告白

 昼食中、俺と沢村が浅海のことで会話していたら、


「なになに、琉夏のこと気になるの?」


 背後から声をかけられたのだ。

 女子の声に、俺はビクッと肩を震わせると、


「って、藤本!?」


 ツインテールの髪型が特徴的な、クラスメイトの藤本ふじもとが背後で手を組み、ルンルンと楽しそうに俺たちを見下ろしているのだ。まさに恋バナの顔。


 マズイと、思った。なんたって藤本は浅海と友達で、同じグループにいるのだ。

 先ほどまで浅海と会話しているのを見たし、席を外した際に偶然俺たちの会話に気づいたのだろうか? まいったな……。


「あ、いや。き、気になっては……いるけど、さ」


 俺がごにょごにょ言うと、藤本は俺の耳元に顔を近づけ、囁くように、


「何なら今日告白しちゃいなよ?」

「えっ?」


 沢村もマジか!? と、驚きを隠せない。

 困惑する俺に、藤本は理由を語る。


「こんなこと言うのも申し訳ないけど、嶋村くんが告っても断られると思うよ。だって琉夏、ついこないだもサッカー部のエースを振ってるし。だったらさ。ずっと夢見るくらいなら、今日諦められたほうが楽になるかなって」

「理由ひどいな……。鬼かよ」

「ごめんね、てへっ」


 ぺろっと舌を出す藤本。なんの仕草だよ。

 だが、沢村はというと、


「藤本に乗っとけ。たしかに今日告ろうが来年告ろうが、結果は変わらんだろ。ここでダメなら、スパッと次の恋ができるしな」

「お前もひどいな……。まあ、一理あるけどさぁ」


 今日告白となると、さすがに心の準備ができていない。かといって、心の準備ができる見込みはこの先もないのだが。


「もし今日告るなら、わたしから琉夏に伝えとこうか? 場所と時間」

「う~ん……」


 ぶっちゃけ、ありがたい話ではある。ありがた迷惑ではなく、本当にありがたい。なぜなら告白した経験も、された経験もない青春負け組の俺にとっては、意中の女子を呼び出すことにも躊躇するからだ。


 そうだな。


 今日ここで逃したら、たぶん浅海とは接点がないまま高校生活が終わる気がする。

 俺は目に力を込め、藤本にうなずいて、


「よろしく頼む。場所と時間はあとで伝えるから」


 俺は腹を決めた。


「おっけー。琉夏に伝えとくね。さっきはあんなことを言ったけど、応援してるよ」


 そうして藤本は、浅海たちのグループに加わっていった。

 沢村のほうは、腹立つ笑みをニヤッと浮かべて、


「がんばれよ、俺も応援してるからな」

「ほんとか?」

「ほんとだよ」


 嘘か本音からわからない応援を俺によこしてくれたのであった。



 放課後。

 部活でも使用されていない空き教室で、俺は浅海琉夏を待っていた。約束の時間まであと三分。カチ、カチと、時計の針が簡素な音を立てている。


「落ち着け……」


 乾いた時針の音とは違い、俺の心臓はバクバク鳴っていた。この状態で健康診断を受けたら要再検査は間違いないだろう。まったく、この緊張感はヤバイぞ。夏場で暑いのもあるが、変な汗が額に滲んでいる。こんな脂汗に塗れた顔を女子の浅海に見られたら引かれるだろうな。ただでさえ低い勝率がゼロになってしまう。すぐにハンカチで額を拭いた。


 ああ、どうせフラれるのだろう。いや、もしかしたら受け入れてくれるか?


 緊張を味わいながら、俺は頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。

 肺に空気を取り込み、すぅと吐いてリラックスを模索していたそのとき。


「お待たせ」


 俺が待つ教室に顔を覗かせたのは、藤本経由で俺が呼び寄せたクラスメイトの浅海だった。

 俺に視線をよこすそのツリ目が、ただでさえ整った顔立ちに冴えた印象を演出する。黒髪のミディアムボブは、本人が狙っているか定かではないが、男ウケ抜群のかわいさを彩っていた。白い半袖のブラウスには赤いリボンが添えられ、膝丈より短い紺色のスカートは、まさに青春真っ盛りな女子高生の象徴だ。


 クラスで一番かわいい子が、からんと空いた教室で、俺の視線の先にいて、そして俺だけを見ている。

 こちらが呼び出した手前で、俺を見ているなんて当たり前のことで、いろいろと大げさな表現かもしれない。それでも会話の機会がない相手なので、情けないがそれだけで特別な気持ちになる。


 その一方で、全身に覚える緊張のレベルも跳ね上がった。

 茨で締めつけられたように喉が痛く強張り、声を発することに俺が困りかけたところで、浅海のほうから、


「そういえば嶋村くんと話をするのって初めてかな? あんま記憶にない気がする。どうだっけ?」

「そ、そうだな……。今日が初めて、だと……思う……」


 緊張で声が途切れていく。なんだかテレビタレントを前にしたような錯覚に陥っている。いや、テレビスター相手でもこんな緊張はしないだろうが。


「それで、わたしに御用でしょうか?」


 俺に上目遣いを向けてくるので、あざとかわいい仕草に、俺の胸はいっそう高鳴った。

 こんな女の子が彼女になったら、幸せだろうな。

 一緒に登下校して、部屋で遊んで、休日はデートして――……。ほんっと、幸せだろうな。


 俺はグッと右手の拳を握りしめた。汗でじっとり気持ち悪いが、今は気にしていられない。

 覚悟を決めろ! 嶋村一斗!


 俺が気合いを入れ、口を開いて、


「あの――……」


 告白するため声を出そうとしたら、浅海がちょうど同じタイミングで、


「まあ、用件は察してるけどね。こういうこと、最近もあったし」


 俺が発しかけた告白を打ち消すように、そう口にしたのだ。

 浅海は涼しい顔をしていた。


 いつものこと。

 通学電車に乗るとか。登校して教室に入り、クラスメイトに「おはよう」とあいさつするとか。退屈で評判と、数学の教師の授業を受けるとか。そんな感じの印象だった。


 その佇まいは、緊張でどうにかなってしまいそうな俺とはあまりに対照的で。


 俺は察する。


 ああ、無理だ。――と。


 このまま告白してもフラれる。直感的にわかった。


「ん、嶋村くん? おーい、固まってどうした?」


 きょとんとした面持ちで、開いた手のひらを俺の顔に振る浅海。


「……」


 喉から出かかっていた「好きです」を、俺は寸前で留めた。視線も浅海から沈む。垂れた前髪が、俺と浅海を一時的に隔てた。


 告白をしても無意味。

 無意味なら。


 だったら。


 ――――しかし、どうしてこの誘いが次の瞬間口から出たのか、あとになってもわからない。


 俺は沈んだ顔を上げて、



「なあ、――俺と一緒にY-Tubeを始めないか!?」


 気づけば、なんの計画もないのに浅海琉夏を誘っていた。

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