口の真下に湯桶。

 コレ、フィンランド風トルコ式や。


 成程、ココで洗うのね。


 そんで温泉の方は。

 少し出っ張った木枠から溢れる湯量、無色透明、味も香りも無し。

 温度は低め、けど湿度が有るからか寒くは無い。


 サウナの方に戻って石鹸を泡立ててみる。

 泡立つ、と言う事は軟水。


 何だ、何だココは。




『ローシュさーん!大丈夫ですかー!』


「おーう、ちょっと、感動してたと言うか、呆気に取られてた」

『のぼせたりは?』


「いや、どうだろ、兎に角ビックリしてるわ」

『もし良かったら、左側のドアから半地下のプールが有るそうなので、使って下さいって言ってました』


「あぁ、うん、ありがとう」


 こう言う時。

 寧ろ僕が女性だった方が、ローシュさんさんの為には良かったのに。


 それこそどっち付かず。

 けれどどっちでも役に立たない。


 こう、こんな部分を親は怒ってたのかも知れない。

 女装の事じゃなくて、僕の内面、中身の事を言ってたのかも。


 なら、僕は凄く、的外れな反論をしてた。

 だから呆れられて。


 悪いのは親じゃなくて、僕なのかも。


 だからルツさんにも、あんな風に言われて、当然なのかも知れない。


 男として生きるのか、女として生きるのか。

 どっちも選ばないって事は、選ばないってリスクが有る。


 気を使わせるつもりが無くても、僕が意思表示をしない限り、気を使わせてしまう。

 前の世界では良くても、ココでは良い事じゃない。


 もう大人なんだから、性別に関係無く、守り合わないといけないのに。




《どうしましたか》

『あ、いえ、少し考え事をしてただけです』


《別に君が見張らずとも襲ったりしませんよ、子供じゃ無いんですから》


 そう悔しさを滲ませられても。

 ただ黙っているだけでは、本当に子供扱いされてしまうんですけどね、ココでは。


「お、またイジメてる」

《大丈夫でしたか》


「いや、つか私ら必要ですか?」


 危惧されていた通り、存在意義について疑問に思われてしまった。

 だからこそ、情報は徐々にと思っていたんですが。


《ご説明致しますから、兎も角お食事を召し上がって頂けませんか?》

「あぁ、はい」


《君もですよ、もう少し食べて下さい》

『はい』


 そうして食堂へ案内し、召し上がって頂く事に。


 それにしても。

 美味しそうに食べる彼女と、不味そうに食べる彼の差は、一体何なのでしょうか。


《そんなに不味いですかね》

『あ、いえ、不味くは無いです』

「煩く言われ過ぎて、食に興味が無い人も居るし、仕方無いよ」


《あぁ、ソチラはマナーの成熟度が低いんですね》

「君ねぇ」

『すいません、確かに食べる事にそんなに興味は無いですけど。考え事をして、不味そうに食べてしまってごめんなさい』


《是非、今後は控えて下さいね、さもないと人前には出せませんから》

「何か根本的にマナーも違いそうだね、詳しく教えてくれますか」


《はい》




 うん、海外のマナーとか良く知らないけど、思ってたのと違った。

 食器の音を立てるなってのは、大音量でガシャガシャするなってだけ。


 ガッつくのも下品だけど、不味そうに食べるのはマジで最高にマナー違反だ、と。

 そもそも、もてなす方は相手の好みを把握して料理を出す、なのに不味そうに食べるのは2度と招くなと示す事になるからと。


『すみません、気を付けます』

「クーリナちゃん、食器の、それこそフォークとかってもっと後だと思ってたんだけど」


『あ、はい』

《全ては衛生観念からでしょう、手掴みでは手洗いにも限度が有りますし、毒の有無を調べるにも導入が早まりましたから》

「けど金属に反応する毒は僅かでしょう」


《はい。ですのでアレルギーの概念は非常に有意義な情報でした、何でも毒になる、と言う概念自体は浸透はしていますが。具体性に欠けるので、食事では種類を多く出す事が主流になっていますから》


