写実あるいは心像の拍動

 鴉が空を歩いている。亀が甲羅を地面につけながら、走る猫を追い越した。白鳥は黒い羽を休ませながら、赤い湖で眠っている。

 少年はキャンバスの上に、その光景を実に丁寧に、繊細に、一つ一つの線さえ過不足なく、描き写していった。

 少年のキャンバスを覗いた老人が声をかける。

「君は何を描いているのかな?」

 少年はキャンバスと眼前の光景から目を逸らさぬまま、答える。

「目の前の光景をそのまま写し描いているんです。ほら、そこには人が死んでいるし、その横では心臓が泣いているでしょう。あそこでは猫が笑いながら大学生に講義をしているし、リンゴの木から落ちた果実が元通りに枝に戻っていきました。あ、また落ちて戻った…」

 少年は言葉にしたそれらを、忠実に描いていく。その筆には一つの迷いもなく、欠片ほどの破綻もない。

「…なるほど。写実、かね」

「そんな大層なものではありません。僕の絵なんて、ただの模写ですよ」

 少年はカラカラと爽やかに笑った。その笑みにも破綻はない。すると、突然少年は真っ黒な絵の具でキャンバスを塗りつぶし始めた。精巧に精巧を重ねた模写が、黒一面に塗りつぶされていく。それもまた、一端の隙間すらないほどに完璧に。

「おお、どうしたのかね?素晴らしい絵であったのに」

 老人は驚きながら尋ねた。

 少年はキャンバスに黒を塗りたくりながら、答える。


「いえ、全て真っ黒になってしまったので、それを模写しているだけです」


 老人が少年の足元に目をやると、そこには黒一面の絵画が数えきれないほど、置かれていた。

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