第20話 未来は変えられるのか


「うーん……いたたた……」


「その声は……お父さま!?」


 甲冑の顔部分を開けると、気まずそうな父マシューの顔があった。いつも通りの健康的な顔色に、リラはひとまず胸を撫で下ろす。


「廊下にな、この甲冑があったからな、こりゃ討伐にいいぞ!と思って着てみたんだがな……」


「もう!それは昔王家から賜った、記念品の銀の甲冑なのですよ!……着るための物ではないので、重さで腰を痛めたらしいのです」


 追いかけてきた母サフランが、はあと大きなため息をつく。


「ごめんなさい!!それ、私が置いたんです……。とにかく、ヒールで治しますね」


 リラは罪悪感を覚えながら、甲冑の上に手を置いてヒールをかける。


「いた、いたたた……なんだか、効いてないみたいだ」


「え?そんなはずは……もう一回やりますね」


 しかし何度ヒールをかけても結果は一緒で、全く効いていないようだった。

 

 ──付与の練習のしすぎで、神聖力が枯渇したのかしら……?


「とにかく、一度それを脱いでください。重いし、動きずらいでしょう。甲冑が壁になって、神聖力が通りづらいのかもしれません」


 サフランはそう言うと、マシューの甲冑を脱がせて椅子に座らせる。

 リラはもう一度マシューの腰に手を当て、『治療〈ヒール〉』と唱えた。


「おお、今度は効いたみたいだぞ!ありがとう、リラ!」


 ぞろぞろとみんなが退室する中、リラとテディは顔を見合わせた。


「もしかして銀は……」

 

「神聖力を通さない……!?」


 リラは宝石箱から銀製の指輪を取り出し、左手の中指に嵌めた。中央に小粒のダイヤモンドが嵌まっている。


 リラは目を閉じて、ダイヤに触れた指先に神聖力を注ぎ込む。ドキドキと胸が高鳴るのを感じつつ薄く目を開けると、ダイヤが虹色に大きく輝いていた。


「……お姉さま!付与出来ていますよ!!」

 

「やりました!テディ!!」


 二人は手を取って飛び上がり、興奮で顔を赤くしながらぎゅっとハグをした。


「ダイヤの下に銀の受け皿があれば、神聖力が通り抜けずに石に留まってくれるのですね!」

 

「数分経ちましたが、まだちゃんと光っていますよ!」


 リラは手のひらを返し、指輪をゆっくりと逆さまにする。


「逆さにしても、光が流れ出ません!神聖力が留まったまま一定時間経つと、ダイヤに定着するのでしょうか?」

 

「じゃあ、これはどうでしょうか!」


 テディが、近くにあった銀の宝石箱を差し出す。


「銀製の箱なら神聖力を外に出さずに、中に閉じ込められるかもしれません。力の消費は大きそうですが、これなら一気に付与出来るんじゃないですか?」


「ナイスです、テディ!やってみましょう!」


 数粒のダイヤモンドを宝石箱に入れ、リラは神聖力を中に注ぎ込む。箱の中が白い光で満たされ、しばらくすると消えたが、中のダイヤは虹色に輝いている。


 二人は、もう一度強く抱き合った。



・・・・・・・・・・・・・・・


 

 丁寧な指導のお陰でテディも難なくやり方を覚え、二人は片っ端から神聖力を付与していく。

 

 部屋にあるダイヤに付与が終わると、屋敷中を走り回って、家具や祭壇の装飾から大きめのダイヤをかき集めた。

 

 ダイヤモンドは世界全土で採掘される上、マーガレットの花から幾らでも採取出来るため、安価に流通している。

 それに加えて神の象徴ともされているため、装飾やお守りとして多く使用されているのだ。

 

 リラは教会に向かうと、神の像の胸元で一際輝くダイヤのネックレスを取り外した。

 

