第29話 私の世界は私中心に回ってる

「ウィザード」に行った日の夜、私はそこで買った4つのアクアマリンのうち、2つを使ってブレスレットを一つ作った。

手持ちのどの子(石)とアクアマリンを組み合わせようかな・・。

石を使ってアクセサリーを作ることは純粋に好き。

そしてどの子とどの子をこういう風に組み合わせようかなと考えるひとときも、私は大好きだ。

とにかくこれはまリア充にプレゼントするブレスレットだから、まリア充に相応しい子(石)がいい。


そう思いながら私の目に留まったのは、スモーキークォーツだった。

スモーキークォーツの和名は「煙水晶」。その名の通り水晶の一種だ。

カラーはライトなイエローブラウンからダークなブラックまであるけど、今私が持っているのはダークなブラックのみだ。けど水色のアクアマリンと合うよね。


スモーキークォーツには、癒しや浄化の効用がある。

だから感情を整理したいときにスモーキークォーツの力を借りるといい。きっと助けになるはずだ。

ちなみにアクアマリンも、スモーキークォーツと同じような効用があるから、どちらも今のまリア充には、まさに必要な石だと言えるだろう。


出来上がったブレスレットを目の前に掲げた私は、満足気に一つ、頷いた。


それから私は、スモーキークォーツとアクアマリンの効用を、10センチくらいの正方形の白くて硬い紙に黒のサインペンで書くと、それを背にして透明のラッピング袋にブレスレットを入れてから、和紙テープで留めた。

あとは明日、まリア充が学園に来たらこの子を渡すだけ。

まリア充、今週はずっと休んでるけど・・明日は来るかな。

今まリア充にメッセージを送っておこうと思った私はスマホを手にして・・結局止めておいた。

「明日絶対学園に来て」と余計なプレッシャーをかけてしまうような気がしたから。

こういうことは他人が強要することじゃなくて、本人の意思に任せるしかない。

もし明日、まリア充が学園に来なかったら、来るまで私が預かっておけばいいだけの話だ。これで解決。

残り2つのアクアマリンを使った私用のブレスレットは土曜に作ろう。

週末の楽しみが一つ増えた。



翌日の金曜日。

朝から学園に来たまリア充のところへ、クラスのほぼ全員が集まっていた。


「おかえり、まリア充」

「やぁだ雅希ったら。“おはよう”でしょー?でも・・ありがと」


涙声でそう言ったまリア充に、私は微笑みながらうなずいた。


「みんなおまえが来るのを待ってたんだぜ」

「みんな、ただいま!待たせてごめん!」

「思ったより元気そうで安心したよぅ」

「うん・・・。まだ完全には立ち直ってないけどさ、なんかずーっと家に閉じ込もってるのにもいい加減飽きちゃって。いつまでも悲劇のヒロインぶっててもしょーがないしね」

「てかそりゃ全っ然まりあらしくねえキャラ設定だろ」

「じゃあ白虎が思う“安倍ちゃんらしい”キャラ設定って何」

「やっぱカレシを振り回すキャラのほうが、断然まりあらしくね?」

「なるほど」「分かったようで分からんような・・」

「それも恋愛こじれそうだけど」「白虎らしい分析じゃね?」

「ま、安倍ちゃんが学園を休み続けても、安倍ちゃん自身には何のメリットもないしね」

「確かに。勉強に遅れを取るし、下手すれば出席日数足りなくなるし」

「まりあちゃん、そんなにたくさん休むつもりだったの!?」

「まぁ、最初の2日くらいは“誰にも会いたくない”とか“何にもする気にならない”って状態だったけど、やっぱ2日が限度だね。私まだ16だし、ここで自分の人生を、こんな風に自分で終わらせていいわけないって。そう言った意味では、さっき白虎が言ったキャラ設定って案外合ってると思うんだ。引きこもってた間の私はカレシに振り回されてたから、悲劇のヒロインぶってる私に“酔いしれてた”わけだし。大体私はそういうキャラじゃないもんね。自分で自分に“こんな姿の私を見たら、雄馬くんじゃなくてもドン引きするわ”って何回もツッコミ入れちゃった」

