第28話 ぼくが生まれた場所

「あーー!やっと見つけました、お姉さま!」


 そう言ってリラの胸に飛び込んできたのは、弟のテディだった。リラが持っていたぬいぐるみごと抱きしめて、眉根にシワを寄せている。


「教会でフレッドとの話を終えたら、二人ともいないんですもん!」


 上目遣いで頬を膨らませる様子がなんとも可愛らしく、リラはゆるゆるに目元を綻ばせてテディの頭を撫でる。


「ごめんなさい、いつまでかかるか分からなかったものですから……」


「リラは僕と二人でデート中なの!なんたって今日は、僕の誕生日なので!」


 ノアは仁王立ちで精一杯怖い顔をした後、テディを剥がしにかかる。テディはべーっと舌を出し、抱き締める腕に力を入れた。


「ぼくだって、初めて参加する花祭りですもん!」


「テディは二年前まで、王都暮らしだったじゃないか!」


「その頃は常に魔力枯渇状態で体が弱かったし、貧乏だったから屋台で買い食いなんて出来なかったし……」


 ノアが何も言えず、ぐぬぬ……と唸っていると、テディが大きな目に涙を溜めてリラに訴えかける。


「……お姉さま、一緒に行っていいですよね?はじめての花祭りなんです……」


 小型犬のようなテディの甘え顔に、リラは弱い。今にもクウーンと聞こえて来そうな表情である。

 例えるなら、チワワ……いえ、トイプードルかしら……などと呑気に考えていると、ぐいと腕を引っ張られる。


「……お姉さま!」


「は、はい!……とにかく、今日は三人で回りましょう!ね、ノアもいいでしょう?」


「うーん、うーーん……仕方ないな。テディ、ひとつ貸しだからね!」


「やったあ!ありがとうございます!」


 テディは飛び上がって喜んだ後、もう一度リラにハグをする。


「……と、このくまちゃんはどうしたんですか?」


「ああ、これは射的の景品でもらったのですよ」


 改めてぬいぐるみを眺めると、神といつも一緒にいるテディベアのパンジーによく似ている。

 

 目ボタンで出来た茶色の大きい目は鼻に近く、童顔な印象だ。ふわふわの毛並みもパンジーと同じ薄紫色で、鼻の周りだけが淡いアイボリーになっている。

 違う点は首元のリボンの色だけで、シルクで出来た水色のリボンが結ばれている。


「とてもかわいいですが……ノア、ほしい?」


「大丈夫、リラにプレゼントしたかっただけなんだってば。色もふわふわ感も、リラの髪に似てるでしょう?」


「ふふっ、そう言われるともっと愛着が湧いてきました!名前は、ええと……ビオラにします!」


 そう言ってリラは、満面の笑みでビオラをぎゅっと抱きしめた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「──ということで、アレクさまは定期的に教会へ視察に行くことにするそうです。子供たちから、直接お話を聞きたいって。今日は改善策を練るために、もう王城に帰るって言ってました」


 テディは買ってもらったリンゴ飴で、舌を真っ赤にしながらそう話す。

 三人は並んで大通りを歩いているが、リラと手を繋いでいるのはテディだ(リラの片手はビオラでふさがっているため、2人のうちどちらが手を繋ぐかで一悶着あった)。


 引き取られた孤児達は、一応は整った暮らしを提供されていたらしい。清潔な服を着て、聖書で読み書きを勉強して、神事に関するお手伝いをして……。


 だが神の言った通り、「家」としての温かみは無かったそうだ。あくまで「商品」としての扱いで、神官達とは食事も別、寝床も別、必要以上の会話も無い。

 

 孤児達も、路地裏の生活とは比較出来ないほど良い暮らしに、文句は言えなかった。ただ、小さい子供は亡き親を想って、夜な夜な泣いていたという。

 

 年長者は養子縁組や就職のため教会を出て行ってしまい、幼い子供達だけでの生活では、お互いに精神的なフォローをすることは難しかった。時には大人からの、包み込むような愛が必要なのである。


「でもあの司祭も改心して、みんなを家族として改めて迎えると言っていました。フレッドを撫でる手が優しかったから、その気持ちに嘘はないかなってぼくは思います……。お姉さまのおかげですね!」


