梅雨と失恋

雨宮羽音

梅雨と失恋

 5月、梅雨の始まり。

 天気は雨、雨、雨。


 空は毎日灰色で、太陽と顔合わせの出来ない日々が続いていた。

 しかし私が酷く落ち込んでいるのは、そんな陰鬱とした空模様が原因では無い。


 つい昨日の話。付き合って2ヶ月になる彼氏から、突然別れの言葉を告げられたのだ。


「ごめん。別れよう」


「何で!? どうして突然!?」


「君は気が強すぎるんだよね……正直振り回されっぱなしというか、付いていけないというか……」


「私達うまくいってたじゃない! 毎日一緒にお昼食べて、勉強会もして、デートだって楽しかったのに……」


「君はそう思ってたかもしれない。でもね、君が毎日作ってくれるお弁当、はっきりいって美味しくないんだ……」


 そんな、丹精込めて作っていたのに……。


「なのに飛び切り美味しいふりをしないとキレられるし、思わず吐いてしまった時は半殺しにされたし……ぶっちゃけ犬の餌の方がまだ食べられるよ……」


 それはあんまりじゃん。言い過ぎじゃん。


「勉強をしてる時もさ、僕が君より出来ないと、すっごいマウントとっていきり散らして来るし、なのに教えてくれる訳でも無いし……一人でやった方が捗るんだ」


 それはなんかゴメン。でも、高校生にもなって掛け算の九九が全部言えないのは、流石にどうかと思うの。


「決め手はこの前のデートかな。不良に絡まれた時、ビビってる僕を他所に君は全員やっつけちゃったよね……その時、なんなら僕までボコボコにした。おかげで僕は今、松葉杖を使ってる。骨折だってさ……」


 だからあの後足を引き摺って、顔を痙攣らせていたのか……。でも悪漢から助けてあげたんじゃん!


