第8話


「そうだぞ、うちの息子は魔法の天才なんだ」

「そうなんです! すごい魔法がたくさん使えるんですよ!」

 我先にと夫妻がカイルのことを褒めちぎるのを聞いて、ミルナは思わず苦笑してしまう。

 親バカここに極まれり、そんな言葉が頭に浮かんでいる。二人が愛情深い人だとは知っているため、身内の贔屓が入っているのだと思っているようだ。


「おいおい、信じてないな? よし、カイル見せてやりなさい」

「そうです、ミルナさんを驚かせてあげましょうね!」

 カイルを溺愛している夫婦はミルナのそんな態度に不満を覚えて、カイルをたきつけていく。


「はいはい、わかったわかった。それじゃあ、カイル君、私は防御に徹するから少し魔法を見せてもらってもいいかな?」

 魔法には自信のあるミルナは呆れたような眼差しで息を吐く。

 魔法を見せるというのは夫妻が勝手に言っていたため、念のためカイル本人に確認をとる。


「は、はいっ、お願いします!」

 あこがれの人に魔法を見てもらえるというまたとない機会を得たカイルはドキドキしながら訓練所の舞台の端へと移動する。


「それじゃあ、二人は下がっていてくれ」

「カイルー!がんばれ!!」

 カイルのことを応援する夫妻やそばにいたメイドたちを舞台から離れさせると、彼女は荷物を舞台下においてマントを脱ぎ、軽く準備運動をして右手を前にして構える。

 これは彼女が得意な風魔法の障壁を作るときによくするポーズだった。


「では、カイル君。好きなタイミングでなんでもいい、君の好きな魔法を使ってくるといいよ」

「……あ、あの、どれくらいの威力で撃てばいいのでしょうか?」

 いくら防御に徹するといっても、実力を見てもらうためにどの程度求められているかわからず、威力を調整したほうがいいのかと、カイルが確認する。


「──ふむ、こう見えて私は魔法には少々自信があってね。三属性の魔法が使えるんだ。それで防げない攻撃などそうないから君が一番得意な魔法を、全力で撃ってくれ。せっかくの縁だ、君がどれだけの力量を持っているのか私自ら測ろうじゃないか」

 どのくらい、と手加減を見せるカイルに挑発されたミルナは得意げにそう語る。


 旧友がすごいと褒める子ども。

 しかし、所詮は子どもであり、自分の本で学んだだけでどうこうなるとも思えない。

 だからこそ、すごいと言われる子どもの全力を見てミルナは将来性を計ろうとしていた。


「……っ! わかりました! 全力ですね!」

 これまでずっと全力で戦うことなどしてきたことのないカイルにとって、愛読書の著書で憧れの人が全力を見せてくれと言ってくれたことは全身を強く震わせるほどうれしいことだった。