「それは何よりですが、あれは神さまがなさったことなので……」


「あ、そうだ!お母さまと相談して、みんなのうち何人かを、アメジスト領に引き取ることになったんです。正式に領地に来たら、お姉さまにも紹介しますね!」


「わあ!それは楽しみです、お願いしますね」


 かつての仲間達の様子を知って安心したのか、テディは晴れ晴れとした笑顔で祭りを楽しんでいた。自分ばかりが幸せに暮らしているのではないかと、気に病む所もあったのだろう。


 ・・・・・

 

 屋台の遊びを一通り楽しみ、広場で行われていた大道芸を見た後、ノアが「あ!」と声を上げた。


「前来たアップルパイのお店が、屋台を出してる!ほら、あの兄さまの好きな……」


「ああ!以前劇場に行った後に寄ったお店ですね。テディと出会った日です」


「ふふ、真面目すぎる兄さまにお土産で買っていこっと!今日ぐらい、お祭りを楽しんでもいいのにねえ……」


 そう言いながら、ノアは屋台へと駆けていった。噴水の淵に腰掛けて待っていると、テディが屋台の無い方向を見つめている。


「……テディ?どうかしましたか?」


「あ……えっと、あそこの通りをしばらく行くと、ぼくが昔暮らしていた家があるんです。それで……」


 足をぶらぶらさせて俯くテディの手に、リラは自分の手のひらを重ねた。


「……いってみますか?その、テディが良ければですが……」


 テディはリラの目を見て、無言でコクリと頷いた。


 ・・・・・


「こっちです!」


 ノアがアップルパイを買って戻ってきた後、三人はテディに先導され路地裏を歩いていた。テディは勝手知ったる様子で、細い道をぐんぐんと進んでいく。


「あ!……ここ、なんですが……」


「……何も、ないね……」


「そんな……!」


 テディが足を止めた先には、空き地が広がっていた。テディが住んでいたというアパートメントは跡形もなく、所々雑草の生えた地面に光だけが差し込んでいる。


「……建物は古かったし、あれから二年も経ちますもんね……。でも、来られただけでも良かったです!何となく、心残りで」


 そう言ってぎこちなく笑うテディの頬に、リラは手を添える。


「……では、テディのお父様とお母様に、こんなに立派に大きくなったよ!という姿をお見せしましょう!」


 リラは髪につけていたバレッタを取り外すと、テディの左手に握らせた。右の方の手には、自分の指を絡める。


「ええと……これは?」


「これ、ピンクのローズクォーツの部分が魔石になっているようなのです。わたしがテディの右手へ魔力を注ぎますから、魔法を使ってみてください──ここが、花でいっぱいになるように祈って」


 リラは優しく微笑むと、「大丈夫、テディなら出来ますよ」と囁き、しゃがみ込んで静かに目を閉じた。

 テディは困惑しながら、バレッタを空き地の地面に置く。その上に手を重ねながら、大きく深呼吸をした。


 その瞬間、空き地全体が白く輝き、瞬く間に白い花で埋め尽くされた。小さな可愛いマーガレットたちが地面に根を張って、生き生きと花を揺らしている。


「すごいです!マーガレットなので、テディとも相性が良かったのかもしれませんね……テディのお父様とお母様に、せめてお花だけでも手向けたいと思って」


 リラが微笑むと、テディは花を呆然と見つめている。


「あ……ぼく……ありがとう、ございます。父さんと母さんが死んだ時、何も出来なかったから……」


 テディの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「父さんも……母さんが生きてる時は、優しかったの。二人とも本当は……大好きだった……」


 わんわんと声を上げて泣くテディの肩を、ノアが優しく抱いた。リラもテディの腰に手を添えて、三人で揺れる花を眺めていた。


 ・・・・・


 テディが泣き止んだ後、ノアは地面に膝をついて祈りを捧げていた。リラは空に向かって手を上げ、空き地に小雨を降らしている。咲いたばかりの花に、水をあげているのだ。


「わっ」という声にリラが振り向くと、少し離れた所で眺めていたテディが、突然現れた男に口を塞がれ羽交い締めにされている。


「テディ!!」


 リラが血相を変えて駆け寄ろうとすると、グイと腕を引っ張られ、体が宙に浮かんだ。何が起こっているかわからない間に、両手に手錠のようなものをはめられる。


「ハッハァ!大掛かりな魔法を使っているから警戒しちまったが……何てことは無かったぜ、聖女様よお!」


 リラを拘束する男が、黄色い歯を見せながらニヤリと笑った。

 

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