第27話 小さな天使たちのデート

 ノアに手を引かれ走ると、あっという間に屋台の並ぶ大通りまで到着した。

 

 大通りは白を基調として装飾されながらも、色とりどりの屋台が華やかに彩っている。店員の呼び込む声や、食事をしながら楽しそうに話す人々の声でとても賑やかだ。


「ノ、ノア……!ちょっと、待ってください……」


 リラは立ち止まると、膝に手をついて大きく肩で息をしている。


「ごめん!リラは体力ないもんね……大丈夫?」


「だい……じょうぶ……。──やっぱり、ちょっと休んでもいいですか?」


 リラをベンチに座らせると、ノアは近くの屋台に向かった。小走りで戻ってきたノアの手には、飲み物の入ったグラスが二つ握られている。


「どうぞ!エルダーフラワーのサイダーだって」


「わあ……!ありがとうございます!」


 グラスには、わずかに黄味を帯びた透明なジュースが注がれている。小さな炭酸の泡が底の方から湧き上がり、太陽の光でキラキラと輝いていた。

 

 下の方には小さく刻まれたフルーツと、エルダーフラワーの小さな花弁が沈んでおり、上部には氷とミントが浮かんでいる。


「……うーん、まさに初夏! という感じの、爽やかなジュースですね!」


 ストローで一口飲んだ後、リラは感嘆の声を上げた。汗ばんだ喉を、よく冷えたサイダーが滑り落ちていく。

 シュワシュワと口の中を弾ける炭酸の強さにギュッと目を瞑ると、ノアが意地悪そうな笑顔で尋ねてきた。


「……リラ、炭酸飲めないの?」


「の、飲めますよ!その、ちょっと強いなと思っただけで……」


「それじゃあ、ストローでぐるぐるして炭酸を飛ばせばいいと思うよ。ほら……」


 ノアがストローをクルクルと回すと、たくさんの炭酸の泡が勢いよく弾けた。促されて一口飲むと、控えめな泡が口の中で心地良い。


「どう?飲みやすいでしょう?」


「はい……。こっちの方が美味しいです」


 少し恥ずかしそうにサイダーを啜るリラを、ノアは目を細めて満足気に見つめる。本当に愛しくて仕方がない……そういった表情だ。目線に耐えきれず、リラは黙ってサイダーを飲み続ける。


 ──どうしてノアは、そんなに幸せそうな目でわたしを見るんでしょうか……。


「リラは、どこか見たい所ある?僕はお腹が空いたから、何か食べたいなあ!」


「わたしも何か食べたいです!……でもその前に、髪を結びたいかも……」


 リラの髪は洗礼式の際にほどけ、ふわふわと大きく広がっている。紫と白のグラデーションが珍しく、そのまま歩けば目を引いてしまうだろう。……それ以前に、癖っ毛がコンプレックスなのもあるのだが。


「うーん、僕はその髪かわいいと思うけれど……。リラが気になるなら結ぶ?どこかに髪留め屋さんがあるかな……」


 サイダーのグラスを屋台に返却し、再び大通りを歩き出したが、いつの間にかまた手を握られている。

 

 咎める隙もなく、自然にこういったことをしてくるからずるいです……と考えていた所で、ノアがある出店の前で立ち止まった。


「小さい天使たち!髪留めを買ってくれるなら、髪を結おうか?サービスしておくよ!」


 恰幅の良い女性の店主が、人懐っこい笑顔で声をかけてくる。洗礼式を迎えた子供たちは、白い礼拝服を着た風貌とお祝いの意味を込めて、今日一日天使と呼ばれるのだ。

 

「わあ!じゃあお願いします、どれにしようかな……」


 出店には大小さまざまな髪飾りが並んでおり、中には宝石がはめ込まれたものもある。素材や宝石によって、値段もピンキリだ。

 リラが迷っていると、ノアが一つの商品を手に取った。

 

「ねえ、これなんてどう?リラに似合いそうだと思って」


 ノアが差し出したのは、繊細な細工が施された銀製のバレッタだった。ダイヤで出来た数個のマーガレットの花の周りに、淡いピンクの小花が散りばめられている。


「わあ!とってもかわいいです!……でも、ちょっとお高そうですね……?」


 店主に聞こえないよう小声で言いながら値札を見ると、子供のお小遣いではとても手が出せない値段だった。


「ああ、それはダイヤとローズクォーツを使ったバレッタでね。銀製だし、お嬢ちゃんたちにはちょっと早いかな……」


「大丈夫です、これ下さい!僕が払うので……これで足りますか?」


 ノアは懐に入れていた財布から銀貨を数枚取り出し、店主に手渡す。リラは驚いてノアの腕を引いた。


「え!?悪いですよ、こんなに良いもの……!」


「これね、僕が初めて討伐で魔物を倒した報酬金なの。お小遣いじゃなくて、僕が稼いだお金でリラにプレゼントがしたかったんだ」


 ノアが誇らしそうに微笑むのを見て、店主がひゃあと声を上げて飛び上がる。


「坊ちゃん、まだ小さいのにやるねえ! 気に入ったよ!……よおし、とびきり可愛く結ってやるから覚悟しな、お嬢ちゃん!」


 戸惑うリラを、店主は自分が腰掛けていた丸椅子に座らせた。ふわふわと広がる髪を手際良くいくつかの髪束に分け、編み込みながらまとめていく。


「仕上げにバレッタをつけて、と……ほい、出来た!」


「わあ、すっごく可愛いよ、リラ!」


 ものの数分で完成した髪型は、編み込みがカチューシャのように、ぐるりと頭を一周している。残りの髪は後ろの首元で複雑なシニヨンにまとめられ、結婚式の花嫁のような仕上がりだ。


