味確認

そうざ

Confirmation of Taste

 患者の訴えはこうだ。

 甘い筈のケーキがしょっぱく、しょっぱい筈の塩辛が酸っぱく、酸っぱい筈の梅干しが苦く、苦い筈の苦瓜ゴーヤが甘く感じる――。

 つまり、味覚に異常を来たしている訳だが、味覚というものは極めて主観的な感覚だ。舌や脳に機能的な異常があれば外科手術の施しようもあるが、精密検査でも異常は認められない。原因は他にあると思われる。

 あり得べき仮説は、患者が『甘味』『塩味』『酸味』『苦味』の感覚を誤認識している可能性だ。人は他人の体験を正確に感知する事は出来ない。他人の認識は常に想像の範疇で処理された虚像でしかない。これは色の認識と似ている。或る人が見ている『赤』と自分が見ている『赤』とが全く同じ『赤』だとは誰も断言出来ない。同様に、自分にとっての『甘い』が他人にとっての『甘い』と同じかどうかは本質的に計測不能だ。私にとっては紛う事なき『甘いケーキ』も、患者にとっては正真正銘の『苦いケーキ』なのかも知れない。

 もう一つの仮説も成り立つ。言語認識能力の誤謬ごびゅうである。酸っぱく感じているにも拘わらず、彼の語意ではそれを『苦い』と表現している可能性だ。これは、多言語圏の人間との意思の疎通で生じるような単純な問題に過ぎない。

 一計を案じた私は、ケーキ、塩辛、梅干し、苦瓜ゴーヤをミキサーで攪拌し、患者に与えた。果たして彼は、想定内の感想を述べた。

「不味いです、おげ〜っ」

 正常である事が判明した。

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味確認 そうざ @so-za

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