第16話 制服の中、どうなってると思う?

「お帰りなさい、お父さん、お姉さん。今日もお仕事お疲れ様です」


「あぁ、ただいま美鈴。今日も勉強頑張ってたか? 親も姉も居ないんだ、集中して一人で勉強、していたか? 集中できる環境にあるんだ、当然、勉強していただろうな?」


「……それはもちろんです、お父さん。大丈夫です、しっかりしてますから」


「それなら良かった。美鈴、お前は勉強だけしていればいいんだ、それ以外は重りだ。友達も恋人も、お前には必要ない。そんなものあっても、邪魔になるだけだ。お前は勉強しか取り柄がないんだから、それだけやってればいい。くれぐれもお前の姉みたいな、落ちこぼれになるんじゃないぞ。あんな落ちこぼれ、我が家の恥だからな。お前はそんな風になるなよ、美鈴。お前は真面目で、勉強はできるんだから」


「……わかってます、お父さん」



 ☆


「頭痛い、ふらふら……あ、ゆず、おはよ。昨日はすまなかった……本当にごめんな。ゆず。ごめんな、ゆず」


「そんな謝らんで、大丈夫だから。おはよ、姉ちゃん。はい、これお水」


「ああ、すまないゆず……ありがとう。んっ、んっ……ハァ、上手い……そしてごめんな、ゆず。昨日はあんなことして。こんな私でごめんな、ゆず。ほんとごめんな、私ダメな姉でごめんな」


「……だからもういいって、姉ちゃん。そんな事言わないで、ダメな姉とか、思ったことないから、飲み過ぎはダメだけど……割と役得だし」

 日曜日、お昼前。

 昼ご飯何作ろうかな、なんて考えながらソファでテレビを見ていると、ふらふら二日酔いのダウナー姉ちゃんが2階の自室からゆっくり降りてくる。


 酔っぱらってる時の陽気で甘々な高音ハッピーモードじゃなくて、いつもの低音ふらふらダウナーモードで、俺にごめんなさいと謝り続けて……もう、こうなるってわかってるでしょ、姉ちゃんも! 

 こんな風に恥ずかし申し訳なくなって、すぐに謝る……もう、いつもこうなんだから! いつもこんな風になるから、飲み過ぎないでって言ってたのに!


 そう言うと、姉ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げながら、

「ごめんな、ゆず。でも、昨日は制御してくれるゆずがいなかったから。ゆずが居ないと、私飲み過ぎてしまうんだ。ゆずが止めてくれないと、お酒が止まらないんだ。それに、ゆずが、その……と、とにかく、色々止まらないんだ」


「いや、俺のせいかよ!」


「いや、ゆずのせいじゃない、私が悪いんだ。でも昨日は心配だった。昨日はゆず、お昼には帰るって書置きしてたのに、結局帰ったの夕方だった。連絡もないし、すごく心配だった……お昼ご飯も、カップ麺になったし、心配でいつもよりお酒が進んだ。そうだ、昨日はゆずが心配だったからお酒飲み過ぎたんだ」

 最後に何かぼそっと付け足したけど、概ね心配だった、という風な声で姉ちゃんがそう言う。

 まあ確かに連絡入れなかったのはミスだな、弟が帰ってこなかったら姉ちゃんも心配するか。すぐ帰るって言ってたのに帰ってこないとそりゃ心配するか。


「ああ、心配する。私はゆずの姉だし、一応教師でもあるからな、養護だけど。だから心配なんだ、ゆずくらいの年齢で帰ってこないと。何か事件に巻き込まれたんじゃないか、って心配になる。教師として、姉として、ゆずに何かあったんじゃないかって心配になる」


「それはごめんなさい。連絡入れるべきだったね、ごめん姉ちゃん。でも、教師の自覚あるんだったら、すぐに俺にキスせびってくるのやめた方が良いよ。キスしたり抱き着いたりするの、絶対やめた方が良い。教え子と同い年くらいなんだし」


「ゆ、ゆずその話するのやめてくれ、恥ずかしいんだ。彼氏全然できないから、私寂しくて、ゆずに……って、ゆず! そう言うゆずこそどうなんだ、ゆずこそそう言う事してたんじゃないか、昨日?」


