カップル成立

 翌日の朝。

 登校して教室に入ると、クラスの連中から熱い視線を感じる。気のせいとは言えない。ひとまず席に座ると、駆け寄ってきた沢村が開口一番、


「お前、浅海と付き合うことになったって、本当かよ!?」


 沢村の声が引き金になり、クラスの、特に男子たちの視線がよりいっそう俺に集まるのがわかった。


「ああ、そうだよ」


 得意げに笑みをこぼした俺は、そう答えてやった。

 昨日は『応援してる』と言ってくれた沢村だが、今日については、財産を株で溶かした資産家のようにぬおーっと頭を抱えて、


「ありえねえって! なんで取り柄もない男と浅海が、つつつつッ、付き合うなんて! 俺は認めねえぞ! 認めん!!」


 と、男子を代表するように沢村が発狂していたら、


「悪かったですね、取り柄もない男の子と付き合うことになって」


 パシンと沢村の背中を叩いて席に向かうのは、今ほど登校してきた浅海琉夏。彼女は俺に視線を向け、白い歯を覗かせて、


「おはよ、一斗くん」


 トクン、と俺の胸がゆらぎ、


「お、おはよ。……琉夏」


 照れ気味に、下の名前で返した俺。

 俺と浅海琉夏が付き合い始めたのは真実。それをまざまざと見せつけられたクラスの男子たちは、ため息をつきながら各々の席に散るのであった。

 琉夏のほうも女子たちに問い詰められている。『なんで、よりによって嶋村となの!?』『もったいないって!』そんな言葉が次々に聞こえる。おーい、失礼だぞ。


 とはいえ、もったいないというのは俺本人が一番わかっていることだ。じゃあ、なぜ付き合うことになったのかって? それは琉夏の提案があったからだ。


 昨日のカフェで交わした会話。琉夏から『わたしと嶋村くんでさ、――カップルY-Tuberになろうよ』という衝撃の提案があったあとに、目を丸くする俺にこう理由を語った。


「わたしって男子から告白されることが多いんだけど、全部断ってるんだよね。なんでかっていうと、四月に試しに付き合った男子からぐいぐい迫られて。で、嫌になって一週間で破局。それ以来、付き合いたい人がいればこっちから声をかけようと決めてるんだけど、声をかけられるばかりで。断るのも申し訳なくて、断るたびに胸にくるんだよね」

「つまり俺と偽装カップルになって、男子からの告白を避けるって狙いか」

「そういうこと。それにカップルって関係で動画を撮れば、わたしもよりかわいく映るんじゃないかな? と思いまして。あざとい発想で申し訳ないけど」


 地味で平凡な同級生の男の隣にいる、恋してる女の子。恋愛厳禁なアイドルというわけでもないので、かわいく見せるうえでアリな戦略かもしれない。


「なるほど」


 俺は素直にうなずいた。


「あぁでも、嶋村くんには嫌な役目を押し付けちゃうか。他の男子に恨まれるかもしれないし、恋愛対象じゃない人とは偽装でも付き合うのは嫌だよね?」


 そんな浅海の気づかいに、


「いや、気にすんな。それくらいお安い御用だ」


 たとえ偽りの関係でも、浅海琉夏と付き合ってる、そんな事実だけで今は十分だ。喜んで受け入れたい。


「ほんと? ありがと! じゃあさ、付き合ってるって設定なわけだし、下の名前で呼び合おうよ。ね、――一斗くん?」


 そんな浅海のはにかみを前に、全身に凄まじい衝撃が走る。まさに雷に打たれたような衝撃だ。今日ここで人生が終わってもいいとさえ思えた。

 あまりの嬉しさと気恥ずかしさで喉が震えながら、


「あ、ああ。る、琉夏。よろしく――……」


 というわけで、俺と琉夏は偽りの関係ではあるが、カップルY-Tuberとして活動していくことになった。


「ふふっ」


 怪しい笑みがこぼれる俺。こういう形で教室の話題になることに悪い気はしなかった。

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