第31話 魔法杖に選ばれて

「アイ婆、ご無沙汰してます。お元気でいらっしゃいました?」


 サフランは、降りてきたお婆さんと軽いハグをする。


「歳をとったもので、あちこちガタはきていますがねえ……小さい子供たちと植物から、いつもパワーを貰っていますよ」


「ふふっ、それは何よりです。──こちら私の娘のライラックと、息子のセオドアです」


 紹介されたリラとテディが、揃ってお辞儀をした。

 アイ婆と呼ばれた女性は、皺の刻まれた顔を大きく緩める。


「まあまあ、可愛らしいわねえ!あなたが子どもを連れてくる日がくるなんて……。私はアイビー、この店の店主をさせてもらっていますよ」


 アイビーは曲がった腰を僅かにかがめてお辞儀をした。店を覆っていた斑入りのツタの葉のように、萌黄色の髪の毛に所々白が混じっている。


「あの……アイビーさん。このお店、どうなっているんですか?外は煉瓦造りの小さなお店なのに、中はこんなに広いし……。それにこの壁の木!まるでここに生えているみたい……」


 テディがキョロキョロと辺りを見渡しながら尋ねる。

 

「アイ婆と呼んでくださいな。……ここの木たちはねえ、みんな生きているんですよ」


 アイビーが壁の木に触れると、木肌からシュルシュルと枝葉が伸びて手に絡みついてくる。


「こらこら、落ち着いて──この木はねえ、今、マークシャの森に生えている木なんですよ」


「マークシャ?どういうことですか?」


「マークシャに実際に生えている木の一部が、ここに繋がっているの。私が頼み込んで、ちょっとだけこの店に来てもらったんですよ」


 店内の壁となっている木々は、国内で今実際に生えている木の一部らしい。理屈は不明だが、生きたまま一部分だけが同時にこの店内に存在しているという。

 木の存在を逆説的に使い、その分店が広くなっていると言うが、理論が全くわからない。


「アイ婆は草魔法の第一人者なんですよ。他の人には到底理解できない術式なので、何度聞いても理屈はわかりません」


「いいええ、ただ木や草たちと仲良くさせてもらっているだけですよ。──それで、杖が必要なのはお嬢さんの方かしらん?」


「はい、先日洗礼式を終えました!」


 リラが緊張の面持ちで姿勢を正すと、アイビーは「洗礼おめでとう」と言いながらリラの頭を優しく撫でた。


「じゃあねえ、試しに杖を握ってみてくれる?」


 アイビーは腰に吊るしてあった袋の中から、何本か杖を取り出す。袋の中には、さまざまな色と太さの杖が20本ほど詰め込まれていた。


 リラは差し出された杖を、ドキドキしながら握りしめた。杖の木肌が、サラサラと手肌の上を滑る。


「うん、太さはこれくらいで良さそうねえ。何でもいいから、魔力を少し込められるかしらん?難しければ、魔石を使ってもいいですよ」


「魔石は大丈夫です……では、水魔法を……」


 リラが静かに集中しながら魔力を込めると、杖先から噴水のように勢い良く水が噴き出した。持っている杖はグネグネとしなり、枝葉を出しながら長く伸びていく。

 

 天井まで届くかという水圧に、近くを飛んでいた妖精達がキィキィと声を出して驚き、あちこちで衝突事故が起こる。リラは慌てて魔力を注ぐのをやめ、しなる杖を両手で握りしめた。


「ご、ごめんなさい!!」


 リラは頭から足先までずぶ濡れとなり、床にも大きな水溜まりが出来ている。杖は二倍ほどの長さとなり、生えた枝の先から蕾まで芽吹き始めていた。

 

 妖精達が頭上に集まって、非難するように何か騒ぎ立てている。リラはあまりの申し訳なさに、小さな体をより小さく縮こめた。


「驚いた!まだ洗礼を終えたばかりなのに、ずいぶん魔力が強いのねえ!……おまけに、意志も強いこと!これは、相当丈夫な木じゃなければ駄目そうねえ……。床は、そのうち乾くから大丈夫ですよ」


 アイビーの言った通り、水溜まりはみるみるうちに床に吸い込まれて消えて行った。濡れていた部分の床材が、生き生きと艶を増している。

 サフランは「火魔法じゃなかったことが、不幸中の幸いです」と苦笑いしながら、風魔法でリラの全身を乾かし始める。

 

 アイビーは伸びた杖をリラから受け取り、真ん中辺りに銀色の小刀を近づけた。刃はバターを切るかのように柔らかに杖を断ち、半分が床にぽとりと落下する。

 

 拾い上げられた木の切断面は滑らかで、すでに磨き上げられたかのようだ。アイビーは同じ要領で小枝を落とすと、2本になった杖を腰の袋に仕舞った。


「……そうねえ、あなた達もそう思う?」


 アイビーは集まって来た妖精達と何やら話をしている。


「お嬢さん、冬生まれよね?」


「はい……二月生まれです」


「そうよねえ……大抵冬生まれの子は冬の木の方が相性がいいのだけど、お嬢さんは夏の木の方が合いそうだって、この子たちも言っているの」


 アイビーは壁の木々に手を触れさせながら、螺旋階段を登っていく。


「何か夏に、大怪我とか病気とか……生死を彷徨うような……生まれ変わるような体験をしたことがある?」


 その言葉に、リラの胸がドキリと跳ね上がる。

 