「え? 何の話? 姉ちゃんには何もしてないよ? 昨日も身体ぎゅーって甘えられながら、キスおねだりされたけど何もしてないよ? にゃんにゃん甘えながら、『ちゅ~しょ、ゆじゅ! ちゅ~! お姉ちゃんとちゅ~、ゆじゅ!』ってとろとろ声で言われたけど、何もしてないよ?」


「ちょ、え、え、私そんな……あ、マジで、やばっ……本当にやめてください、ゆず。酔っぱらってる時の事冷静に解説されるの、本当にしんどいんで。恥ずかしいとかじゃなくて、しんどいんで。だからやめてください、ゆず。お願いします」

 羞恥に顔を真っ赤に染めながら、弟に全力で頭を下げてくる姉ちゃん。

 もう、そうなるなら最初からしなければいいのに……健康診断も悪かったんだし、お酒飲まなきゃいいのに。


「……それは無理です、お酒がないと私は生きれません」


「……まあ、俺もあんなに可愛く甘えてくれる姉ちゃんが居なくなるのは嫌だから禁酒とまではいわないけど……この話はもういいや。で、何の話だったっけ?」


「すまない、ゆず……話ってのはアレだ、ゆずの匂いの話だ。柑橘じゃなくて、柚希の匂いな」


「わかっとるわ」


「ゆずは厳しいな……昨日、ゆずから朱里きゅんでも七瀬ちゃんでも無い匂いがした話。あの二人ならいざ知らず、知らない女の子の匂い……ゆず、彼女できたのか? 私の知らない、彼女が出来たのかな、って。姉として、少し気になる。ゆずの恋愛事情、姉として気になるな……ああ、不純異性交遊してた場合は、養護教諭として指導が必要だしな。そう言う事していたら、少し指導がいるからな」

 そう言ってニコッと俺の方を向いて微笑む姉ちゃん……でもその瞳の奥にはめらめら怒りの炎が見え隠れして。


 これ、自分が恋人出来ないから俺を目の敵に……姉ちゃん、お酒辞めたら普通に彼氏できると思うよ。美人でスタイルも良いんだし、モテモテだと思うよ。


「褒めてくれるのは嬉しいが、あんまり姉にそう言う事言うんじゃない。そう言うのは、他の女の子にとっておけ。あと、お酒はやめられない、私には無理だ」


「酔ってるときは喜ぶくせに、アル中姉ちゃんが。酔ってる時は、可愛いって言え! っておねだりしてくる時もあるくせに。弟にそう言うの、酔っぱらうとめちゃくちゃ言わせるくせに、可愛いとか大好きとかキスとか」


「……と、とにかく! どうなんだ、ゆず? 本当に彼女、出来たのか? 昨日の知らない匂い、あれゆずの彼女の匂いなのか?」


「開き直ったな……あ、あぁ、それは……それは……」

 ……美鈴は彼女ではないよな? 

「柚希だけの美鈴」なんて言われたけど、明日からは元の委員長と手塚君に戻るわけだし。ヤる寸前までいったけど、結局しなかったし、連絡先も知らないし。美鈴は多分、俺の事そんな風に思ってないし。


 ……どういう関係なんだろう、美鈴とは? 

 友達、ってよりはセフレ的な……いや、そんな良いものでも……いや、良いもではあるか、でも……う~ん、何だろう?


「……まあ、言いにくいならいいが。ゆずも大きくなったからな、色々あるんだろう。ゆずは高校生なんだ、言いにくい関係もあるだろう……そう言う関係、保健室でいっぱい見てきたし。ちょっと責めるようで悪かった、言いにくいならいいぞ、ゆず」

 俺の様子を見て色々察したのか、姉ちゃんがそう言って優しい微笑みを俺に向ける。

 その笑顔はまさに聖母のほほえみ、これぞ養護教諭って感じのキレイな笑顔。数多くの学生の悩みを聞いてきた、そんな信頼できる笑顔。


「……ありがと、姉ちゃん。そうしてくれると助かるよ」


「ふふっ、ゆずも高校生だ、気持ちはよくわかる。ま、私から言えるのは出会いを大事にしろ、って事だけだ。青春ってのは偶然の連続だ、出来事一つで色々変わる。だからどんな出会いも大事にして、後悔しないような青春を進め―私が言いたいことは、これだけだ。青春は一度きりだ、後悔しても取り戻せないからな」


「……姉ちゃん」

 そう言って笑う姉ちゃんはどこか寂しそうで、悲しそうで。


 ……そういや、姉ちゃんの高校時代の友達って見たことないな。

 いつも連れてくるダリアさんとか穂乃果姉ちゃんも大学の友達だし、それに……姉ちゃん、何かあったのかな、高校生の頃?

