第4話 大好きだよ

「み、美鈴だ、綾瀬美鈴……俺の恋人のこの子の名前は綾瀬美鈴だ……ね、美鈴。美鈴と俺、ラブラブだよな?」

 強面の男に追い詰められた路地裏で、俺の背中をギュッと掴みながら、怯えて震えるキレイで露出が多くて巨乳でたぷたぷなお姉さんに向かってそう言葉をかける。


 綾瀬美鈴―うちの学校の委員長の名前。昨日たまたま知った、委員長の名前。

 あの委員長の名前なら大丈夫だろう、委員長と対極みたいな存在だと思うし、このお姉さん。全然違って、関わらない存在だと思うから、多分大丈夫だと思う! 

 委員長、本当にまじめだから! 作業中に雑談振っても真面目な回答しか出てこないし、多分大丈夫!


「え、手塚君……やっぱり、私の事、わかって……らぶらぶ、恋人、私と、てづ……ゆずが、恋人……私と、ゆずが……あぅぅぅ……なんで、私と……ゆずの事、わたしあんまり……でもクラスだと、一番話してるし、それに、色々手伝ってくれて、優しくて……はぅぅ……」

 俺の言葉を聞いたお姉さんは困惑した様に表情をクルクルと、口をもごもごと……ああ、めっちゃ可愛い……じゃなくて、本当にごめんなさい、ごめんなさい! 恋人とかラブラブとか言ってごめんなさい!

 勝手に変な事言って変な名前で呼んでごめんなさい、俺もナンパしてるみたいでごめんなさい! でもこれが一番だと思いますから! 一番早く納得させらるはずですから……てか普通に名前聞けばよかった!


「お~ん? その女、嫌がってるように見えるが? 女の嫌がることするなんて最低だな、やっぱクソガキだな、お前。てか年齢差あるし、カップルじゃねえだろ」

 そんなあたふた連携の取れていない俺たちを見て、男は余裕の表情で俺たちをニヤニヤ見つめる……ってお前がそれ言うか!


「あ、なんだよ? 女嫌がることするのはダメだろ、普通に考えて」


「だから良く言えるな、あんた! 俺の姉ちゃんが学校で『アルコールは危険です!』って授業してた時くらい衝撃だぞ! あと年齢差なら関係ない、そこに愛があるなら! 俺の姉ちゃんの友達だって、高校教師なのに教え子と付き合ってるし! 大好きなら美鈴がいくら年上でも関係ない、俺は美鈴の事大好きだからな!」


「だからお前の姉は知らねえんだよ、何だよお前の姉は! てか周りもやばいな、早く捕まえろよそいつ! 俺は別に嫌がることしてねえからな、その女を気持ちよくさせてあげようとしてるだけだからな! 快楽を求めるのは何も悪い事じゃねえからな……という事で女。俺ならそこの彼氏(笑)よりずっと気持ちよく楽しませてやるぜ? な、俺について来いよ、な!!! 俺の方が、絶対楽しいぜ!!!」


「で、でも、恋人、初めて、ゆずが……え、年上……ふえ、ぴよっ……ゆず……」


「げっすー、美鈴から離れろ! 早く捕まるのはお前だ、俺の大好きな彼女に手出してんじゃねよ! 俺の美鈴だからな、俺の愛する美鈴なんだからな! もう指一本触れさせないぞ、俺の美鈴に……ごめんなさい、本当に」


「愛してる、俺の美鈴……ふえ、そんなに、ゆず、私の事……い、良いよ、ゆず、謝らないで! わ、私も、ゆずの事、愛してるから! わわわ私だって、ゆずの事大好きだよ! ゆ、ゆず、だだだ大好き……うぅぅ……大好き、大好き!!!」


「う、うん俺も! 俺も大好き、美鈴大好きだよ、えへへ~……ホントごめんなさい」

 攻めよってくる男をぐいぐい押し戻して、威嚇代わりにそんな薄っぺらい言葉を叫び、動揺しながらもちゃんと演技してくれるお姉さんの華奢なナマ肩を、ちょっと緊張しながら抱く……そしてこっそり、謝っておく。


 ごめんなさい、お姉さんみたいな美人に似つかわしくない奴がこんな事言って。彼氏とか言ってごめんなさい。


 それに一生美鈴って間違った名前で呼んでるし、変な演技もさせるし、普通に肩に触れるし、セクハラだしひんやりしてて気持ちいいし、大好きって言ってくれるのすごく嬉しいし、その真っ赤なお顔もすごく可愛いいし、くっつかれた胸の感触は素晴らしいし、絡んだ生脚のむちむち感も、へそ出しお腹のふにょふにょ感も……ってああ、もうごめんなさい、本当に! 煩悩282個あってごめんなさい! 後でなんか奢ります! 年下に奢られるの嫌かもですけど奢らせてください!