「とにかく、二人の関係は今日でお終いにしよう。もう僕には近付かないでほしい」


「そんなぁ……」



 その時のことを思い返したら、ますます気分が落ち込んできた。

 確かに私にもダメなところはあったのだろうけど、それにしたってあんまりだ。


 今まで誰かと付き合ったことは何度かあったけれど、ことごとく上手くいかなかった。

 もしかしたら、私には恋人を作る資格が無いのだろうか──そんな思いが、私の心に降る冷たい雨をより一層強くした。


 きっとこのところ続いている梅雨も、私の心から染み出した涙の様なものかもしれない。


 そんな考えに打ちひしがれている時だった。


「僕と付き合って下さい!」


 それは放課後の教室で、唐突に行われたドラマの様な告白だった。

 もちろん、相手は私では無い。


「キャー! カップル成立ね!」


 と、クラスの女子達が囃立てる。

 教室のなかは祝福ムードで満たされていた。

 それを死んだ魚の目で見ていた私の元へ、興奮した様子の友達が駆け寄ってくる。


「ほら、一緒にお祝いしてあげようよ! ……って、あっ……ゴメン、振られたばっかりだったんだ……」


 その言葉で、笑顔は一転。教室の全員が私を見て、気まずそうに表情を曇らせていた。


「本当、ゴメン。……大丈夫、すぐに良い人みつかるって……」


「う、う……」


 やめて──そんな哀れみの視線を向けないで──。


「うわぁぁぁぁぁぁん! みんな地獄に落ちればいいんだぁぁぁぁぁ!!」


 この世のカップル全てに不幸よあれ。

 そう強く念じながら、私は教室を飛び出していた。





 居た堪れず教室を飛び出した私の足は、自然とひと気の無い中庭へ向かっていた。


 中心に巨木が佇み、それを囲む寂れたベンチ。

 物悲しさを漂わせるベンチに腰掛けると、木の枝葉が雨から私を守ってくれる。


 だが、雨は私の中でも降っているのだ。すでに心はビシャビシャになって濡れている。

 そうして溜めきれず溢れた涙が、ポロリと頬を駆け降りて行く。


 耳に聞こえるのは地面を打つ滴の弾ける音。

 永遠に続きそうな静けさであったが、しかしそれは唐突に──。


「どうして泣いているんだい?」


 温かみのある声によって終わりを迎えた。


 私は声の主へと冷たい視線を向ける。


「…………誰ですか? 話しかけないで下さい」


 いつからそこにいたのか、ベンチの少し離れた所には男子生徒が座っていた。

 その独特の様相に、私は正直、嫌悪感を抱く。


 彼は長い黒髪を後ろで束ね、切れ長の瞳を少年の様にキラキラと輝かせている。制服の胸ポケットには何故だか赤い薔薇が生けられ、妙に格好を付けた整然とした佇まいが鼻についた。


 どこか学校に紛れ込んだホストをイメージさせる。胡散臭いことこの上ない。


 彼は私の威嚇する視線を気にも止めず話を続けた。


「雨が騒がしいと思って外に出てみれば、どうりで煩い訳だ。僕が耳に捉えたのは、君が悲しみで流した滴の零れる音だったのだから……」


 そのセリフ一つで理解できた。彼は関わらない方がいい人間だ。


「世界が僕に囁くのさ。女の子に似合うのは、飛び切りの笑顔だ……ってね」


 痛い痛い! この人と同じ空間に居たくない。同じ人類であることが恥ずかしく思えてくる。


「私、用事があるので」


 本当はそんなもの無かったが、早くこの場から逃げなくては。

 そう思い立ち上がった私だったが、彼が次に放った言葉で思わず足を引き留められてしまった。


「失恋……だね」


「えっ!? どうしてそれを……」


「分かるさ。だって僕と出会ってしまったら、誰だって恋に落ちる……でも、僕は全ての女の子の味方でなくてはならない。ゴメンね、不本意ながらも君の恋心を裏切ってしまって」


「………………はぁ? 何言ってんのアン……」


 アンタ、と言いかけて、彼の襟に輝く校章が上級生のものである事に気がつく。


「……先輩、頭おかしいんじゃないですか? 私は先輩に惚れてないし。大体、初対面ですよね?」


「しかし僕はずっと独り身だ……ここらで一つ、お付き合いがどういったものなのか確かめてみるのも悪くない。君がどうしてもと言うなら……ね?」


「話聞いてんのかアンタ」


「照れてしまうのも無理は無い。僕の突然の掌返しに、動揺を隠せないだろうから。でも、ほら、素直になって──」


「はぁ……付き合ってらんない。彼女が欲しいなら他をあたって下さい。それじゃ、さ・よ・う・な・ら!!」


 私は一人になりたいのだ。

 強い口調で先輩の話をぶった斬り、私は中庭を後にした。





 残された男子生徒は、誰も見ていないというのに佇まいを崩すことは無かった。

 いつのまにか雨が降り止んだ曇り空を、物憂げな視線で仰ぐ。


「付き合ってらんない……とは、お付き合いしたく無いということだろうか……? 僕ほどの人間になると、ナンパも逆に難しくなるものだね……はぁ、彼女欲しい」


 思わず本音が漏れたようだったが、閑散とした中庭では誰に聞かれる心配も無い。


 しかし、彼はモヤモヤとした気持ちがあることに気が付き、長い髪を垂らして首を傾げた。


「ナンパは失敗してしまったが、しかしどうしてかあの子が気になる。やはり僕は女の子の涙に弱い性分の様だ……やれやれ、まったく手のかかる子猫ちゃんだな」


 そう言うとベンチから颯爽と立ち上がった。


 一人の女の子が心に降らせた雨を、どうにかその手で止ませるために。



───────



 とにかく一人になりたかった。


 家に帰ろうかとも思ったが、今教室に戻ればクラスメイトと鉢合わせして気まずい雰囲気になる。

 しかし校内はあちこちに人がいて、結果的に私は屋上へと逃げるはめになった。


 屋上の床は所々水溜りを作っていたが、幸いにも雨は止んでいた。

 それでも空はどんよりと曇っている。私の心と──おんなじだ。



 どれくらいそこで時間を潰していたただろう。

 ただただぼーっとしていた私は、この世の終わりを告げるかの様なチャイムの音で我に帰った。


(私なにしてるんだろう……もうみんな帰ったかな……私もそろそろ帰ろう……)