「お借りします……」と小声で呟くと、頭上から砂糖菓子が降ってくる。神の応援を感じながら、リラは自室へと走った。



・・・・・・・・・・・・・・・


 

 部屋に戻ると、テディはすでに付与を始めていた。

 

 付与中のダイヤが輝きを放ち、テディの白い頬を流れる汗を照らしている。付与自体に慣れていないため、テディは銀のスプーンの上にダイヤを載せて、一つずつ力を込めている。


 リラも無言でテーブルに向かう。討伐では攻撃魔法も使うため、色ありの宝石にも魔力付与を行なわなければ。

 サファイアやルビー、アメジストなどにそれぞれの魔法を込めていき、色とりどりに輝く魔石が堆く積まれていった。


 夜を超え空が白み始めた頃、リラはテディに声をかけた。

 

「このダイヤに付与をかけると、魔力と神聖力の枯渇で私は倒れるかもしれません。その場合は、どうか、これをお母さまに渡してください。……頼みましたよ」


 テディは止めたい気持ちをグッと抑え、大きく頷いた。

 リラは銀の小箱に入れた大きなダイヤのネックレスに指を付け、集中する。


 ──どうか、どうかお母さまを、死の運命からお守りください……。


 祈るような気持ちで、ゆっくりと神聖力を込めていく。このダイヤが持てる限界まで、隙間なく力を敷き詰めるように……。


 15分ほど経っただろうか、小箱からあふれる白い光が消えた途端、リラは音もなく倒れた。

 

 テディが抱き起こすと、リラは深い眠りに落ちていた。陶器人形のように白い肌が、一層正気を無くし青みを帯びている。

 

 リラが手にした小箱の中では、ダイヤが虹色の輝きを放っている。テディは小箱ごとリラを抱きしめ「……お姉さまの思い、確かに預かりました」と呟いた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 太陽が上がりきらない早朝、討伐隊は屋敷の前に整列する。

 ──いよいよ、出発の時が来たのだ。


 白い馬に乗ったままサフランはキョロキョロと辺りを見渡すが、子供達の姿は見当たらない。

 泣きながら自分を止める娘の顔を思い出し、深いため息をついた。


 その時、遠くから「お母さま!」と声が聞こえた気がした。顔を上げると、玄関からテディが飛び出し、こちらに向かって来ている所だった。


「……お母さま!これを……」


 テディが息を切らしながら渡したのは、二つの麻袋だった。手に取ると、ずしりと重い。


 袋の一つを開けると、色とりどりの輝きを放つ魔石が、ぎっしりと詰まっていた。


「これは、お姉さまが魔力付与した魔石です。討伐にお使いくださいと……」

 

「これを全て、リラが……!?」


 宝石に魔力付与するには、途方もない魔力が必要になるという。これほどの量に付与したとなれば、リラは魔力枯渇で寝込んでいるのだろう。

 痛切な娘の想いを感じ、麻袋をぎゅっと胸に抱き締める。


 もう一つの袋は、ダイヤモンドのようだった。一つを手に取り陽に透かすと、虹色の煌めきを放っている。


「こちらは……?魔石ではないですよね……?」

 

