第二章 白き聖女の誕生 編

第21話 祝賀会

「それでは、いただきましょう。──全員無事の帰還を祝して!」

 

 乾杯の歓声が湧き上がり、コップの触れ合う音があちこちから聞こえてくる。

 

 アメジスト家の邸宅では、討伐成功の祝賀会が行われていた。

 テーブルには料理人が腕を奮ったご馳走が並んでおり、討伐隊の面々や使用人達が貴賤問わず食事をしている。立食パーティー形式のため、みな思い思いに話をしていてガヤガヤと騒がしい。


「改めて……お帰りなさい、お母さま」


 リラが泣き腫らした目をしてそう言うと、サフランは娘を見つめて穏やかに微笑んだ。

 

 先ほどは戦場帰りのため体中薄汚れ、結んだ髪もあちこち解けたボロボロの姿だったが、入浴を済ませたようでいつもの精霊のような姿に戻っていた。

 

 締め付けのない緩やかなドレスを着たサフランは、白い頬が湯上がりのため上気し、美しさに拍車がかかっている。


「ありがとうございます、リラ。──あなた達にもらった神聖力の魔石が、とても役に立ちました」


「本当ですか!?効果を試す時間もなかったので、心配でしたが……お役に立てたのなら良かったです!」


 母に褒められ、リラとテディは手を取ってきゃっきゃと喜ぶ。


「どのようにしたら使えるのか、私たちも試行錯誤しましたが……どうやら肌に触れている間、本人に『ヒール』をかける効果があるみたいですね」


 討伐隊の隊員が神聖力付与したダイヤを握っていると、小さな傷や打撲が自然に治ったという。即効性がある訳でなく、1時間ほどかけて傷が消えたそうだ。


 それを聞き他の隊員が試してみた所、ポケットに入れていた者や服の上から身につけていた者など、肌に直接触れていない場合は効果がなかった。


 小さいダイヤでは擦り傷や打撲程度、大きいダイヤでは骨折程度までなら治ったという。

 しかしヒールの効果は限定的で、傷が治ると輝きが消え、効果が無くなってしまった。


「では魔石と違い、付与した神聖力の分だけ使えるということですね。使い捨てなのが残念ですか……」


「そうですね。でも使用者の神聖力の有無を問わないようなので、誰でも使えましたよ!」


 魔石は永続的に使える、魔法属性変換器のようなものだ。使用者が込めた魔力が、その魔石の属性で出力される。

 例えばノアは赤髪のため火属性魔法しか使えないが、青い魔石を通せば水属性魔法が使えるようになるのだ。


 ただし属性変換の効果しかないため、使用者が込めた魔力と同量の魔法しか出力されない。魔力が少ない人は、魔石を使っても小さい魔法しか起こせないということだ。

 

 リラは「魔法を光だとすると……魔石は色の付いたレンズですね。レンズに光を通すことで違う色が出せますが、光の強さが変わるわけではありません」と、過去にテディへ説明していた。


 しかし神聖力を付与したダイヤは、使用者の神聖力の有無を問わず効果を発揮するらしい。リラが付与した分の神聖力が尽きるまで、所持者にヒールをかけてくれるようだ。


「では神聖力のダイヤは……お弁当のようなものですね!私が詰めたおかずの分だけ、いつでも好きな時に皆さんが食べて、元気になれるんですね!」


「ふふっ、リラの例えは面白いですね。分かりやすいですが」


 リラは少しだけ顔を赤くして俯いた。テディにも指摘されたことがあるが、自分の例えは少し変らしい。

 そんなリラの頭を撫でながら、サフランが話し始める。


「実は……討伐の途中、私の命が危ない時があったのですが……」


 母の言葉に、リラの心臓がドキリと跳ねる。

 やはり、死の運命は近くまで忍び寄っていたのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 討伐隊が山間部に向かうと、魔獣が大量発生していた。

 

 山に一歩足を踏み入れると、リスのような小型の魔獣から狼に似た大型魔獣まで、黒いオーラを放ちながら次々と向かってくる。

 討伐隊はリラの魔石を使いながら、なんとか応戦していた。


「かなりの数を討伐しているはずなのに……。なかなか減りませんね」


 麓の宿で討伐隊の幹部達とテーブルを囲みながら、サフランは呟いた。

 魔獣は基本突発発生のため、数匹倒せば終わるはずなのだが……。一同は、予想を遥かに超えた事態に黙り込んでいた。


「まるで山の動物全てが、悪い魔力にあてられて魔獣化しているような……」


 若手の一人が呟き、ハッとして口をつぐむ。

 

 巨大な魔力にあてられた野生動物が凶暴な魔獣になることは聞いたことがあるが、それは最悪の事態だ。

 魔力暴走の発生元を取り除かない限り、魔獣化は続いていく。


「とにかく、頂上へ進んでいくしかないんじゃないですか。魔獣は上から降りてくるようですし」


「そうですね……。あまりに酷いようなら、閉山も考えなくてはなりません。あくまでも、最悪の事態ですが……」


 ・・・・・

 

 野営を挟みつつ頂上へ向かうこと一週間、討伐隊は疲れ果てていた。

 

 倒しても倒しても、魔獣の数が減らない。

 それどころか普通の野生動物が見当たらないため、持参した干し肉が尽きてしまった。食べ物が木の実や非常食の硬いパンのみになると、隊全体の士気も下がっていく。


 山道は先の大地震で所々崩れ、足を取られて転ぶ者も出てきた。サフランは額から絶えず流れ落ちてくる汗を拭きながら、隊員たちに呼びかける。


「今日原因が分からなければ、一時撤退しましょう。とにかく、怪我をしないように……」


 その時だった。

 

 巨大な魔力を感じたサフランがハッと顔を上げると、遠くの崩れかけた岩肌に、大きな牡鹿が立っていた。

 牡鹿の体は艶々と黒く輝き、角は黒曜石のように光を放っている。鮮血のような赤い目がサフランを捉えた瞬間、一目散にこちらに向かってきた。


 あまりの迫力に動き出せない者もいる中、サフランは草魔法を発動させツタで鹿の足を捕らえる。しかし牡鹿は太いツタを引きちぎり、走るスピードを緩めない。

 

 他の隊員たちが次々と魔法を放つも当たらず、サフランが皆を庇って前に出た瞬間だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「──牡鹿が私に触れた瞬間、霧散しました」

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