第32話 ヴィランズ

 俺達がメルクーアへと着いたのは出発日の夕方直前だ。中へと入る際はミカエルを誰が見ても一目で女だと分かるように見た目を整えさせ、その上で人数を誤魔化す小細工を行った。


 その際、門の見張りは居たが他の来訪者と比べても小細工の影響で多少怪しまれた程度で特別警戒や不審といった反応は見られなかった。


 依然警戒を緩めるつもりは無いが、ひとまず俺達は勇者一行とは無関係の旅人として都市内に入る事に成功したと見て良いだろう。その日は朝から歩き詰めだったのもあり、中等級の宿へと腰を下ろしさっさと休息する方針を取った。


 そして後日。


「今日から本格的な調査を始める。そこで、まずは何について明らかにしなければならないのか、を改めて確認しておきたい」


 まだ日が上がって間もない時間。俺が寝泊まりしていた部屋に一行は集まっていた。


「何についてだと? そんなもの──」


「まあ話を聞け。……トゥエンティ、確認するが最初に王国が奴らの存在を嗅ぎ取ったのはここで間違い無いんだな」


「ああ。が対象と類似した言葉を拾った」


 突っかかるリスティアを抑え、部屋の隅に立つトゥエンティに確認を取る。


 嗅ぎ取った、というのは王国が国内でタイヨウの仔が動いていると確信した根拠の事だ。当たり前だが、俺達勇者一行は魔王が出たから集められた。出たと判断したからには事前に情報があったのは必然だ。


 ぼかしてはいるが視察というのはコイツと同じような立場の人間だろう。そいつがここを訪れた時にそれらしい情報を得て報告した、というのが魔王討伐の発端らしい。


 ……ぶっちゃけ魔王討伐なんて一大イベントを開く割には根拠がフラッフラだが、上に立つ人間の理性とそこから下された判断なんてのはそんなもんだろう。拝謁した時も王様ヒステリック気味だったしな。


「ん? ……つまりあの宿場町で騒動を起こした男にわざわざ聞かなくても、初めからここが目的地だと分かっていたのではないか」


「それはそうだ。だが王国が掴んだのは二ヵ月か三ヵ月前の時点の話だろう。情報として鮮度が悪い。あと精度もな。だから最新の情報との擦り合わせが出来るのであればするに越したことはなかったんだよ。実際、あの男から話を聞いて無けりゃ討伐する相手が本当に居るのかすら確信が持てなかった」


 その答えにリスティアは分かったような分かってないような微妙な表情をしていた。つーか王国の情報源についてはここに来る前にも一回共有しただろ。質問が今更だし遅えよ。


「で、だ。王国が情報を拾った時期とあの男の話を合わせて考えると、奴らはそこそこの年月をかけてここで活動しているのが分かる。それも情報を拾える程度の規模と露出度で。この時点で奴らはこの都市にある程度は溶け込んでいると見るのが自然だ」


「都市内において明確に鼻につく集団もしく個人ではない、という意味ですね?」


「ああ。少なくとも都市内の人間の大多数から敵意や疑念を向けられるような振る舞いはしてないだろう。表向きは上手く取り繕っている筈だ。それを踏まえた上で最初の話に戻る」


 相槌を打ってきたミカエルの服装はいつもと異なり、ボディラインが自然と見えるような服装で髪もまとめず流した状態だ。秘密を曝け出せるのは気分が良いのか、低音を意識していないにしても声色が明るいように感じる。


「一、奴らが具体的に何をしているか。二、その目的。三、本拠地の所在。四、人数的な規模。とりあえずはここら辺が必要だ。本格的に動くとすればそれらが揃ってから。それと調査といってもあからさまな質問や態度はするな。あくまで俺達は旅人、目立つような行動は禁止だ。各々良く考えて立ち振る舞え」