「よく言った、まリア充!」

「今のまりあちゃんは、イイオンナ度が格段にアップしてるよ!」

「人生の荒波を乗り越えた感じだね」


みんながいろいろ言い合ってる間に、私は「まリア充にこれあげる」と言って、例のブレスレットを渡した。


「わぁ、キレイなブレスレット。これ雅希の手作り?」

「うん」

「まーは石が好きなんだ」

「あ。忍が来た」

「安倍ちゃんおっす」と言いながら手を挙げて挨拶する忍も、綿貫さんの事情を私と同じくらいに知ってるけど、そういう表情は私同様、全然出してないし、5日ぶりに会ったまリア充には昨日も一昨日も会ったような態度を取ってる。


「私がもらってもいいの?」

「もちろん。今のまリア充に必要な石だと思うから、常に身につけなくてもいいけど、なるべく身近に置いててあげて」

「了解。お守りみたいに使わせてもらうね。ありがとう、雅希」

「雅希って、天然石を使ったアクセサリー作ってるんだ」

「趣味でときどき」

「うわぁ、すっごくキレイだね~」

「これなんていう石?」

「水色のはアクアマリンで、黒っぽいのがスモーキークォーツ」

「どっちも透明感があってキラキラしてる」

「雅希さん、他にも石持ってるの?」

「うん」

「あ、クッキーが来た!」


よるちゃんの言葉を合図に、みんなが自分の席に戻り始めたとき、界人がやっと教室にやって来た。


「おはよっ!まさ・・あ。安倍ちゃん。おかえり!」

「“おはよう”、界人くん。まったく、雅希と同じこと言ってんだから。相変わらず仲良いんだね」

「うん」と言いながら照れてる界人に、「潔く認めた!」とか「やっぱカレシはこうでなくっちゃね!」とか、みんないろいろ言ってる(でも全部肯定的なコメントばかりだった)間に、担任の久喜くき先生――通称「クッキー」――が教室に来た。







「今日まリア充が学園に来たんだ」

「神谷雅希女史がおっしゃる“まリア充”とは、綿貫雄馬氏の(もしかしたら元)カノジョさんの、安倍まりあ女史のことですね?」

「うん。まリア充は今週になってずっと休んでたから。気にはなってたけどまわりがどうこう言ったり強要することじゃないし」

「そうだよね。私たちはただ、まりあちゃんの意思を尊重して見守ることしかできないもんね」

「ですが安倍まりあ女史は、再びいつでも”気軽に“戻って来れる場所があること、そして自分を受け入れてくれる仲間の存在という、大事な二つの要素があると気づいたのでしょう。だからこそ、今日再び学園に来たのだと思いますよ」

「そうだね。“まだ完全には立ち直ってない”って本人言ってたし、私もそう思うけど・・」

「時間が薬になるよ。それから雅希ちゃんがまりあちゃんにプレゼントしてた手作りのブレスレットも、きっとまりあちゃんの心の傷を癒す手助けをしてくれると思う」と言ってくれた真珠に私は頷いて「ありがとう」と言った。


「ねえきよみ女史」

「なんでしょう、神谷雅希女史」

「綿貫さん、やっぱり今日も学園には来てないんだよね」

「来ていません。綿貫雄馬氏の席は、まだ空いたままです。それからこれは綿貫雄馬氏の件と関係はないと思いますが」「何」「言って、きよみ女史っ」

「では・・。実は私のクラスの担任の近江智一氏が入院するとのことで」

「え・・・」

「おそらく明日の土曜から入院すると思うのですが、とにかく近江智一氏は来週からしばらくの間、学園を休むことになると、今朝のホームルームで発表されました」


2年特進クラス担任の近江先生といえば、私が「学園内で唯一薄く視える人」。

その近江先生が入院する?