「成程、つか根本的な流れが違う?」

『と言うか、凄く、早まってる感じですね。時計はどの程度の進歩なんですか?』


《コチラを、どうぞ》


 2つの懐中時計が、テーブルの上に。


『コレ、名称は』

《デミハンターケース、自動巻き式です》

「は」


《コチラはネジ巻き式のハンターケース。どちらも時間のズレは出ますので日に1回、朝の鐘か夜の鐘に合わせます》


『主に使用しているのは』

《ハンターケース型は王侯貴族、デミハンターケースは民間では、まだ開発されていません》


『じゃあ、民間だと』

《場所によりますが、基本的には天文時計の鐘の音を基準にしています、勿論日時計も。そして商売用に蝋燭時計や香時計、医療用では砂時計も使われています》


『長さは、ポンドですかヤードですか』

《メートル法です》

「えー、思ってた中世と違う」


『ですね、かなり』

「なら有能なのはゴロゴロしてそうだが」


《教育水準、と呼ばれるモノが低いんです。それこそ全体的に見れば見る程、偏りが酷いので》


「ココの識字率は?」

《約半数程かと》


「ブータン位か、せめてインドは越えたいな」

『インドでどの位なんですか?』


「6割、2000年代初頭でね」

『意外に、低い気がするんですけど』


「ウチらの国で10割いってないらしい」

『そうなんですね、てっきり』


「それこそ上位は北欧とかだった気がする」

『そもそも教育方法が違うらしいですしね』


「そうらしいのよ、現状は?」

《見て頂くのが1番かと》

『それこそ安全性はどうなんですか?』


《野盗は斬り殺すので殆ど居ませんが、偶に集団で国境を越えて来る者が居るので、移民希望なのかどうかの審査で人手が割かれている状態です》


「それと農業か、二毛作的な?」

『年に何回、何を植えてるか、ですかね』


《大麦、小麦、トウモロコシに大豆、菜種にヒマワリ、オリーブ。トマト、キャベツ、ジャガイモにパプリカ、ナス。そしてブドウにリンゴ、輸入と呼ばれるモノは殆どしていません》


「魚もお肉もか」

《はい、基本的には内需のみで支えています》

『外圧、経済制裁回避の為ですね』


《はい》

『なら外貨は何に?』


《売られてしまった国民を買い戻す為、それこそ知識を得る為の本や人材、それと蓄財です》


『前王が放逐した方とかですかね』

《はい。維持に余裕は有っても、向上となれば余裕が無い程度の蓄財しか無いと思って頂ければ宜しいかと》


「ルツさん位の知識人はどんだけ居る?」


《1割にも満たないかと》

「厳しくね?」

『ですね』


《まぁ、私の場合は寿命が長いので》

「意外とお年をいってる?」


『え、そんなに?』


《50は越えてます》


『魔法か何かですか?』

《いえ、魔導具でも有りません》


「また、エルフじゃあるまいに」


 え。

 え?




