第41話 聖女召喚が招くもの

「逆って……?」


「聖女が危機を救ったのではなく……聖女が召喚されたから強力な魔獣が生まれて、危機が訪れたのではないですか?」


 リラは興奮気味に、分厚い本をバラバラと捲りだす。


「ほら、ここ!飢饉を救う為に聖女が呼ばれていますが、召喚後に魔獣が発生しています!」


「……たしかに、こっちもそうみたい。星2級の魔獣の大量発生で召喚されているけれど、その後に星4級が出現しているね」


「お姉さまの言う通り……どんな理由で呼ばれた聖女でも、最終的に災害級の魔物を討伐していることは間違いないようです」


 テディが難しい顔をしながら、こめかみに指を当てて考え込む。

 

「偶然にしては、タイミングが良すぎますよね。召喚した方は『聖女を呼んでおいて良かった!』『聖女バンザイ!』となるでしょうけど……」

 

「なんだそれ。召喚と共に魔獣が発生して、それを黒き聖女が討伐して……まるで自作自演じゃないか」


 呆れた顔で呟いたセレナの言葉に、ノアが軽く吹き出した。


「あはっ……別に、黒き聖女も召喚されたくてされた訳じゃないだろうけどね。──でも、何で聖女が来ると魔獣が生まれるんだろう?」


 リラは皆が話している間、顎に手を当ててじっと黙り込んでいた。やがて静かにノートを閉じると、スクッと立ち上がる。


「皆さん、ありがとうございました。ちょっと心当たりがあるので、一度家に帰ります。ご報告は後日……」


・・・・・


「……リラ!」


 邸宅に帰ろうと一人で王城の回廊を歩いている途中、ノアに呼び止められた。テディはルピナスに会うため、教皇庁へ寄るので別行動である。


「体調はどう?元気になった?」


「お、おかげさまで……」


 心配そうに顔を覗き込まれるが、リラは本で目の前をガードする。

 前回の、魔力補給からお姫様抱っこのフルコースの恥ずかしさもあるのに、見慣れないノアの騎士団服に心が落ち着かない。


 ──何故、こんなに動揺しているのかしら?ノアの騎士団服なんて、大人になってから何度も見てきたのに……。


「どうして顔を隠すの?やっぱり無理してるんじゃない?」


 顔の前の本をどかそうとするノアに対し、必死に力を込めて抵抗する……が、腕力の差であっさり本を奪われてしまった。


 リラは薄く涙の溜まった真っ赤な顔で、ノアと見つめ合う形になってしまう。


「あ……あの、恥ずかしかった、だけなので……。その……騎士団の服も、見慣れなくて緊張しちゃって……」


「ふ、ふーん……そう?それなら、良かったけど……」


 つられて赤面したノアも黙り込んでしまい、しばし沈黙が流れる。


「……似合ってる?これ」


 口を開いたノアが、服の裾を少し引っ張って見せた。

 ピタリと体に沿う黒い騎士団服は、成長したノアの体をより大人っぽく見せていた。


「似合ってる……と、思います」


 顔を逸らしてもごもごと口籠るリラを壁際に追い詰め、ノアが続ける。


「ね、ちゃんと見てよ。……かっこいい?」


「うっ、うう……。かっこいい、です……」


 ノアはパアァッと満面の笑みとなり、小走りで廊下の先まで駆けていき、クルリと振り返った。

 

 ああ、ひまわりの花のようだな……と、リラは思った。久しぶりに、ノアの幸せそうな笑顔を見た気がする。

 心臓がくすぐられるような、きゅっと締め付けられるような……そんな不思議な感覚を覚え、思わず胸を押さえる。


「あはっ!言わせちゃった。……でも、ありがとう。午後からの演習も頑張れそうだよ!リラも、絶対無理しちゃダメだからね〜!」


 気をつけて帰ってね!と手を振るノアに小さく手を振り返し、馬車の待つ城門へと急ぐ。


 ──どうしてしまったのかしら!何だか心臓がうるさいし、変なキュッ!という感覚もあるし……こんな大変な時に、病気だったらどうしましょう!?寝込んでいる暇はありませんのに……。


 コツン、コツン!という感覚に頭を押さえると、ハートの砂糖菓子が降ってきていた。


 ──もう!ダイヤさまったら……人が慌てるのを見て、楽しんでいらっしゃって!