 と、とにかく今はこの男追っ払うのが最優先ですから!

 これが最優先事項ですから我慢してください!

「だ、大丈夫だよ、ゆず……ちょっとびっくりしたけど、そんなに思ってくれてるなら……私も、ゆずとなら……えへへ、大好き~! 私と、ゆずは~、らぶらぶ~! だだ大好き、ゆずの事~! ゆずの事、大好き~!!!」


「そ、そうだよです! ラブラブだぜ~、俺と美鈴は! いつもラブラブ~、えっと、年の差も気にしない、オシドリカップル、みたいな……アハハ~」

 ととと取りあえず、肩組んで、俺のあほみたいな演技に乗りながら真っ赤な顔で歌ってくれるお姉さんと一緒にあほな歌を……あ、あれれ? 

 男のやつ、全然帰る気配ないぞ、むしろ瞳輝かせてるぞ? なんか変なオーラがさらに増してるぞ~?


「へ~、お前達本当に付き合ってるんだな? 付き合ってて、今はあつあつラブラブなんだな?」


「う、うん、大好き! めっちゃ好き、美鈴の事……ね、美鈴?」


「う、うん……わ、私も、ゆずの事、凄い、大好き。だ、大好きだよ、ゆず……大好き、一番、好き……ゆずなら、良い。大好き大好き……大好き!」


「ほ~ん、そっか……で、互いに好きなところは?」


『え?』

 互いの好きなところ?

 そんなのあったばかりで、お姉さんの好きなところ……色々あるけど、完全に身体目当ての不審者みたいな答えになってしまう! それにお姉さんは思いつかないだろうし、ふわふわ俺の方見て困ったように顔隠してるし……ああ、どうしよどうしよ?


「なんだ、言えないのか? やっぱりお前達付き合ってないのか? あ?」


「いやいやいや、言えるし! いっぱいありすぎて考えてただけだし! これからお姉……じゃなかった、美鈴の大好きなとこいっぱい言えるし! えっと、まずは……料理が上手なとこ!」

 ああ、もうやけじゃ、お姉さんとここから無事に脱出するためにやけくそじゃ!


「優しいところとか、ホラーが苦手ですぐにくっついてきて可愛いとことか、普段はまじめだけど二人の時になると愉快で甘えたがりになるところとか、みんなに頼りにされてるとことか、面倒見がいいところとか、いつも俺の事考えて色々してくれるところとか……」


「ちょ、ゆず!? ゆず!? なんで、私の……ゆず、私の事、そんなに……はぅぅ……」


「あとはその……可愛いものが好きなとことか、兄妹に優しいところとか! あと顔も可愛いし、巨乳! 美鈴のそう言う所が、俺は大好き!」

 ……これ全部、七瀬ちゃんの好きなところなんだけど。

 最後の二つ以外は当てはまるかわかんないけど、でもあっちからもわかんないし! これだけ好きなとこ言ったら大丈夫でしょ、後10個くらいあるから言おうと思えばいえるけど!


「ゆ、ゆず、も、もういいよ、お腹いっぱい……ゆず、私の事、いっぱい見てくれてる……私の事、いっぱい知ってる……好き……ゆず、大好きになる……大好きだ、ゆずの事、大好きだ……」

 でも、お姉さんも、聞こえないけどあわあわ迷惑そうにぶつぶつ文句言ってるし、男も満足そうだし! 取りあえず、これくらいで!


「ハハッ、本当にお熱みたいだな、クソガキの方は。じゃ、次は女。お前はこいつの、どこが好きなんだ?」


「ふえっ!? え、ゆ、ゆずの……ゆ、ゆずの好きなとこ……ゆずの、好きなとこ……溢れる、出てくる……うぅっ……」

 男にそう言われたお姉さんは真っ赤な顔をさらに赤くして、困ったようにぐるぐると瞳を回す。

 ごめんなさい、あったばかりのよくわからん学生の好きなとこなんて出ませんよね、適当に話合わせてください! なんか適当お願いします!


「そ、そんな事、出来ない、だって好きな人……初めての、恋人……ゆずの、好きなところ……どうしよ、恥ずかしい……」


「何、言えないの、女? やっぱりクソガキの片想い? ていうかクソガキ、お前はストーカーか、そんなにこの女の事知ってるって?」


「ち、違う! ゆずはそんなんじゃない、ゆずは本当に私の彼氏! 好きなとこ言うから! えっとね、ゆずの好きなとこは……私含めて、誰にでも優しいところ。率先して人の嫌がることを、してくれるところ。いっぱいお手伝いしてくれて、話しかけてくれるところ。友達が多くて、いつも楽しそうにしてるところ……あとは、あとは……あうっ……」

 俺の事をかばいながら、絞り出すように好きなところを言っていたお姉さんの口が、もごもご急に恥ずかしくなったように動かなくなる。


 もういいですよ、それくらい言ってもらえれば! 十分ですよ、十分!

