新しい領域

軽く頭を撫でてやると、柊は嬉しそうに目を細める。

そうして、子供の様に俺の体を抱き締めると、暖かさが心地良いのか頬ずりをした。

子供が居たらこんな感じかな、なんて事を思いながら俺は癒されていた時だった。


「あ?」


ゾンビが此方に来ていた方角から、今度は別の何かがやって来た。

その何かと言うのは、先程のゾンビではなく、それ以外の姿だからそう言った。

俺は視覚を極限まで広げていき、一体なにものであるかを確認する。


「…女?」


白い肌に白い髪をした、赤い外套を着込んだ女だった。

その後ろからは、巨大な蛇の様なものが動いていて、彼女を追っている様子だった。

なんにしても、俺はその後ろに居る蛇に注視する。


あれを倒せば、少なからずレベルアップはするだろう。

そう思っただけで俺は楽しくなっていた。

柊から離れると共に、俺は黒刀を引き抜く。


「先に行っておくぞ」


俺がそれだけ告げると、刀を振るって死んだゾンビに突き刺す。

そしてそのゾンビに磁力を付加させたナノマシンを流し出すと共に、俺自身も磁力を付加させて反発させる。

反発力を応用した瞬間的な移動方法である。初速が速い分、加速に必要な磁力が無い為に、本当に初速でしか早くはならない。


それでも、俺は地面を蹴って走りながら移動して、蛇の前へと向かっていく。


「よう」


赤い外套を着込んだ女に軽く挨拶をすると共に、俺は蛇に向けて黒刀を投げつけると、蛇の鱗の隙間に黒刀が滑り込んで、血が流れだした。

痛みを発していながらも、蛇は突進を止めずに俺に向けて口を開いた。

巨大な顎、人間ならば一飲みで蛇腹の中へと引きずり込みそうな口に対して、俺は両腕を広げて、上顎と下顎を抑えた。


「お、意外に力、あるじゃねえか」


そう言って俺は筋肉を盛り上げて蛇の攻撃を抑える。

牛革の特性によって、俺の身体能力は十倍と化している、およそ百人分の力によって無理やり抑え込んでいるので、蛇の筋力には負けず劣らずと言った所だ。


「よい、しょいッ!!」


踏ん張ると共に蛇を投げる。

と言っても、蛇腹が大きい為に上半身くらいしか上がらなかったが上場だ。

俺は鞘を握り締めると、抜き放ち蛇の方に向ける。


「戻ってこい」


俺の言葉、そして念じると共に黒刀が蛇から離れていく。

既に十分、蛇の肉体に磁力を帯びた機械細胞が付加されているだろう。

なので俺は蛇の方に近づくと共に磁力を最大限解放させた。


S極とS極による磁力の反発。

それに耐えきれない細胞自体が反発によって刀を避けていき、蛇の肉体を四散させた。



巨大な蛇を倒した事で、早速俺のレベルが上がった。


【LEVELUP.+2:LV51】

【筋肉強化率/12.86%上昇】【骨格強化率/15.45%上昇】

【神経強化率/14.87%上昇】【皮膚強化率/11.78%上昇】

【器官強化率/14.37%上昇】【脳髄強化率/2.78%上昇】



LV【51】

【肉体情報】

筋肉強化率/914.64%→927.50%

骨格強化率/815.57%→831.02%

神経強化率/872.53%→887.40%

皮膚強化率/806.71%→818.49%

器官強化率/644.35%→658.72%

脳髄強化率/305.35%→308.13%


【取得因子】

狼の因子/11.78%

蜘蛛の因子/20.11%

牛の因子/30.46%

蛇の因子/12.11%



新しく蛇の因子って奴も取得したか。

そんで…新しいアイテムが出てくるかと思ったが、残念ながらそれは出て来なかったらしい。

まあ、元々レアだからな、其処までは期待してない。

俺はそう思いながら、先程まで追われていたであろう赤い外套の女に話しかける。


「大丈夫か?」


人並みに言いそうな言葉を口にしながら女の方を見る。

外套、フードを外して、女は俺の顔を見つめて来た。


「…」


女は何処までも白かった。

その髪は無論、肌も、唯一白くない所があるとすれば、彼女の目だ。

大空の様に澄み渡った蒼い瞳、その目が、俺の姿を映しこんでいる。


この女…俺を睨んでやがる。

