第9話


 訓練所の片づけをメイドたちに任せて、カイルたちは家の中へと戻る。


 カイルは少し離れたソファに一人腰掛けながらジュースを飲んでいる。

 他の面々の前には温かい紅茶が出されているが、カイルの実力を目の当たりにしたミルナはそれどころではなかった。


「──デミオ、クレア……改めて聞かせてくれ、あの子は、カイルは一体何者なんだ?」

 硬い表情のミルナはカイルを横目にデミオとクレアを見ながら問いかけた。


 デミオとクレアは一度お互いを見合う。

 もし真実を言うならば、カイルはデミオの兄夫婦の子どもである。


「愛しい、とても大切な私たちの子どもだ」

「そうですわ」

 しかし彼らは優しい笑みを浮かべながらこう断言する。


 笑顔だが、そこには有無を言わせない断固とした決意がこもっていた。


 黙ったままじっと見つめあう三人だが、ミルナは二人の目を見て、その言葉を曲げるつもりがないことを感じ取り、諦めたように小さくため息をこぼす。


 そして、カイルのことを見るデミオとクレアの優しい眼差しを見て、これ以上聞くのは野暮だと彼女は判断した。


「わかった。それに関してはもう聞かない。変なことを聞いてすまなかった」

 申し訳なさそうにミルナが頭を下げるが、デミオたちは機嫌よく惚気んばかりに笑うだけだった。


「いやいいんだ。うちの息子は天才といっても差支えがないからな」

「えぇ、そうですね。色々聞きたくなってしまうほどに才能に溢れていて、それだけでなく努力も惜しまない子ですから当然です!」

 先ほどまでの真剣さはどこへやら、今度は親バカまっしぐらな様子を見せてくる。


「あ、あはは、子どもがいると変わるものだな……」

 乾いた笑いを漏らすミルナだったが、ずっと子供に恵まれなかった二人がそんな笑顔でカイルの話をしているのを見て心温まる気持ちもあった。


 そして、一度紅茶を飲んで気持ちを切り替える。


「こほん──それでだが、カイルのことだ。あれだけの才能があるのならば王立魔法学院にいれる気はないか?」


 王立魔法学院とは、王都にある国が運営母体になっている魔法の指導を行う最高峰の学院だ。

 国中から魔法を学びたいという貴族を中心とした子供たちを集め、十二歳から入学して三年間で卒業となる。

 国内最高峰ということもあり、たくさんの才能が集まる場所だと言われている。

 

 更に学びたい者は、様々な専門学科で三年間学ぶこともできる。

 そんな学院生活で得た実績をもとに、様々な場所へと就職する。


 それこそ、国お抱えの魔法使いであったり、強力な騎士団であったり、学院で講師の仕事をする者などもいる。


「──魔法学院!?」

 ミルナから出たその名前にカイルが驚きながらもキラキラと目を輝かせる。


 この世界に来てから、独学で魔法を学んできた彼はちゃんとした学校で学ぶ機会を得られるという話に興味津々だった。


「あそこは魔法を学ぶ場所であり、力を見せる場所であり、友を作る場所であり、政治的な力も得られる場所だ」

 魔法学院に食いついたカイルをふっと笑いながらミルナはそう答える。


 今のカイルは一介の商人の息子である。

 それだけでは、いつか権力に屈さなければならない場面も出てくる。


 だが、学院で様々なつながりを持つことで、それに打ち勝つこともできる、とミルナは暗に語っていた。


「っ……行きたいです!」


 魔法を学びたい、友達が欲しい、みんなの魔法が見たい。

 多くの気持ちが彼の胸に一気に去来して、こみあげる気持ちそのままに言うカイル。


「──ということだが?」

 もちろん本人の意志だけで決定できるものではないので、ミルナは親たちの反応を窺う。


「もちろんだ! いくらかかっても構わない、私たちはカイルが望む道を歩ませてやるぞ!」

「えぇ、そのとおりです。カイルならきっと学院でもみんなの注目の的になりますわ!」

 親バカの二人が反対する理由は一つもなく、二つ返事でカイルの背中を押してくれる。


「よし、ならばあとは学院に入るまでの指導者を見つけておかないとだな。貴族は小さい頃から家庭教師を雇っているが……」

 盛り上がる三人を見ながらそう続けたミルナは説明の途中だったが、強い視線を感じて言葉を止めた。


「あ、あの!! 僕はミルナさんに教えてもらいたいですッ!」

 懇願するように目をキラキラと輝かせ、食い入るようにカイルは会話に割り込む。


 これまで彼はミルナが書いた本を魔法の教科書にしてきた。

 できることなら著者に教えてもらうのが一番だと、そして憧れの人に教えてもらいたいという気持ちを持っている。


 ミルナからの返事をうずうずした様子で待つカイルの言葉を考えて、彼女は少し考え込む。


(……たしかに、これだけの実力があるならば、普通の者では手に余るかもしれないな)

「……わかった。私自ら教えるとなると、友人の子といえども厳しくいくぞ!」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 あこがれの著書本人に指導してもらえるうえに魔法学院に通えることになったカイルは期待に胸を膨らませて力強く返事した。


 こうしてカイルはミルナに弟子入りすることになった。


 だがこれまで彼女はとある事情があって旅をしてきた。

 よって期限は数か月だという。

 長くとどまらずにまた旅に出るため、ずっとは面倒を見られないというものを条件として提示したが、それをカイルは承知する。


―――――――――――――――――――――――


【あとがき】

原作の漫画は隔週『火曜日』に【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。


詳細は下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330650935748777


※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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