 初めて会った魔法が得意だというエルフで珍しい三属性持ち。

 これまでずっと小さな魔法を試してきたカイルにとって、自分の全力がどれほどのものなのか知らなかった。

 彼自身すら未知の力を思う存分試せると会って、カイルは完全にスイッチが入っていた。


「それじゃあいきます!」

「──っ!?」

 一度深呼吸したカイルはぐっと体に力を籠め、魔力を一気に高めていく。

 その瞬間彼の身体を強力な魔力がオーラとなって覆い、想像以上の魔力量を感じ取ったミルナは驚きに目を見開く。


「地・水・火・風! 力を持って槍となせ!」

 手を上に伸ばしたカイルの右側に、土の槍、水の槍、火の槍、風の槍が創り出された。

 それぞれの魔力量は子どもとは思えないほどのもので、一つ食らっただけでも怪我では済まないレベルだ。


「……なにっ!?」

 自分の三属性すら珍しいというのに、まさかの四属性の魔法、しかも同時展開されていることにミルナは動揺している。


「氷・雷・光・闇! 力を持って槍となせ!」

 土と水、火、風の槍を維持したまま、カイルの左側には先ほどまでの属性槍と同じレベルの氷、雷、光、闇の槍が創り出された。


「は、はあっ……!?」

 四属性だけでも驚きだったのに、更に四属性の魔法が使われたことで、ミルナの驚きは頂点に達して、いつもの冷静さはどこかに消えて変な顔をしてしまっている。

 すぐに障壁を展開しなければ危ない状況だというのに、カイルの魔法に驚き固まっている。


「──八属性の槍よ、我が力を持って最強の矢となれ!」

 八属性の槍が一つにまとめ上げられ、強力な力をまとった光輝く大きな矢になり、それが見えない魔法の弓によってギリギリと引き絞られていく。


「お、おいおい、ちょ、ちょっと、それは……」

 魔法を扱う人間だからこそ、目の前に展開されている八属性の魔法のすごさや異常性に気づいているミルナの顔には玉のような汗が浮かび上がっている。


 まさか、今日初めて見た子供がこれほどの魔法を使われるとは思ってもみなかった。

 複数の属性の魔法を扱うことすら珍しいというのに、それを自在に操る上に子どもとは思えないほどの魔力量を持っている。


 ミルナが焦っている間にも、槍にはどんどん魔力が流れ込んでいき、みるみるうちにサイズが大きくなっている。

 八属性の槍をそれぞれ展開しているだけでも脅威だというのに、それがすべて合わせた技など天災そのものだ。


 だが、一方のカイルは深く腰を落としてミルナに狙いを定めて全力を放つことに集中していた。


「いけーっ!カイルー!」

「カイルー! 頑張ってー!」

 目の前に展開されている魔法の威力など親バカのデミオとクレアにとってはただのすごい魔法でしかなく、無邪気な様子でカイルの応援に回っており、愕然とするミルナの反応に全くと言っていいほど気づいていない。


(お、おい、あいつら止める気がないのか!)

 あまりに強力な魔法が放たれるという状況と、のんきな夫妻の声とのギャップにミルナは思わず突っ込みたくなるくらい焦った表情で、汗だくになっている。


「僕の今の全力、いきます──貫け、八槍の矢!」

 極限まで威力が高められた、八属性混合の大魔法が放たれる。

 ドンッ、と重たい音とともに放たれた八属性の力が込められた矢は真っすぐミルナへと向かており、既にカイルの制御下を離れている。


(風の魔法で防げる……わけがない! この魔力に、威力に乗せられた八属性全ての魔法をこんなパワーで撃たれたら敵わん……!!)

 どう考えてもいつもの風魔法で防げるビジョンがどう考えてもミルナの頭には浮かんでこない。


「(これはまずい……!)我が契約し風の精霊よ、我が呼びかけに……ええい、面倒くさい! シルフ、ウンディーネ、ノーム! さっさと出てきて、アレを防ぎなさいッ!」

 正式な詠唱をしていては間に合わないと判断した彼女は、決死の思いで精霊を呼び出していた。


 精霊の力は通常の人のソレよりも強力な魔力を持っており、彼女が契約しているのは三属性。これこそが彼女の切り札だった。

 普段ならばこんなふうに呼び出すことはない。それを惜しげもなくここで披露した理由──それは、命の危険を感じたからである。


『ウィンドウォール!』

『ウォーターベール!』

『ブロックロック!』

 ミルナの急な呼びかけに飛び出してきた風と水と土の精霊たちがすぐにそれぞれの防御魔法で障壁を展開する。

 風の障壁、水の膜、岩の壁。魔法で生成されたこれらが、カイルの魔法の前に立ちはだかる。


 強力な精霊による防御魔法三つに対して、強力な攻撃魔法八つ──この世界での矛盾がここに巻き起こっている。


 双方が衝突した瞬間、まるでなにかが爆発したかのような大きな音とともに、まばゆい光がはじける。

 少し遅れて顔を覆いたくなるほどの爆風が衝突地点を中心に広がって行った。


「くっ──み、見えないぞ、どうなったんだ!」

「カイル! ミルナさん!」

 離れた場所に待機していた夫妻ですら、風と砂ぼこりで目を開けられずにいる。

 視界がふさがれ、不安そうな二人が声を上げた。


「(……危なかった……何とか三精霊の直接召喚でギリギリ相殺できたが──この魔法力は何だ……!?)

 あまりの暴風に吹き飛んだ帽子を拾いながらミルナは魔法の痕跡が残る地面を見てゾッとした。


「──魔力の矢」

 その瞬間、カイルの声が一つ紡がれる。聞こえたのは、ミルナだけである。


「何……!?」

 そして、それが魔法の名前だと気づいた時には、属性を持たない魔力の矢がかわいいポンっという音を鳴らして彼女の額に貼りついていた。


「こんなものですかね。……ちょっと砂埃が酷いな、風凪」

 少したっても砂煙が晴れないことに気づいたカイルが魔法を使うと、一陣の風が訓練所内に吹きつけ、次の瞬間にはまるで何事もなかったかのように凪いだ状態を作り出していた。


 先ほどまで起こった見たこともないほど強烈な魔法の衝突。

 本当に起きたことなのか、一瞬現実感がなくなるかのようにまっさらな状態に戻ったことで、カイルを除く面々はしばらく固まってしまうこととなった……。



―――――――――――――――――――――――


【あとがき】

原作の漫画は隔週『火曜日』に【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。


詳細は下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330650935748777


※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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