「入院」と「薄く視える」ことは関係あるのかな・・・。


「近江先生は病気なの」

「どうでしょう。近江智一氏が具合を悪くしている様子は、今まで見たことがありません。しかし入院するということは、やはり病気、ということでしょう。少なくとも骨折等の怪我が理由で入院するのではありませんから」

「そう」

「なぜにまーは近江先生のことが気になる」

「別に・・・気にしてない」

「あ、そ」

「じゃあ近江先生が休んでる間は、誰が担任の代わりになるの?」

「副担任の八代美津子やしろみつこ女史です」

「そう」「やっぱり私の知らない先生だ・・」


「人が薄く視えること」と「入院」もしくは「病気」が関係してるのか、これ以上考えても分かんないから、そのことについて考えることを止めた私は、ひとまず目の前のこと――お弁当を食べること――に専念してる間に、やっと界人が来た。


「ただいま・・・」

「おかえり界人ちゃん」

「界人くんおつかれさま~」

「ごきげんよう、魁界人氏。本日も時間を要しましたね」

「今日は遠藤スミレ以外の女子からも告白されたの」

「いいや。雅希」

「なに」

「もし俺が女子につかまったときにおまえがそばにいるときはその・・できれば同席しててほしいなと・・・」

「“俺を置いて行かないで~!”ってやつ?」

「いやだってさ、俺が“カノジョいる”っていくら言っても相手は全然引かねえし!」

「ならばカノジョがいる眼前で断れば、効果は絶大ではないかと魁界人氏は考えたのですね?」

「うんまあ、そういうことだけど・・・やっぱいい。おまえは」「いいよ」

「・・・え。マジで?」


ちょっと驚いてる顔で私に確認する界人に、私は頷いて応えた。


「嫌じゃねえの?」

「良い気はしないと思う」

「だろ?だからいい。今の頼みは俺が間違ってた」

「私は界人が間違った頼みをしたとは思ってない。だから試しに一度やってみよ」

「その結果次第で、続行するか否かを決めてはどうかという提案ですね?神谷雅希女史」と言ったきよみ女史を肯定して、私は頷いた。


「でも私からは何も言わない。それでもいい?」

「うん。もし相手が言葉でも暴力でも、とにかくおまえを傷つけようとしたら、この計画は即中止するからな」

「分かった」

「はーいはいはいっ!」

「おっ?じゃあ忍くん!」

「なんで忍は手を挙げてるの」

「なんとなく生徒みたいに?まあいいじゃんか。界人も分かってくれてんだし」

「俺先生役だろ?」

「そゆこと。あと、まーが気分悪くなる可能性も考えといたほうが良いんじゃね?」

「そうだよな・・・やっぱ止めといたほうが良くね?」

「私がどうなるかはそのときにならないと分かんないでしょ」

「う~ん・・確かに」

「雅希ちゃんの言うことにも一理あるよね」

「それに界人がそばにいると私は気分悪くなりにくいから。たぶん大丈夫だと思う」

「そっか。じゃあ・・とにかく一度試してみるか」

「うん。やってみよ」

「おまえのことは俺が絶対護るからな」と言った界人に、私は「分かってる」と言おうとして・・止めた。


その代わりに私は「界人のことを信じてる」と言った。





この後教室に戻る途中で、もしかしたら近江先生に会えるかもしれない。

もしそのとき偶然、近江先生に会えたら・・・先生がまだ薄く視えるかどうかを確認できる。

でもそのためだけに、わざわざ近江先生に会いに行きたくない。

教室とは真逆の職員室の方向へ行かなきゃいけないし、その間に多くの生徒や先生に会うし。そのたびにエロい視線でジロジロ見られたり、邪念や嫉妬の気を受け取ってしまった結果、気分悪くなるかもしれない。

何より私は、わざわざ近江先生を探し出してまで、先生がまだ薄く視えるかどうかを確認したくないと思ってる。

その気持ちを私は優先させることにした。





結局、近江先生には一度も会えないまま今日の授業が終わった。

近江先生には当分の間会えないけど・・・まぁいいや。

もしかしたら近江先生に会ってない間に、薄く視える現象は止んでるかもしれないし。

万が一確認できたとしても、私にはどうすることもできない・・・「ちょっと神谷さん」。


遠藤スミレが私の目の前に立っていた。

忍は用があるから一緒じゃないし、界人は今日バイトがあるから真珠と一緒に帰ったし、真珠も今日はシャーデンでバイトをすると言ってた。

つまり今は私一人で、迎えが来てる場所へ行ってる途中だ(まだ学園内にいる)。

まさか遠藤スミレは私が一人でいるこのときを見計らってた?