「あの、みんなバラバラに動くんですか……?」


「二手に分かれる。都市の東と西でそれぞれな」


「……よ、良かった。ちなみに二手にって」


「俺とリスティアコイツで西、ヘレンお前ミカエルコイツで東だ」


「異議しかありません」


 備え付けの椅子に座っていたミカエルがおもむろに立ち上がった。脇ではリスティアが俺とペアなのが不満そうに、ヘレンが不安げな表情を浮かべている。


「なぜそのようなペア分けに?」


「なぜも何も……それぞれに柔軟な立ち回りが出来るヤツが一人は居た方が良いだろう。だからお前と俺で別れるのは必須だ」


「……それは、私を評価しての事で?」


「あ? 単純に個々の能力を見て判断しただけだが」


「……なら良いです」


 なぜか少し満足げな表情でミカエルは元の姿勢に戻る。なんだコイツ。


「他に質問は無いな? ……良し、じゃあ行動を開始する前にこれを各自に配っておく」


 俺は懐から四枚の魔札を取り出し、一枚を残してそれぞれに配った。


「緊急連絡用の札だ。俺が持つこの札が言うなれば。これは使っても何も起こらずただ燃え尽きていくだけの札だが、同時にそっちのである札も燃え尽きていく」


「何かあれば知らせる事が出来るという訳ですか」


「俺からしか出来ない上、具体的に何が起こったかまでは伝わらないが無いよりマシだろう。札に反応があった場合は都市の中央の広場、もしくは宿ここに集まれ」


「中央に広場があるんですか?」


「ああ。昨日の、宿に着いた後に少しだけここを散策した際確認した。──さあ、動くぞ。邪魔になる荷物は置いていけよ。見張りが居るからな」


 隅のトゥエンティに視線を向けると、ヤツは頭だけ黒づくめを解除し包帯でぐるぐる巻きにした状態で小さく頷いた。


 今回、トゥエンティは宿で留守番の指示を出してある。主な理由はこの都市に入った際の人数を誤魔化す小細工が理由だ。


 宿場町で俺達が勇者であると明かした際、コイツはそこに居なかった。その後のパーティーの時もだ。


 つまり俺達の情報が噂として拡散されている場合、一行は計四人であると伝わってるのが自然だ。だから都市に入る際、トゥエンティを含めて五人で入れば人数の誤魔化し自体は簡単に出来た訳だ。


 ただそれはそれでデメリットはある。トゥエンティには俺達とは別ルートで都市に入り、単独で情報収集をしてもらうというプランもあったがそれは難しくなった。


 一行の一員として都市に入った以上、俺達とは無関係の他人として単独で動かすのはたとえ隠密だとしてもリスクが生じる。どこに監視の目があるか分からん現状では、観光に来た一般の旅人という対外的な隠れ蓑を死んでも失いたくない。


 だが単独かつ隠密で動けないトゥエンティはぶっちゃけ邪魔だ。デカくて無駄に目立つ上に黒づくめ状態の解除は色々あって出来ないと言われた。(だが流石に無理矢理にでも顔は晒した方が良いと訴えた結果が包帯だ。黒づくめよりかは怪我人と解釈できるこっちの方が怪しさ的にはマシ。分かってたが裏の人間の扱いはクソめんどい)


 という事でトゥエンティは留守番だ。まあ森じゃ過重労働を強いたし休暇という意味でも丁度良いだろう。


 それに今回は──元より俺だけで全てを終わらせる気だ。


「再三言うが俺達は旅人だ。それぞれに配った金は自由に使え。昼時には好きな飯を食って気になった店は入れば良い。その上でやるべき事をしろ。……上手くれよお前ら。最後に、王国が事前にここで拾ったというワードを改めて確認しておく」


 忙しくなる。俺はそう確信しながら、その言葉を口に出した。


「タイヨウの集い。頭にしっかりと刻んでおけ」





 ☆




 メルクーア内のとある一室。清掃が行き届き、棚に置かれた調度品の数々が目立つその場所で二人の男はテーブルを挟み言葉を交わしていた。


「おかげさまで日に日に客入りも収益も増える一方です。具体的に何かを増設した訳でも改築を施した訳もないというのに……」


「カタチあるモノが必ずしも利益を生むとは限らない。その逆もまた同じ。時にして価値とは己が手で作り出すものでありますからな」


 腰が低いとも言って良い片方の態度に対し、もう片方は大仰な口調と仕草で言葉を返す。


 その男の顔には油で毛先までしっかりと固めた口髭が蓄えられており、その身体からは豊かな腹が突き出ていた。


「そういう意味では貴方が持つ素材は実に優秀だった。元より磨けば光る原石を幾つも手元に揃え、それを輝かせる舞台も既に用意されていた。私はそこに観客が介入し自ら金を落としていく仕組みを差し込んだまでにすぎないのです」