《はい、エルフと呼ばれる長寿種です》


 凄い、本当にファンタジー世界なんだ、ココ。


「なら年下に余裕を持って接して下さいよ、大人げないですよ」

《全くじゃよねぇ?》

《今、出て来ますか》


《エルフの説明となれば、精霊、妖精の説明も必要になるじゃろうし》

《じゃあお願いします》


《我は精霊じゃからほぼ不死じゃ。そんでエルフは長く生きれば100は余裕で超えるんじゃが、コレは精霊の血も混ざっておるで更に長寿じゃとされとる》

《とは言われてますが実際は不明です、他に同じ者は居ませんし、不確かな口伝でしか存在を確認出来てませんから》


《精霊と人の子がエルフと交わり出来た子じゃからね》

《流浪の最中に身籠ったのか何なのか、気が付けばジプシーの中で生まれ育ったので、殆ど正確な情報が無いんです》


「あー、家族歴は大切だものね」

《仰る通り、先天的な病気、早老症の逆かと思ったんですが。どうやらエルフだ、と》


「ご結婚は?」

《未経験ですし、子供も居ません》


「子を成すのが怖いですか」


《と言うか、真剣に考えたのはアナタが初めてです》

「それ面倒だから後にして」


 ルツさんがほんの少しだけ、傷付いた様な表情を一瞬だけど見せた。

 なのにローシュさんは、頭を抱えて見てないし。


 コレは、言うべきなんだろうか。


『ルツさんは、本気なんですよね?』

《はい》

「君まで」


『好きって気持ちを蔑ろにされるのは、嫌だろうな、と』


「この人、好きだなんて明確に言った?」


『あ、けど』

「便利に使うにも結婚と言う手段が有る、だから政略結婚ってのが存在してる。そして好意や性行為も、じゃなきゃ枕営業なんて言葉は存在しない筈なんだからさ。頼る、信用する、甘えるの区別は付けたい。利用されるのは避けたい、マジでもう、義務と恋愛と性行為は分けさせてくれ」


『ごめんなさい』

「いや、すまん、一服してくるわ」


 資源は有限で、人の心の余裕も当然有限、後は容量が多いか少ないか。

 そう多いだろうと甘えるのは、確かに幼いと思う、僕は子供みたいな事を言っただけ。


 考え無しだと言われても仕方無い事を口走ってしまった、好意の裏だとか、利用だとかも考えるべきだったのに。


《ありがとうございます、少し席を外しますね》




 あの流れで、良く好きだと言えるな。


「素直に受け取れる状況じゃ無いんですが」

《年がダメなんでしょうか》


「どうダメだと思うんでしょうか」

《人間の平均にしてみれば年寄りですから》


「じゃあ、そう言う事で」


《何を気に……子を成す気はそこまで無いのですが》

「勿体無い、何処かの若いのと励んで下さい」


《子の知能は養育者の知能に依存するそうなので、もし作るならアナタとの子が良いんです》

「母体に不安が有るので無理です」

『あら、なら心配要らないわ、すっかり健康に若返ってる筈だもの』


「アリアドネさん?」

『あぁ、私じゃないわ、バッカスよ』


「またまたご冗談を」

『あら、ちゃんと鏡を見てないのね、悪い子だわ』


「すみません、見る価値を見い出せなかったもので」

『冗談よ、先ずは内臓から、外見の変化は後から徐々によ』


「本当に言ってます?」

『遺伝子の多様性、人々が変化に耐えられる様にさせるのも、貢献は貢献だもの』


「内臓からって」

『少し早まってしまうけれど、ココの月の満ち欠け的には合う筈だから大丈夫』


「大丈夫って」

『ふふふ、後はルツが頑張って面倒を見てあげてね』

《はい》


 いや、若返ってもブスはブスなのに、何て事をしてくれる。




 ローシュさんは食事に戻って来たけれど。

 それこそ黙ったまま、黙々と食べ終えて、また一服へ。


 一方のルツさんの機嫌は、悪くない。


『あの』

《一応、念の為にお伺いしますが。君は彼女に全く気が無いんですよね?》


 コレは、即答するのに気が引けるけど。


『はい』

《ですよね。では、また城に戻るので、準備をお願いしますね》


『はい』


 そうして竜に乗ると、そのまま下降して直ぐにお城へと着いた。

 浮島がお城の近くに移動してくれていたらしい。


 そしてローシュさんは歯磨きをして、ルツさんから何かを受け取ると、そのまま部屋に戻ってしまった。


《君には別室を用意しますので、手伝って頂けますか》

『あ、はい』


 と言っても空気の入れ替えに、リネン類を運び入れる程度の事で。

 部屋は小さくなったけれど、特に不自由さは無い。


 ただ、また、前と同じ状況に戻ったんだなと。

 隣の部屋にはローシュさん。


 コレは、本当に僕だけ、戻って良いんだろうか。

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