 そう思い立ち校舎への入り口に手をかけた瞬間だった。

 ドアノブを引いた私の背筋に悪寒が走る。


 扉が開かない。びくともしない。

 どうやら気付かないうちに鍵をかけられ、閉じ込められてしまった様だった。


 ガチャガチャ! ドンドン! ガチャガチャ!


 何度も繰り返し力を込めるが、扉は頑として私を通す気は無いらしい。


「……っ、だぁぁぁぁぁぁあ!」


 己の不幸に絶望し、思わず雄叫びをあげる。

 しかし事態はそれだけに留まらなかった。私の頬に一粒の水滴が当たったかと思えば、たちまち土砂降りのスコールに見舞われ屋上も私自身もびしょ濡れの大惨事になった。


「だぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」


 突然の豪雨。いや、梅雨の空模様としては当然予想が出来たはずだ。

 でもまさか屋上に一人閉じ込められるなんて思わないじゃないか。


 私は嘆き、その場に崩れ落ち、何度も床を拳の底で叩いた。この振動よ、誰かに伝われ。そしてどうか──助けに来て下さい。


「何よ、私が何かしたっていうの!? ひどいよ神様! 私にばかり貧乏くじ引かせて!」


 天に向かって悪態をつく。


 何もかもが最悪だと思った瞬間、耳にはピシャリと水溜りを叩く足音が聞こえた。


「そう悲観することは無いさ。貧乏くじを引いたのは君だけじゃないんだからね──」


「ギャーーーーッ!?」


 そばへ突然現れたのは先程の先輩だった。

 私は破れそうになる心臓を何とか抑え込み、刺す様な視線を先輩へと向ける。


「きゅ、急に現れないで下さいよ! なにやってるんですかこんな所で!」


「僕は悲しんでいる女の子のそばにいつでも現れるのさ」


 先輩は余裕ぶった態度で、ずぶ濡れの髪を払って靡かせる。


 彼は私の後を追いかけて来たのだろうか。もしかして危険なストーカーに目をつけられてしまったのかもしれない。

 しかしひとつ確かなのは、先輩も私と同じくこの危機的状況にいるということだった。


「いや、先輩も閉じ込められたんですよね?」


「可愛い顔に暗い表情なんて似合わない。それをどうにかするために、僕がこの場に召喚されたのさ!」


「と、じ、こ、め、ら、れ、た、ん、で、す、よ、ねっ!?」


「…………だぁぁぁぁぁぁあ! 誰か扉を開けてくれ! こんなところでずぶ濡れじゃ風邪をひいてしまう!」


 ドンドン! ガチャガチャ!


