特別編② アレクの日常

「はあ〜……ほんとにリラってかわいいよねえ……」


 頬杖をついて窓の外を眺めながら、ノアが言った。


 俺がいつものように自室で報告書を読んでいると、こいつが我が物顔で部屋に入ってきたのだ。

 そしてわざわざ椅子を窓際に寄せて、その上に座りながら物思いに耽っている。


「お前……あいつが一応俺の婚約者だってことは覚えているか?」

 

「分かっているとも!……でも、兄さまに渡す気はないよ!」


 ビシッとこちらを指差してから、再び窓の外へ目を向ける。


「あのお誕生日会の時のピンクのドレス!リラのふわふわの髪に似合っていて、かわいかったなあ……。やっぱり、天から舞い降りてきたのかな?そうとしか思えないよ……」

 

「お前、誕生日会と言ったら……もう一週間も前だぞ」

 

「余韻が冷めやらないんだ……」


 ぽけぽけと花を散らせているヤツは無視して、手元の資料を読み進めるのに集中することにする。


 その時ドアをドンドンと揺すぶる音がして、勢いよく部屋の扉が開く。


「たのもー!黄金……宝石、殿下!ご機嫌うるわしゅう!」

 

「お前は……ノックでドアを壊す気か!そして挨拶を省略するな!」


 本当はノックの後返事を待ってからドアを開けろと付け加えたかったが、ツッコミどころが多すぎてやめた。言ったところで聞かないだろうしな。


 侵入者エドワード=シトリンは、ハッハッハ!と何故か腰に手を当てて反り返りながら、快活な笑い声を上げる。


「ノックは大きければ大きいほど良いと、父上に教わりましたぞ!」

 

「……お前の父の常識は、世間で披露しない方が良い」


 エドの父親は現騎士団長だが、なんでもリラの父マシュー=アメジストの弟子らしい。脳筋具合の引き継がれ方に頷けるが、あの伝説の騎士団長からリラのような娘が生まれたのは、奇跡に近いなと改めて感じる。


「……それで、どうした?」

 

「何がだ?」

 

「何か用があって来たのだろう?」

 

「そんなの、友の部屋に遊びに来たに決まっている!」


 騎士団の稽古が終わったのでな!とエドは腕の筋肉を見せつけるようにポージングを始める。


 そうなのだ。こいつら二人はしょっちゅう俺の部屋に来て、何やら騒がしく過ごし、執務の邪魔をして帰っていく。俺は深いため息をついた。


「俺は執務や勉強で忙しいんだ……。いるなら静かに過ごしてくれ」

 

「アレクは働きすぎだぞ!そのうち『カロウ』とかいう病気になって倒れてしまうぞ!」

 

「そうそう!兄さまは頑張りすぎ。たまにはぼくらがこうやって、息抜きさせないとね!」


 ねー、と二人が声を合わせて言う。かわいこぶるな。


「お前たちも、少しは勉強しろ。俺が王になった時、周りが馬鹿だと困る」

 

「失礼な!ぼくだってちゃんと勉強しているよ!『上流貴族のマナー』だってマスターしたし、火系統の魔法操作だって魔法学園入学レベルだって言われたんだから!」

 

「そうだぞ!ノアは剣技だって素晴らしい!俺の父も才能があると褒めていたぞ!」


 ノアが頭の後ろに手を当てて照れるのを、エドが拍手をして褒め称える。


「エド、お前は」

 

「……」

 

「お前、勉強はどうした」


 エドがそっぽを向いて口笛を吹く。目がキョロキョロと落ち着かない。


「おーまーえー!『初級魔法の基本』を読んでくるって約束したろう!もう本を渡してから3ヶ月だぞ!」

 

「いててて!殿下!人には向き不向きがありまして……ぱ、ぱわはらですぞ!ぱわはら!」

 

「そんな時ばかり王子扱いしおって!この!」


 エドの頭にぐりぐりと拳を押しつけるが、果たして効いているのだろうか。文字通り脳まで筋肉で出来ていて、痛覚が無いのかもしれない。ノアが俺たちを見て腹を抱えて笑っている。


「お前もだ、ノア!『王国の歴史』を読め!」

 

「ええ〜、歴史つまんないんだもん……。眠くなっちゃうよ〜」

 

「弟がそんなだと、将来俺が困るんだ!二人ともここに座って、大人しく本を読め!」


 二人の首根っこを捕まえて、無理矢理椅子に座らせた。

 本を目の前に置くと、エドはそれだけで目を回している。嫌々本を手にすると、何か思いついたように目を見開いた。


「ハッ!この分厚い本を何冊か載せて、腹筋をしたら……!?」


 無言でエドの頭を本の角で小突くと、さすがに効いたようでギャッと声を上げた。ノアはそれを見て笑いながら、テーブルの上に甘いお菓子を広げ始めている。


 執事のヨハンが静かに寄ってきて、ティーセットを準備し温かい紅茶を淹れてくれる。

 俺たちを見守る目が優しくて、「良かったですね、坊ちゃん」とでも言うような笑顔で微笑まれると、恥ずかしくなってしまうから困る。──俺、そんなに楽しそうな顔をしていただろうか。


 ページをめくる手が進まないまま、笑い声ばかりが響いて、夜が更けていった。

 

 たまには、こういう過ごし方も、悪くない。俺はまだ、王太子なのだから……。


 

 ○・○・○・○・○


 あとがき


 今まで不憫な目に遭っていた子は、ベタベタに甘やかしたくなります。

 周りの人に愛されて、振り回されて、美味しいものをいっぱい食べて、ふかふかのベッドで暖かく寝てほしいです。


 

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