 今回のループの始まりは、6歳の7月だ。

 7月に今回の生が始まったのだから、生まれ変わったと言っても過言ではない。


 リラの表情に何かを察したのか、アイビーが満足げに頷く。


「じゃあお嬢さんは、夏の気に染まっているのねえ。夏の木々は……と」


 アイビーは螺旋階段を4分の1ほど登った所で立ち止まった。


「この辺りから、順に木を触っていってくれるかしらん?」


「わかりました……!」


 リラはアイビーに指差された木から、順番に木肌に触れていく。

 ゴツゴツとした質感の木、サラサラしたきめの細かい木、ポツポツとした模様のある木……。

 アイビーは歌うように、触れた木の説明をしていく。


「……その木はオリーブ、しなやかで風にも強いの。シルバーリーフが風に靡いて涼しげだわ。……その子はボダイジュ。白くて可愛らしい花が、こちらを向いて咲いてくれるの。それは……」


「あ……」


 リラの目の前には、所々まだら模様になった、白くすべらかな木があった。

 その木に触れた瞬間、とくんと波打つような震えが伝わってきた。

 

 なめらかな木肌に触れていると、指先が沈み込むように馴染んでいく。ずっと触れていたいような、頬ずりをしたいような……そんな愛しさまで感じる。


 その時、木肌から枝が伸びてきて、リラの手首に絡みついて来た。みるみるうちに小さな緑の葉がしげり、目の覚めるようなピンク色の小さな花々が、溢れるように咲き誇った。


「まあ、珍しい子に気に入られましたね!──その子は百日紅サルスベリ。なかなか気難しい子なんだけれど……堅くて丈夫だから、お嬢さんにぴったりだわ」


 手を引き抜こうとしてみたが、百日紅の枝が腕に絡んで離れない。アイビーはその様子を見て微笑んで、枝を愛しげに撫でながら囁いた。


「ふふっ、分かりましたとも。──この子が、お嬢さんの杖になりたいんですって。このサルスベリは……王城のお庭に咲いている子ですね」


「王城の……」


 リラの頭に、王城で鮮やかなピンク色の花を咲かせる大木の姿が思い出される。

 過去、夏の暑い日に、何度その木の下で涼んだか。真夏でもひんやりとしたその木肌に、リラは触れるのが好きだった。王妃教育に明け暮れた日も、窓から見えるその美しい色に、不思議と励まされたものだった。


「……この子で、いいかしらん?」


「もちろんです……!」


 リラはドキドキと高鳴る胸を抑えながら、興奮で顔を赤くして応えた。この子が、わたしの杖になるんだ……!


 サルスベリがリラの答えに喜ぶように、ポンポンと音を立てながら、ピンク色の花をわんさかと咲かせ続ける。


「お嬢さん、枝を手のひらでぎゅっと掴んで……優しくね」


 リラが頷いて枝を握ると、伸びていた枝がシュルシュルと縮んで、20センチほどの長さとなって手のひらにおさまった。


「わあ……!」


 枝は白くすべすべとしていて、硬いのに柔らかさを感じてしまうほど、しっくりと手に馴染む。


「仕上げをしますから、少し貸してちょうだいね」


 アイビーはリラから枝を預かると、出っ張りのある部分を小刀で柔らかく削ぎ落とす。刃が触れた部分から凹凸が溶けていくような、不思議な手捌きだ。


 続いて腰の袋から絹のハンカチのようなものを取り出し、枝を拭いて磨いていく。数往復しただけで、ヤスリをかけたようにツヤツヤとした艶が出てきた。


 指で触れて木肌の質感を確かめると、アイビーは杖を天に掲げた。すると部屋を飛び回っていた妖精達が集まって来て、杖の周りをくるくると回り始めた。


〜サルスベリよサルスベリ、この子の友となっとくれ♪

 寝ても覚めても死ぬ時も、この子の手足となっとくれ♪〜


 アイビーがそう歌うと、妖精達が金色に輝く粉を杖に振りかける。粉はキラキラと空中を漂い、杖の先端から吸い込まれていった。


 あまりに幻想的なその光景に一同が黙って見つめていると、アイビーが杖をリラの手のひらに握らせる。


「ほら、これで魔法杖となりましたよ。正真正銘、あなたの杖です。──振ってみなさいな」


 リラがおそるおそる杖に魔力を込めて振ると、霧状の水が美しく弧を描くように噴射された。ランプの光が、ミストの一粒一粒をキラキラと輝かせる。


 鞄から小箱を取り出したサフランは、中に入っていた銀の持ち手をリラに手渡した。杖の末端に持ち手を押しつけると、不思議とぴたりとはまり込む。


「……ありがとうございます、アイ婆さん!」


 リラは目を輝かせながらそう言うと、杖のピンクの魔石部分をぎゅっと握った。喜びのまま魔力を注ぎ込み杖を天に掲げると、ぶわりとサルスベリの花が空中に咲き乱れた。


 鮮やかなピンク色の小さな花々が、雪のように一同の頭や肩に降り積もる。


「まあまあ、素敵だこと!妖精達が喜ぶわあ」


 妖精達が歓喜の声をあげながら籠に花を拾い集めるのを、アイビーがニコニコと見つめる。

 サフランが「……やり過ぎですよ」と呟くと、リラは恥ずかしそうに花だらけの首をすくめた。

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