「おいおい、そんだけか? もう無えのか、もう終わりか? 言い淀んでんでるし、無理やり絞り出してる感半端ないな!」


「ちょ、煽らないで、恥ずかしがってるだけだから! 美鈴は恥ずかしがり屋なんだよ、そう言う所も大好きなところ!」


「お前だけ愛の重さが違うよな? やっぱりストーカーなんじゃね、お前?」


「だから違う! 俺は本当に美鈴の事大好きで、美鈴を……」


「……あ、あとは、私の事を大好きって言ってくれるところ! 私の事をちゃんと見てくれて、私の事を大好きって言ってくれるところ。美鈴のここが好きって、美鈴の事を愛してるって……美鈴の全部を見てくれて、本当の美鈴を大好きって言ってくれるところ……美鈴を大好きって言ってくれる所が、ゆずの大好きなところです……大好きだよ、ゆず」

 俺たちの言い争いを中断するように、もぞもぞと恥ずかしそうに俯いたお姉さんが、小さく消えるような甘い声でそう呟く。


「え、大好き、美鈴大好き! 俺も美鈴が大好き、美鈴の事大好き!!!」

 ……何も考えずに自然に、口からそんな言葉が洩れていた。


 え、可愛すぎでしょ、お姉さん可愛すぎるでしょ、それ!

 そんな恥ずかしそうな表情で、そんなふわふわ甘くて幸せそうな声で、本気っぽく大好きっていっぱい言われたら……本当に大好きになっちゃいますよ、俺!


 お姉さんが美鈴じゃないのは知ってるし、嘘で、演技で言ってるのはわかってるけど……わかってるけど、こんなの惚れちゃいますってお姉さん!

 本気で大好きになっちゃいますよ、お姉さん!


「あうっ、そんな熱く、もっと好きに……うん、私も! 私も……美鈴もゆずの事、大好き。ゆずの事、大好きだよ……だからもっと、大好きって言って欲しいな。美鈴の事、大好きって言って欲しい」


「う、うん、み、美鈴大好き。俺も大好きだよ、美鈴……ごめんなさい」


「ふふっ、なんで謝るの、ゆず? 私、ゆずに大好きって言ってもらえてうれしいよ……えへへ、私もゆずの事、大好き。大好き大好き、ゆずの事大好き」


「……ふぇぇ」

 ……演技とは言え、もう我慢できなくなるって!

 こんなキレイな人に名前呼ばれながら大好きって言われて、見つめ合いながら真剣で、でも甘えた恥ずかしそうな表情で言われ続けて……しんどいくらいに心臓がどきどきしてる。名前も知らないのに、お姉さんに本気で恋しちゃいそう。

 こんな本気っぽくて、マジの恋人みたいな演技されたらダメです、嘘なのに本当にしたくなります……出来ないのわかってるけど!


「ふふっ、ゆず大好き……大好きだよ、ゆず」


「はぅぅ……俺も、大好きだよ、美鈴……ふぇぇ……」


「ふふふっ、ゆず……好き、大好き……ふふふふっ……えへへ」


「おーおー、ラブラブだな! 本当にラブラブカップルだったんだな、お前たちは! ええこっちゃええこっちゃ! 若いカップルが出来るのは良いことだな、本当に! ラブラブなカップル、こっちまで微笑ましくなるぜ、祝福だな!!!」

 ……そしてこの男は何なんだろう?


 お互いの好きなとこ言わしたり、それ聞いて喜んだり……え、何こいつ? 情緒どうなってんの、さっきまでお姉さんは俺の女、とか最低な事言ってたよね?

 何がどうなってんだ、マジで? もしかしてカプ中……いや、それは意味が違うか。


「ふへへ、ゆず、大好き……もっとゆずの事知りたい、もっと大好きなりたい……えへへ、ゆず、ゆず……ゆず、大好き……」


「ふ、ふぇぇ……平常心平常心……」

 と、とにかく演技だとわかっている俺でもドギマギして心臓の鼓動が抑えられなくなるくらいの迫真の恋人の大好き演技をしてくれたお姉さんのおかげで、この場は何とかなりそうだ! 

 すっごいドキドキして、本当に好きになっちゃいそうだけど取りあえずこの場は……


「まあ、そんなカップルから女を奪うのが俺は好きなんだけどな! そう言う幸せそうなカップルを絶望に叩き落すのが大好きなんだけどな!!!」


「……は?」


「そう言う浮かれカップルの男壊して、無理やり女とするのが好きなんだよな! そう言うプレイが一番興奮するんだよな!!!」


「……ひえっ」

 ……前言撤回! こいつはやばい!!!



 ★★★

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