 余裕のあった態度は一変。先輩は私とまったく同じ工程を踏んで扉を力一杯叩いていた。

 スカしたなり振りが崩れた先輩の素顔を垣間見た気がしたが、しかしそれもすぐに元のいけ好かないキメ顔に戻された。


「……でも、水が滴って、今僕は最高にイイ男になっているのでは!?」


「はぁぁぁぁ、あほくさ……」


「冗談を言ってる場合ではないな! 誰かぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇ!」


 先輩は屋上のフェンスに情けなくしがみつき、校門を通る人集りに向かって叫び声を上げた。


「──だめだ! この大雨で掻き消されて、全く気付いてもらえない! 君、携帯は持っていないのかい?」


「教室の鞄に入ってます」


「くっ、僕もだ! ……こうなったら念だ!念を送って気付いてもらうしかない!」


「……あの、先輩。アホが感染るんで、この線からこっちに来ないでくださいね!」


 私はとびきりの笑顔を作りながら指で目に見えない線を描くと、背を向けて屋上の反対側へと向かう。


 緑色をした網目模様のフェンスにしがみつき大きなため息。

 こうしていると投獄された囚人の様な気分にさせられる。


「どうしよう……ん? あれは……」


 打つ手なしと途方に暮れそうになった時だった。

 フェンスから覗いた眼下には小さな人影が一つ。

 校舎の裏門に佇むそれは、私を振った彼だった。


 傘でわかりずらかったが松葉杖をついている。確かに彼だ。


「おーい! 助け──」


 私は思わず声を上げようとして──しかしそのことばをすぐに飲み込んでしまった。


 彼のさす黒い傘に駆け寄っていく赤い傘。

 二つが合流すると、その間で繋がれた手が微かに見え隠れする。


 パシャリと水の弾ける音。


 私はスカートが汚れるのもお構いなしにその場に座り込んでいた。

 見たくないものを視界から遠ざけるために。


 屋上の外周を取り巻く低い塀が、外の世界と私を隔てて隔離してくれる。


「なによ……新しい彼女が出来たから、私はいらないってわけ……?」


 目頭が熱い。思いの外腹は立たなかった。

 それよりも、私を襲ったのは途方もない虚無感だった。


 閉じ込められたこの場所以外、もう外には私の居場所が無いような気すらしていた。





「もしかして、泣いてる?」


 気付けば先輩がそばに立っていた。


「雨ですよ……先輩、来ないで下さいって言いましたよね」


「アホが感染るから? でもさ、今の君には、アホになることも必要なんじゃないかな?」


 立ち上がれない私に代わって、先輩は裏門を眺めていた。

 そこに居る二人を見て、私が落ち込んでいる理由を察したのだろうか。


 もしかしたら彼は、私を元気付けようとしているのかもしれない。

 それなのに、私は──。


「意味わかんないです。やっぱり頭おかしいんじゃないですか先輩」


 そう、冷たく言い放った。

 優しくされても素直になれない。私を振った彼の言う通り、きっと私は気の強い女なんだろう。


 だが、先輩は私の態度を気にしている様子など微塵も見せなかった。


「幸いにもこんな大雨だ。助けを求める声も届かないくらい、音が掻き消されてしまう」


「……だから?」


「空に向かって大声で不満を叫んでも、全て雨が飲み込んでくれるだろう」


「なんですかそれ、そんなことして何になるっていうんですか」


「暗い気分が少しはスッキリするんじゃないかと思ってね」


「そんなんでどうにかなるほど、軽いモヤモヤじゃないんです」


「それは……やってみなければ分からないじゃないか」


「……あぁ、もうウザいなぁ、あっち行って下さいよ」


「……じゃあ、君がやらないと言うならしょうがない。代わりに僕が、僕の鬱憤を晴らすために叫ばせてもうらおうかな。でもその前に発声練習、アエイウエオアオ!」


「──っ、だーかーらー! あっち行けって言ってんじゃん!! 下らないことするなら一人でやってよ!! 私は今落ち込んでるの!! だってのに何なのあなたは、私をおちょくってるわけ!? いい加減にしなさいよ!!!!」