・・・まぁどうでもいいけど。


腕力でも言葉でも、この女に負ける気しないから。


「私に何か用」

「魁くんと結婚するってホントなの」


なんで仲良くしてるわけでもない遠藤スミレが私のプライベートなことを聞くんだろ。めんどいな・・あ、でも今日の昼休みに界人はこの女につかまったんだよね。

だったら今ここで、界人と私の関係をハッキリさせといたほうがいい。

そう判断した私は、遠藤スミレに「うん」と答えた。


「・・・なんで」

「え、何」

「なんでいっつも神谷さんばっかり!」

「遠藤さんが言ってることの意味が分かんないんだけど」


遠藤スミレの感情が高ぶり、興奮して怒ってるのは分かる。

おそらく私に嫉妬もしてる。いつものことだから。

だけど遠藤スミレが激高すればするほど、逆に私は冷静でいられるから不思議だ。

気分が悪くなることもないし。

やっぱり相手が遠藤スミレ一人だけだから、なのかな・・。


「なんで神谷さんは私がほしいと思ってることを全部、易々と手に入れることができてるのよ!」

「遠藤さんがほしいと思ってることなんて私は知らないし分からない」

「だから・・神谷さんはいっつもそういう、“世界は自分を中心に回ってる”って態度を取ってるくせに」「ちょっと待って」

「な、なによっ」

「あなたは私とずっと一緒にいるわけじゃないのに、なんで私のことをなんでも知ってる風に、しかも決めつけて話すの。まずその前提がおかしいでしょ。それから遠藤さんの世界は遠藤さんを中心に回ってるように、私の世界が私中心に回ってるのは当然じゃない」


私はごく当たり前のことを言ったと思う。

けど遠藤スミレにとってはよほど衝撃的なことだったのか、まるで世紀の大発見をしたかのような驚きの顔で私を見ている。

文字どおり、遠藤スミレの口は開いたまま塞がってないし。


「私、何かおかしいこと言った?」

「う、ううんっ。あの・・・神谷さんみたいになるには私、どうすればいいの」

「・・・え」

「どうすれば私は神谷さんみたいになれるの?ねえ教えてよ、神谷さんっ」

「それが遠藤さんの望みなの」

「え?そう、だけど・・?」

「遠藤さんはさっきから“神谷さんみたいになりたい”って言ってるけど、私には“遠藤スミレを捨てて神谷雅希になりたい”って聞こえる。でもそれは違うでしょ。どう頑張っても他人にはなれないんだから」

「あ・・・」

「結局は“遠藤さん自身はどうしたいのか”じゃない?遠藤さんから見た私はなんか・・非の打ち所がない完璧な人みたいだけど、私にも悩みとか欠点はあるし、遠藤さんがほしいと思ってることを私が手に入れたいと思ってるとは限らないよ」

「・・・うん」

「誰かをうらやんだり憧れるのは勝手だけど自分を否定しちゃダメ。界人のことを好きになるのは自由だし仕方ないことだと思う。好きになった気持ちはすぐ止まらないし消えないから。だけど遠藤さんの気持ちを界人に押しつけたり強要しないで。恋愛って・・誰かを愛するってそういうことじゃないでしょ」

「わ、わたしっ、魁くんのことは好き、だけどカレシにしたいと思ったことは一度もないよ!私が本当に好きなのは・・・神谷さんだからっ!」

「・・・・・・え」


次に開いた口が塞がらなかったのは、私のほうだった。

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