第14話 不運

 ミカエル肉壁作戦は都合計六回繰り返す事になったが、その全てのトゲの軌道において射手の居場所を隠すような工夫は感じ取れなかった。


 それが分かった作戦の後半は軌道の確認をする必要は無く、単に罠を踏ませる為だけにミカエルを説得し前に進んだ。


 そして遂に、俺達は魔獣の目の前まで到達していた。


「──という訳だ」


「魔獣……それは分かりましたが、何故私達は先程居た場所から移動を?」


 デカい木と厚い草を背後にミカエルは疑問を浮かべる。何度も繰り返した会話の一端。しかしこれ以上繰り返す必要は無い。


「俺が気絶しているお前を運びながら進んだ。で、長々と説明しておいてアレだが既に魔獣は目と鼻の先だ」


「……なぜそんな事を?」


 疑問の色が更に強くなる。そりゃコイツからすれば自分が気絶してる間に問題がほぼ解決してるんだから疑問にも思うわな。さっさと起こせって話だ。


 向けられた視線に対し、俺はそれから逃げるように顔を動かし頭を掻くような動作を取る。


「移動の際に一度、起こそうとは思ったんだが……回復術の副作用ってのがどんなもんか分からなかったからな。すぐに叩き起こすってのもどうかと思ったんだ」


「……」


「罠の性質的に少し無理をすれば俺だけでも十分に対応が出来た。だからまあ、お前を運びつつチマチマと前に進んで今に至るんだが……」


 ……苦しいか? お前を気にしてやったんだ感を出して納得させるのが狙いなんだが、それをコイツがどう感じているか。俺が純粋に心から他人を労わるような人間じゃないというのが見抜かれてなければ良いが。


「そう、ですか」


 セーフ。多少困惑の色はあるが不信感や猜疑心まではいっていない。まあ自分が何度も記憶を消されている、なんて事に気づけるヤツはそう居ないだろう。多少の違和感があってもゴリ押せる。


「起こしても問題無かったか」


「重傷を治した際に起こる身体状態の急激な変化から来る現象なので、すぐに起こされても活動は出来たと思います」


「そうか。まあ、次に活かそう。……何か気になる事でも?」


「いえ、その……重くありませんでしたか」


「ああ?」


「運んで進んだのでしょう、私を」


「そりゃ重かったに決まってるだろ。気絶した人間一人だぞ」


 まあ運んでないんだけどな。というかいきなり何を言ってるんだコイツは。


「そ、そうですよね。お手数をおかけました」


「大した事じゃない」


「……」


「……」


 なんなんだよ。自分でも何でそんな事を聞いたか分からないみたいな顔するの止めろ。


 記憶消去しすぎてなんかおかしくなってんのか? 特にそういう作用は無かった筈だが。


「さっきも言ったが魔獣はもう目の前だ。これから俺がヤツに接近する。お前はここで待機していてくれ」


 ミカエルは無言で頷くのを確認した俺は、限界まで低姿勢を取り緑に紛れてゆっくりと前に進み始めた。


 この短い距離の中で運悪く仕掛けられた罠を踏むという懸念は合ったが何も起こらず、遂に魔獣と対面する。


 森の中に不自然に空いた空間。そこには穴だらけの薙ぎ倒された木がそこらに転がっており、その中心にヤツは居た。


 デカい。縦幅は人一人分を越し、横幅は倒れた木の長さと遜色が無い。四足に支えられたその身体は厚く、背中は散々飛ばして来たあのトゲが無数に生えた剣山になっている。


 そして何よりそのツラ。黒々とした目はネズミっぽいがそれ以外の造形は厳つい。如何にも異常な成長を遂げた魔獣といった顔をしていた。


「興奮してるな……」


 動き回ってはいない。空けた空間の中央に鎮座していた。だが明らかに周囲を警戒しているような仕草を取っている。自分の罠が何度も踏まれてるんだから当たり前だな。


 だが、敵の接近に対して未だに待ち構えるという選択を取っている時点で失策だ。俺は事前に取り出していた札を手に、軽く息を吐く。座標良し、魔力の充填は最大。


 この距離であれば、俺は姿を晒さずともお前に攻撃が出来る。


「〈刺岩〉」


 その呟きと共に魔術が行使され、ヤツの真下……つまり腹の下の地面から図太い岩のトゲが突き上がる。


 必然、その切っ先はヤツの内側を貫く。突然の攻撃に対する驚きか、はたまた痛みからかヤツは野太い悲鳴を上げた。


「お前にはお似合いの最後だろ」


 焼き切れて塵になっていく札。無防備な腹への攻撃。異常成長した魔獣とはいえ命を奪うには十分な攻撃の筈だ。現にヤツのその場でもがくような動きが徐々に小さくなっていく。


「……油断は禁物だな」


 俺はその様子を観察しつつ懐から同じ札を取り出す。追撃用だ。


「まあ大丈夫だ──」


 言葉が詰まる。ヤツの動きは確かに鈍くなっている。が、全身から青みを帯びた薄い光を発し始めていた。


「クソッ!」


 想定出来る次の現象。俺は即座に振り返り低姿勢を維持したままその場から離れる。同時に見えたミカエルに手でと合図を送りながら。


 そうして、俺は近場の木の裏に飛び込んだ。同時に光は発散され、続いて何十本ものトゲが空を切り周囲の木に突き刺さる音が響く。


「最後の足掻きか?」


 自ら操作してではなく、周囲に対し無作為に放つトゲの嵐。余裕の無さの感じ取れる攻撃だがやり過ごすのは難しくない。


 結局、数秒程で嵐の音は止んだ。深く息を吐く。


「今ので流石に死ん……いや、念には念をだ」


 今の攻撃に対して〈堅絶〉を使わなかったのだって、壁の位置から俺の位置が丸分かりになる事を懸念したからだ。


 魔獣はしぶとい。完璧な死を確認するまでは俺の詳細な位置を知られていないというアドバンテージは維持する。このまま隠れてもう一度近づき、生きてれば追撃。そう判断し二枚目の〈刺岩〉の札を取り出しつつ木の裏からヤツの様子を確認しようとする。


 ──だが、そこにヤツは居なかった。あるのは血に濡れた岩の切っ先だけ。


「上ですっ!!!」


 ミカエルの声。俺は思考をするよりも先にその場から跳び、ミカエルの方へと転がり込む。


 視界が回転する過程で見えたのは、俺がついさっきまで隠れていた木の裏……その下の地面から放たれていた、の起動を示す淡い青の光。


 不運にも俺がトゲの緊急回避の為に移動した僅かなスペースに丁度バッチリピンポイントドストライクで配置されていた罠。そしてそこに覆いかぶさるように空中から落下してきたトゲネズミヤツの姿だった。

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