「これは、ぼくとお姉さまとで神聖力を付与したダイヤモンドです。お母さまと討伐隊の皆さんを、守ってくれるようにと祈って作りました」


 こちらを見て微笑むテディを見ると、いつも以上に正気のない顔をしている。彼も相当無理をして、付与を行なったのだろう。


「テディ……ありがとうございます。リラにも、お礼を伝えてください」


 サフランが馬の上からテディを抱きしめると、彼は母の首に腕を回した。


「そしてこれは、お姉さまからお母さまにと。……お守りです」


 ダイヤのネックレスが、サフランの胸元で強い輝きを放つ。

 母はそれを服の内側にしまい、大きく頷いた。


「必ず帰ってきますので、二人ともいい子で待っていてくださいね。こんなにたくさんのお守りがあれば、大丈夫です。……行って参ります!」


 サフランが自身の馬に鞭を入れると、討伐隊が一斉に出発した。

 テディが控えめに手を振る横で、マシューが号泣しながら両手を振り回している。父は領主代理として、今回はお留守番なのだ。


 サフランが屋敷の門を出るか否かという時、二階の窓が音を立てて開いた。


「お母さま!行ってらっしゃいませー!」


 パジャマ姿のリラが、窓枠から身を乗り出しながら手を振っている。サフランはそれを見て微笑み、大きく手を振り返した。



・・・・・・・・・・・・・・・



 それから屋敷では、しばらく平穏な日々が続いた。

 

 領地内の復興もひと段落し、リラとテディはマシューの執務を手伝いながら過ごしていた。


 お互い顔を合わせても、討伐隊のことは話題にしなかった。不安な気持ちを口に出せば、最悪の事態が起こってしまうような気がして、三人はいつも以上に明るく振る舞っていた。


 討伐隊から便りがないまま十日が経ち、いつものように三人が執務室で過ごしていると、廊下がザワザワと騒がしい。

 使用人達が走り回る足音が響き渡り、「討伐隊が……」と言う声が聞こえる。

 

 思わず窓の方を振り向くと、討伐隊の馬や馬車が、ぞろぞろと敷地内に入るのが見えた。

 その瞬間、リラの体は硬直する。


 ──駄目だ。何も見たくない。聞きたくない。

 

 頭の先から足先まで一気に冷え切り、景色は色褪せ、周りの動きがスローモーションのように感じる。

 使用人達が何か口々に叫んでいるが、遠く靄がかかったようによく聞こえない。


 リラはギシギシと体を動かし、手で耳を塞いだ。冷え切った手のひらが、外の音を防いでくれる。背中を丸め、椅子の上で縮こまった。


 ──こわい。寒い。いやだ……こわい……。


 その時、バタンッとドアが大きな音を立てた。固まっていたリラの体がビクンと飛び跳ねる。


「リラ!テディ!」


 扉から飛び込んできたのは────サフランだった。


「お、母……さま……」

 

 母の微笑みを見た途端、リラの目から温かい涙が溢れ落ちた。急速に熱を取り戻した耳が、じんじんと熱い。

 

 駆け寄ってきたテディと、椅子から半身を乗り出したリラを、サフランは勢い良く抱きしめた。母の胸は柔らかくて温かく、トクトクと音を立てて血が流れている。


 ──生きている。お母さまが、生きている……!


 糸が解けたかのように、リラとテディは声を上げて泣き出した。二人を力強く抱きしめる母も、小刻みに震えながら涙を流していた。


「良かった……良かった……!」


 マシューが三人をまとめて抱きしめる。誰よりも大きな泣き声を上げる姿に、三人は顔を見合わせ、涙でびしょびしょに濡れた顔で笑った。


 ──未来は、変えられるのだ。


 温かい家族の温もりを感じながら、リラは確信した。


 ・・・・・

 

 長い冬を耐え、王国の木々は花の蕾を綻ばせようとしていた。


 ライラック=アメジスト、9歳の春の出来事だった。


○○○○○

あとがき



これにて第一章、幼少期編が完結となります。

 お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!


 このお話が人生初の小説となるのですが、応援やレビューなどをいただけて、大変励みになりました。

 自分で書いていると面白いかどうか全く分からなくなってくるので、楽しみ!と思ってくださる方が一人いるだけで、本当に嬉しい気持ちとなります。いつもありがとうございます。


 『神推し令嬢』は、カクヨムコン8に参戦中です。

 一次選考は読者選考となり、皆さまからのフォロー、⭐️評価で通過出来るかが決まります。


 もし…少しでも面白いな、続きが読みたいな、と思っていただけましたら、フォローと⭐️評価をしていただけますと、大変嬉しいです…!


 最後になりますが……どうかこれからも、リラたちの物語にお付き合いいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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