「いやはや感服でざいます。──では、今回の分のを」


 腰の低い男は横幅の広い入れ物を机に差し出し、髭の男がそれを満足げに確認する。


「ふむ……確かに受け取りました。これでまた一層、我々を繋ぐ信頼の綱が確かなものになった。ああそれと……今夜の件、段取りは確かで?」


「ええ。あの二人はいつも通りに。ご指名の彼女に関しても問題ないとは思いますが、新参者ですのでご迷惑をかける可能性が」


「構いません。多少のアクシデントであればむしろスパイス。無垢な宝石をその手で汚す過程のね」


 そうして二人は会話を終える。腰の低い男がいそいそと部屋から退出し、それと入れ替わるように長身の男が慌てた様子で入室した。


「パリアッソさんっ、報告が──」


「落ち着きなさいヒエロ。冷静さを欠いた言葉からは重みが失われる」


「す、すいません。……改めて、報告を」


「聞きましょう」


「グリンさんに付けていた補佐役が先程帰ってきました。そいつの話ではグリンさんは実験を決行、魔獣の放出には成功しましたがその首謀者である事が露見して捕まってしまったと」


「続きを」


「そしてグリンさんを取り押さえたという一団は……勇者一行を名乗ったようです」


「ふむ……」


 髭の男、パリアッソはその報告に思案する。


「こちらの動きが知られていた、にしては妙な対応。事前に警備を強化していれば放出される前に捕まえられていた筈。それで、その一団の詳しい情報は」


「中肉中背の男が二人、長身の女とこれといって特徴の無い女の計四人のようです。人伝いに聞いた話では王族や医療協会の重鎮が居るとも」


「それはクロと見た方が良さそうですねえ。その一団はまだその町に居るのですか?」


「翌々日の夜明け頃には町を去ったようです。時間が時間ですから居なくなった事に気づくのが遅れ、慌てて町を出てこちらへ帰還を目指し」


「今に至ると。──では、その補佐役から一行の面々についての情報を出来る限り引き出しなさい。そしてそれをこの都市のご友人達に伝え注意喚起と報告のお願いを。恐らく敵は間も無くこの都市へ……いえ、すでに入り込んでいるかもしれません。従業員にも言い付け都市内で何かあれば即座に報告するよう念押しを」


「了解しました。あの、グリンさんは……」


「手遅れです。が、彼も不測の事態は覚悟していた筈。我らの不利とならぬよう殉じたと信じましょう」


「……本当にこれで良かったのでしょうか。秘密裡に事を進めておけばグリンさんだって」


「彼の行いは無駄にはならない。少なくとも、我らの発明が有効に機能する事は実証された。それに……我らに差し向けられた刺客が本当に勇者なのであれば、その時点でこちらのですよ」


 パリアッソは優雅にテーブルへと手を伸ばし、湯気の立つ茶の香りを楽しむ。


「王族の権威の維持と将来有望な若者の箔付け。勇者とはそれだけの為に存在する悪習にすぎない。淡々と暗部を差し向ける訳でも大々的に軍を動かし物量で叩き伏せる訳でもない。中途半端な愚策。それが本質です。彼らは我らが放った餌にまんまと食いつき、挙句の果てにそんな対応を選んでしまった」


 その表情には余裕と確信があった。


「たかが数人の手勢、それも魔王を罰する勇者というもっともらしい正義を押し付けられた青二才どもに何が出来る? 魔獣を放ち明確な悪となったグリンとは違い、私達はこの都市に益をもたらし続けているのだから。そうして積み重ねた信頼はいつだって我々を支えてくれる。ヒエロ、今夜の集いは特に警備を固めなさい。それと、出席するご友人の方々にもそれぞれ護衛を用意してもらいましょう。彼らには危機意識を持ってもらいます」


「分かりました」


 パリアッソは茶をテーブルへと戻し、自らの腕の袖を捲り上げた。そこには燃え盛る炎の焼印が刻まれている。


「……来れるものなら来てみるが良い勇者ども。そして何も出来ない己に困惑し、王国の醜さを疑え。そうして手をこまねいている内にも計画は着々と進む。──全てはタイヨウの名の下に」

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