 むむっと顔をしかめながら小瓶に「いいね!」を詰めていると、ハッと気がついた。


 ──もしかして、ノアも私の「推し」なのでは……?神も「推し」を見ていると、心臓がぎゅっとしたり、ドキドキしたりするって仰ってましたし!


 きっとそうです!と自分に信じ込ませ、リラは大きく頷いて駆け出した。


 そんな二人の様子を、窓からアレクが眺めていたのも知らずに……。


 ・・・・・


 馬車の元に来ると、ユーリが馬を撫でながら待っていた。リラに気が付くと、バツが悪そうに馬から離れる。


「リラ様、何かありましたか?顔が赤いですが……」


「え!?ええと、元気ですよ!ちょっと走ってきたので!」


 また体調不良を疑われて、邸宅に閉じ込められては大変!と、リラはにこやかに力こぶのポーズをとる。


「アメジスト家の方は……すぐその、マッスル?みたいなポーズをしますが、何か意味があるのですか?」


「ええ……?『元気!』や『まかせろ!』みたいな時に使える万能ポーズではないんですか?そう教えられてきましたが……」


「少なくとも、アメジスト家以外だとあまり見ませんね。……ああ、現騎士団長もよくやっていました。マシュー様の弟子の」


「では、お父さまから受け継がれているんですね……。一般的でないなら、王城の中などでしないように気をつけないと」


「リラ様、よくやっているので、気をつけた方が良いと思いますよ」


「ええ!?本当ですか?無意識でした……」


 ユーリにエスコートされ、馬車に乗り込む。御者台へ向かうユーリの口の端が、僅かに上がっているように見えた。


「今、笑っていました?」


「……笑っていません」


「いや、笑っていたでしょう!」


 ユーリは無言で、馬車を走らせ始める。

 馬車の中の小窓から御者台を覗き込むと、すでにいつもの真顔に戻っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 夕食後、リラとテディはパジャマ姿でサフランの執務室を訪れていた。コンコンとノックをすると、中から返事が聞こえる。


「あら、どうしました?仕事を片付けてしまいますから、少し待ってくださいね……」


 サフランは恐るべきスピードで書類にサインをし、紙の束を左右の山に分けている。隣には、緊張の面持ちで姿勢を正す騎士団員が控えていた。


「この件とこの件は良し、完璧です。しかしそちらは予算の見積もりが甘いので、見直してください」


 騎士団員はバッと頭を下げ、うやうやしく書類を受け取る。サフランは子供達の方を向き直り、にこやかに微笑んだ。


「さて、お待たせしました。どうしましたか?」


「あの、前回のジーフ山での討伐のことを詳しく聞きたくて……」


「ああ、構いませんよ」


 サフランがチラッと目線を送ると、ドア付近にいたマリーが頭を下げて退室した。


「討伐のことなら、優秀な騎士団員達がまとめてくれた報告書がありますから……」


 騎士団員が素早い動作で棚から冊子を取り出し、サフランに差し出す。サフランに褒められ、誇らしげを通り越して鼻高々といった様子だ。


「討伐の、どの部分が知りたいのですか?」


「魔獣がどんな様子だったか、お聞きしたいです」


「そうですね……。小さな魔獣から大型のものまで、実に様々でした。討伐後の報告会で結論付けられましたが……やはりあれは、普通の動物が魔獣に変化したものだったのでしょうね」


「やはり……」


 母の言葉に、リラはごくりと喉を鳴らした。

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