 思わず私は立ち上がり、先輩に詰め寄っていた。

 しかし腹立たしいことに、先輩はスカした笑顔を浮かべて満足そうにしたり顔を浮かべている。


「そうその調子だ。熱くなって大声出したら、少しはスッキリしたんじゃないか?」


「そんなわけ──」


 無い。と言ってやりたかったが、私は言葉を飲み込んだ。


 先輩に対する怒りが何かのスイッチを押したかの様に、私の中にたまっていた黒い感情を暴走させていた。

 もう、どうしようもなく、それを吐き出したくて堪らなくなっていた。


「さあ、ここから世界にぶちまけてやれ! きっと楽になるに違いない!」


「───────っ!?」


 渦巻く憤りをもう抑えられそうになかった。


 私はフェンスの外に向き直ると、曇天の空、降りしきる雨粒の大群に向かって叫びを上げた。


「気が強いのが無理ってなんだよ弱虫ぃ!! こんのいくじなしぃぃぃぃっ!!」


「いいぞ! そら全部言ってやれ!」


「あんたなんかより良い男、腐るほど居るわぁぁぁぁ!!」


「こんなにイケメンなのにどうしてもてないんだぁぁぁぁ!!」


「すぐ新しい女作ってんじゃねーよ! なんで私が振られなきゃいけないんだよバカヤロォォォォーッ!!」


「チクショォォォォ、彼女ほしいいいい!!」


「何で先輩も叫んでるんだよぉぉぉぉ!! 邪魔しないで下さぁぁぁぁい!!」


「なんだって? 全然聞こえないぞ! もっと腹から声出せぇぇぇぇ!!」


「鬱陶しいっていってんですよぉぉぉぉ!!」



 私達の声の張り合いは数十往復を繰り返し、次第にエスカレートしていった。


 いつのまにか雨は止んでいる。まるで私達の熱量に負けたかの様に。


「「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……」」


 しかしそれも長くは続かず、ついには二人で同じリズムを刻んで肩を上下させることとなった。


「…………どうだい? スッキリしただろう?」


「た、確かに……なんかもう、全部どうでもいい気がしてきました……」


「そうだろうそうだろう」


 先輩は満足げにウンウンと頷いて、それからパンッと手を叩いた。


「これで君の心を取り巻く暗雲は払われたんだ。今なら新しい恋をはじめられるんじゃないかい?」


「はあ? 何それどういう意味ですか?」


「すなわち、今ならニュートラルな心で僕の魅力にメロメロになってしまうはずさ!」


 私は声色からそれが冗談と分かりつつも、しかしイタズラ心から冷たくあしらってやろうと思い先輩を見る。


「馬鹿言わないで下さい。そんなことは絶対にありえな──」


 言い切ろうとして私は思わず言葉を失った。


 先輩の背後で曇り空は割れ、夕陽が映える五月晴れがのぞいていた。

 その雲間からまるで後光が差しているかの様に赤く暖かい光が差し込み、先輩の姿は妙に輝いてみえる。


 そして理由など無いであろう彼のしたり顔が、何故だか眩しく見えてしまって──。


「ん? どうしたんだい?」


「──っ!?」


 私は思わず顔を逸らしてしまった。


(ありえない、ありえない! こんなヘンテコな先輩がかっこいいだなんて、死んでもありえない……!!)


 先輩は私の焦りに気づいていない様子で、整然とした立ち振る舞いでフェンスの外を覗き込んでいた。


「……おや、あれは先生じゃないか? 雨も上がった事だし、今なら声が届くかもしれない」


「そ、そそっ、そうですね!」


「待っていたまえ、僕の美声で先生を振り向かせ、必ず助けを呼んで見せよう! おおおおい、せんせええええっ!!」


 そうして何度か繰り返される迫真のSOSを聴いているうちに、私は何だか可笑しくなってきて、思わず高らかな笑い声をあげてしまった。


 先輩は不服そうに私を見つめて問う。


「僕の叫びはそんなに滑稽かなぁ?」


「いえ、違うんです。私気づいちゃって……二人で一緒に叫んだ方が、声も大きくなるんじゃないかなって……」


 その言葉を聞いて、先輩は目を見開き驚いた顔を見せた。


 私は何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと不安になる。

 しかし、私と視線を交わした先輩が甘い笑顔ではにかんだことで、そんな思いは跡形もなく払拭された。


 そして私と先輩は二人並んで屋上のフェンスにしがみ付き、これでもかと大きく息を吸い込んだのだ。


「「せーの! おおおおい、せんせぇぇぇぇ!!」」



 私の心に、もう雨は降っていなかった。


 思考を曇らせ、感情をカビさせる様な陰鬱な梅雨は、きっと彼のおかげで明けたのだ。





梅雨と失恋・完

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