 何か後悔するようなこと……いや、詮索するのはやめよう。姉ちゃんの過去調べるなんて、無粋にもほどがあるし。


「とにかく、出会いは大事にしろよ、ゆず。偶然の連続だ、だから出会いと関係は本当に大事にしないと……という事で、結構復活してきたので私は今日もお酒を……」


「……させないよ、姉ちゃん。今日はお酒禁止、禁酒日。お水だけにしてください、冷蔵庫にも鍵かけました」


「……ゆずが冷たい。今日のゆずはシャーベットだ、ゆずシャーベットだ」


「面白くないよ、それ。全然面白くない」


「……ぴえん」

 姉ちゃんはこんな風に、いつもお酒を求めるアル中。

 キレイな顔に抜群スタイルに見えるけど、アル中のせいで恋人が出来ないちょっと残念な人―それでいいじゃないか、うちの姉ちゃんは。

 そんな深いこと、考えないで良いんだよ、姉ちゃんに。


 しかし、出会いを大事にか……美鈴との関係を大事に、って事だよな? 美鈴ともっと深い関係……築きたいけど、多分無理だろうな。

 俺と美鈴は、学校では「手塚君」と「委員長」だから。普段は絶対、美鈴と柚希にはなれないから。

 特別なアクション起こさない限り、何も起きないよな、絶対……そう言う関係なんだから、俺たちは。学校で関われないのは、かなり致命的だな、ホント。



「そろ~り、そろ~り……お酒、お酒……そろ~り」


「姉ちゃん、見えとるよ。お昼ご飯作ってる時は無防備だと思った?」


「……ゆずが厳しい!!!」

 ……しっかし、本当にうちの姉はアル中だな。

 姉ちゃんにお酒教えてダリアさん、責任取ってよ、姉ちゃんが病気になったら!



 ☆


「おはよ、ゆず! 今日も頑張ろうね!!!」


「ふふっ、月曜の朝から元気だな、朱里は。おはよ、頑張ろうね」

 ―学校では美鈴と関わらない、何も起きない……そう思ってたけど。


「ねえゆず、ボク昨日ね……」


「ごめん、ゆ……手塚君ちょっといい?」


「……委員長?」


 ~~~


「ゆ~ず~! ここの問題さ~……」


「あ、これは……」


「手塚君、今大丈夫?」


「……また委員長? ゆずと委員長なんかあった?」


「あはは……どしたの、委員長?」


 ~~~


「手塚君、今……」


「手塚君、手塚君……」


「てーづかくん?」


 ~~~


「めっちゃ話しかけてくるじゃん、委員長。普段は話さないんじゃなかったの?」

 3時間目と4時間目の間の休み、美鈴に呼びだされた二人きりの倉庫で美鈴にそう言う。学校では話さないんじゃなかったんですか、美鈴さん? 休み時間のたびに話しかけてますよね、普通に緊張するんですけど!


 そんな俺の言葉を聞いて、美鈴は楽しそうに笑いながら、

「ふふっ、そんな事言ったっけ? 柚希と話さないなんて、言ってないと思うよ、私……それに、二人きりの時は美鈴でしょ? 今は二人きりなんだから、美鈴って呼んで?」


「言ったと思うけどなぁ……まあいいや、委員長、じゃなかった美鈴。ところで、どうしたのこんなところ呼びだして? 何かあった?」


「ふふっ、それはね、我慢できなくなったから。柚希見てると、我慢できなくなった……私、柚希専用の美鈴だから。私の中の柚希のための美鈴が、我慢できないって動き出して、二人きりになりたかったから」


「……美鈴、そう言う言い方……おわっ!?」

 突然、視界が揺れる。

 美鈴がまた、俺を押し倒して上にまたがって……え、ちょ、ここ学校だよ!


「ふふっ、学校とか関係ないよ。今は二人きり、私たちは美鈴と柚希なんかだから。今の美鈴は柚希専用なんだから……ねえ、柚希。美鈴の制服の中、どうなってると思う? 美鈴の中、どうなってると思う?」


「……み、美鈴!?」



 ★★★

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