「すごい……ありがとうございます……!」


「さあデートの続きをしておいで、かわいい天使たち!洗礼おめでとう!」


 笑顔で見送る店主に手を振り返し、二人は再び大通りの人混みの中に戻る。


「ねえノア、本当にいただいていいんですか?そんなに大事なお金で……。それに今日は、ノアの誕生日なのに」


「いいんだってば、ぼくがあげたかったの!……じゃあ、ほっぺにキスしてくれる?」


「もう!ノアったら……」


「じゃあ……今日だけ敬語禁止ね。リラ、何回言っても敬語に戻っちゃうんだもの」


「うっ……それは癖で……頑張ります」


「ほーら!また出てるよ!」


「うう……がんばる、ね……。──それから、ありがとう。ずっとずっと大切にするから」


 恥ずかしさで、うつむき気味に上目遣いで御礼を言うと、ノアは胸の辺りを押さえながらそっぽを向いてしまった。……何か気に障っただろうか?


「どうしたの?やっぱり敬語の方がいい?」


「ううん……ちょっと破壊力が強かっただけで、大丈夫。他の人にはいつも通り、敬語で話してね……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから二人は、様々な屋台を食べ歩いた。

 

 新鮮な野菜と分厚いベーコンが挟まったチーズ入りのパニーニに、フルーツがぎっしり入ったアイスキャンディ。出来立てアツアツのシーフード焼きに、つやつやと輝く真っ赤な果実飴……。


 大通りを歩く間にも、すれ違う人が「洗礼おめでとう!」と口々にお祝いの言葉を投げかけてくれる。

 お菓子や食べ物をサービスでくれる店主もおり、二人は満腹になって芝生の広場で一休みすることにした。


「ふう……さすがにおなかがいっぱい……」


「……あ!ねえ、あれやらない?面白そうだよ!」


 ノアが指差した先は、射的の屋台だった。小さなお菓子やぬいぐるみなどが棚に並んでいる。


「じゃあ、ここはわたしに払わせてね!……あの、二人分お願いします」


「はいよ、二人分ね!……おっと、天使達には悪いけど、魔法が使えないと参加できないんだ」


「ええと、二人とももう、魔力操作は出来るのですが……」


「そうかい?じゃあ大丈夫だ、小さいのにすごいね!……でも良い景品は、君らじゃ難しいかもなぁ。これに魔力を込めるんだけどね……」


 店主はそう言いながら、長い筒を二本差し出した。筒の持ち手には水色の宝石がはめ込まれており、先端にはガラス玉が仕込まれている。


「ふむふむ……風の魔石でガラス玉を飛ばす仕組みですね、面白い……。これを応用すれば、討伐に使えるやも……」


「ほら、リラ!魔石のことを考えるのは後にして、始めようよ!」


 ノアはすでに、景品に向かって筒を構えている。片目を閉じて手を伸ばし、真剣な表情だ。


 ポン!と音がして飛んだガラス玉は、大きなテディベアの上をわずかに掠って落ちた。


「おーっと、惜しい!なかなかやるね坊ちゃん!……あと二球だよ!」


「うーん、もうちょっと下に修正して……」


 ノアはブツブツ呟きながら、もう一度筒を構える。続いて放たれた玉は耳に当たったが、少しテディベアを揺らしただけだった。


 最後の一球はテディベアの顔の真ん中を直撃したが、後ろにずれるばかりで倒れない。


「おお、惜しかったね!倒れないと景品はあげられないんだ……残念!」


「ええー!おじさん、なんか重りとか入れてない?全然動かないんだけど!」


「ははっ、良い景品は難しいって言ったろ?──さあ、嬢ちゃんは何を狙う?」


「ええと……」


 リラは先ほどのテディベアをちらと見て、狙いを定める。深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、風の魔石にゆっくりと魔力を込める。


 目にも止まらぬ速さで放たれたガラス玉は、テディベアを大きく逸れて屋台の後ろから外へ飛び出していった。ガサガサガサ!と遠くの木々を揺らす騒々しい音が響く。


「……ちょ、ちょっとお嬢ちゃん、経験者……?」


「あら、出力を誤ると的に穴をあけてしまいそうですね……」


 焦る店主の声は集中するリラの耳に届かず、スウウ……と細く息が吐かれた後、二球目のガラス玉が放たれた。

 玉は危うく店主に当たりそうになり、棚に当たって砕け散った。


「ひいい!お嬢ちゃん、もう景品はあげるから、俺に当てないでおくれよ!」


「もう少し横に修正、威力を弱めて……」


 ポン!と小気味良い音を立てて飛び出した玉は、テディベアの胴体に当たり、ぐらりと傾いてゆっくりと倒れ落ちた。店主が震えながら景品を拾い、リラに差し出す。


「やったあ!ノア、当たりました……じゃなくて、当たったよ!──ね、これが欲しかったんでしょう?」


「ぼくが欲しかったんじゃなくて、当ててリラにプレゼントしたかったの!……もう、格好つけさせてよね!」


 テディベアを抱えるリラを見てノアが苦笑していると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「あーー!やっと見つけました、お姉さま!」

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