勝手に助けるなって言ってるのだろうか。

取り合えず俺は不良としての血が騒いでいるので睨み返す事にした。


「おゥコラテメェ、大丈夫かって言ってんだよ」


「…認識」


睨んでいると、女はそう言った。

そうして俺の方に手を伸ばして膝を突いた。


「貴方を『アビオス』として認識する」


「あ?アビオス?」


なんだそりゃ。


「説明。ナノマシンによる機械細胞置換を終えた者、生物であり無生物な存在。生命を意味するビオス、無生物を意味するアビオ、この二つが合わさった造語として、機械細胞人間をアビオスを命名されている」


機械的な声色で、女はそう言った。

いや、俺が考えたプレイヤーの方が呼び名としては分かりやすいだろ。


「紹介。私の名はワイズマン。賢者と言う意味合い、アビオスを導くものとして、ナノマシンが自己増殖を繰り返した末に作られたオートマタ」


女は、自分の事をワイズマンと紹介したが、お前女だからそこはワイズウーマンじゃないのか?と俺は思った。


「で?お前は何者なのかって所が全然分からないんだけどよ」


「説明。私は先導者としての役割を持つ、新たなる時代、進化した人類、アビオスを導く者としてウィンにプログラムされた」


おいおい、なんか凄い話が分からなくなって来たんだけど。

そして、ワイズマンと名乗ったこの女は、俺の刀を見ていた。


「質問、その腰に携えているものは、キルギアで相違無いか?」


また全然分からない質問をしてきやがるな。

この武器の名称がキルギアだって?


「ちげぇよ、『雷磁玖釖臨皇崇討帥ライジング・トリスメギストス』だ、イカチィだろ」


主にこの名前、その名称、一度見ただけじゃ覚えきれないであろう名前。

名付けた俺ですら漢字で書いてと言われても書く事は難しいもの。


「否定。武器単体の名称ではなく、武器自体の名称、ワイズマンの鑑識からしてその武器はキルギアと認識」


あぁ、武器固有の名前じゃなくて、武器の総称って事かよ。


「説明。キルギアとはナノマシン制作に携わった軍事関係者が用意した架空兵器。述べ数千種類の架空兵器をナノマシンに情報として記憶させる事で、多彩な武器として展開させる。敵を殺す為に作られたギミックウェポン。死を与えると言う意味からキル・機械類の部品としてのギア、この二つを組み合わせたのが、キルギア」


はぁん。そうなのか。

まあそこらへんは俺がこの武器を所持した時点で断片的に情報は流れて来たけどよ。

それよりも、一度前に戻って…。


「で、進化ってどういう意味だ?」


「回答。ナノマシンを開発した創始者、ウィンの思想であり、ナノマシンの真の利用方法とは、人類の細胞に進化を齎し、新たな生物を創造する事にある」


新たな生物…あぁ、ミノタウロスとか、あのアリアドネみたいなやつらか。


「第一フェーズでは、人類にナノマシンを適合させる為に、ナノマシンを摂取した人物が、他の人間に強制的に適合させる行為、『アビスハザード』を始動、人類の肉体にナノマシンを適合させる事が目的」


…その言い方だと、まるでそれが当たり前の様な口ぶりだな。

俺の情報だと、研究所から漏れたナノマシンが人に感染させた、と聞いてるんだけどよ。


「第二フェーズでは、肉体の細胞が機械細胞に置換し終わる事で変化する肉体変化。ナノマシンが記録する様々な動物の遺伝子から肉体へと反映させる」


その第二フェーズが、あのミノタウロスの姿ってワケかよ。


「そして第三フェーズ…これが、我々ワイズマンたちによる新人類による導き…、肉体変化による進化によってナノマシンに適合した者では無く、人間としての肉体のままでナノマシンに適合した者に対して、我々が新しい力を授ける、と言うもの」


…第三フェーズ、って事は。


「つまりは、この俺って事か?」


人間の肉体のままであり、ナノマシンに適合した人材。


「正解。『アビオス』、貴方は新しい領域ステージに立つ権利がある」


ワイズマンがそう言って俺の方に手を伸ばして来た。



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