第10話 再び王都へ〜ドキドキ!彼との観劇デート〜

 教会からずいぶんと離れた王都の広場に着くと、父親は抱えていたリラを降ろした。かなりの速さで走っていたはずだが、息の一つも切れていない。


「リラ、そこに座りなさい」


 母サフランは木陰のベンチに腰掛け、隣を勧める。


「金の瞳が聖女の証だということは世間にあまり知られていませんが、あのように教会関係者だと危険ですね。強制的に連行される可能性があります」


 それにしてもマシュー、あの発言は余計でしたね……と、母が父マシューをじとりと睨む。

 マシューは平謝りしながら、向かいのベンチに腰掛けた。


「これから領地外の教会に行く際には、認識阻害眼鏡などをかけていった方が良さそうですね。……わかりましたか?」

 

「……はい、そうします」


 サフランはにっこりと微笑み、リラの小さな左手をとる。


「そしてこれは……血の契約の証ですね」


 全てを見通す様な眼差しに見つめられ、リラはコクリと頷く。


「契約のことを知っているということは……先見の明でこうなることが予見されていた、ということですか?」

 

「はい……」

 

「血の契約をすることで、この先危険なこともあるでしょう。──それも全部分かった上で、あなたはこの運命を選び取ったのですか?」


 リラは再び、大きく頷いた。


 サフランはしばらく考え込んだ後、娘の手を自分の手のひらで包み込む。


「……わかりました。アメジスト家の女性が頑固で、一度決めたことは何としてもやり抜くことは、身を持って知っています。あなたが自分の望む未来のために選択したのならば、何も言うことはありません」


 サフランはリラのふわふわとした髪の毛を指で梳き、おでことおでこをコツンをぶつけた。


「……でもね、あなたはまだ子供です。それに、私達のかわいい娘なのですよ。もっと頼ってくれないと、寂しいです」

 

「そうだぞ!よく分からないが、リラに頼られて嫌な気持ちがするわけがない!むしろ嬉しいぞ!」


 マシューは両腕で立派な力こぶを作ると、ニカリと笑って白い歯を光らせた。リラはその姿に、思わず吹き出してしまう。


「先見で見えた未来について詳しく聞きたい所ですが……話すことで未来が変わる可能性があるから、教えられないのですか?」

 

「……お母さまは、何でもお分かりなのですね」

 

「ふふっ……それでは聞かないでおきますが、あなたの目指す未来が何なのか、それだけ尋ねても良いですか?」


 リラは姿勢を正し、真剣な眼差しでサフランを見つめる。


「私が望む未来は……お母さまとお父さま、マリーと大切な人たちがいて……みんなが幸せに暮らすことです。そのためなら、何だってします」


 サフランは再び、力強く娘を抱きしめる。


「リラは、どうしてこんなに良い子に育ったのでしょう!……でもね、そんなに一人で頑張ろうとしないで。私やお父様に出来ることがあれば、いつでも言うのですよ」


 サフランが視線を送ると、マシューは再び無言で力こぶを作って立ち上がり、次々にポージングを始める。

 二人は、顔を見合わせて笑い出したのだった。


 ──そうだ、周りの人に頼ってもいいのですね。

 

 義務感のためずっと張り詰めた緊張の中にいたリラは、安心して溢れた涙を、二人に気付かれないように拭った。



・・・・・・・・・・・・・・・



 それから、何事もなく1ヶ月が過ぎた。

 

 リラは領地の教会に通って神聖力を高めたり、魔法鍛錬に勤しんだり、時には領地の村々を回ったりして忙しく過ごしていたが、他の攻略対象者を見つけることは出来なかった。

 そもそも、アメジスト領にはいないのでは?と訝しんでいる。


 そんな平和な日々の最中、リラがサフランの執務室で執務見習いをしていると、メイドのマリーが真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。手には一通の封筒を持っている。


「サフラン様、こちらが……!」

 

「……なんだか、嫌な予感がしますね」


 封筒を裏返すと、金色に輝く蝋で封がしてある。王家の印だわ、とサフランは呟き、ゆっくりとした動作で封を開けて中に書かれた文字を読む。


「……リラ、どうやら初デートのお誘いみたい」


 母の膝元に寄り内容を確認すると、王子アレキサンダーがリラを王都の劇場に誘う旨が書いてあった。


「……お断りは出来そうにないですね。ご丁寧に明日の日時が指定してあって、断ろうにもお返事が間に合いません」

 

「こちらの都合はお構いなしですね。血の契約の主人を囲い込もうとする作戦かしら。こんなに幼い時期から、婚約者同士がデートするなんて聞いたことがないのだけれど……」


 サフランが額に手を当て、ふうと溜息を吐く。


「……万全の準備をしていきましょう。私達も何とか都合をつけて、別の馬車で着いていきます。マリー、準備をお願いします」

 

「か、かしこまりました!」


 マリーが慌ただしく部屋を飛び出していき、屋敷中を騒がしながらデートの支度が始まった。



・・・・・・・・・・・・・・・



 明くる日の朝。

 

 リラがアメジスト家の屋敷の前で待っていると、庶民が使うような、目立たない馬車がやってきた。


 今日はお忍びで出掛けるということで、リラも商人の娘程度にしか見えない格好をしている。

 ふわふわの髪を三つ編みのおさげにし、青磁色のモスリンのワンピースを着ている。


 馬車が屋敷の前に止まりドアが開くと、中から赤い塊がリラに向かって飛び出してきた。


「リラさま!お会いしたかったです!」

 

「……ノアさま!?」


 ノアはリラの手をぎゅっと握りながら、屈託のない笑顔でニコニコと笑っている。

 子犬だったら尻尾をブンブンと振っているだろうその姿に、リラは庇護欲できゅんとしてしまった。


「頼み込んで、ぼくも一緒に来られるようにしてもらったんです。ほら市井は、何があるかわかりませんものね!」


 ノアは薔薇の紋章を見せつけるように、拳を掲げる。

 ずいぶん可愛らしい護衛ですね!と、リラはくすくす笑った。


「それでは、よろしくお願いいたします」

 

「……いつまで話しているのだ、早く乗れ!」


 中からアレキサンダーの声が聞こえ、ノアのエスコートで薄暗い車内に乗り込む。


「黄金に輝く王国の宝石、アレキサンダーさまにお目にかかります」

 

「よい。そこに座るがよい」


 七歳児とは思えない受け答えの言葉は、父である王の真似だろうか。

 腕と足を組んで座っているアレクはベージュのキャスケットを被っており、髪色も帽子と同じ色になっている。

 

 王族特有のブロンズヘアだと一瞬で身分が分かってしまうため、認識阻害帽子をかぶっているのだろう。

 

 ──何色の魔石が使われているのでしょう、あとでチャンスがあれば見せていただけないかしら……。

 

 リラの熱い視線を感じ、アレクが怪訝そうな顔になる。


 アレクの隣には、前回王城で不憫な目にあっていた執事が座っていた。護衛が彼一人だとすると、若い頃は相当なやり手だったのだろう。

 

 リラ達が彼らの正面に座ると、馬車が動き出した。


「リラさま、お元気でしたか?本当にお会いしたかったです」


 ノアが目をキラキラさせて訊ねる。

 

 ──それにしても、ずっと手を離さないのだけれど……。こんなに積極的な子だったかしら……?


「ええ、元気にしておりました。ノアさまとアレキサンダーさまは、お元気でしたか?」

 

「それはもう!……そしてリラさまのおかげで、母も元気になりました。最近は、よく笑うようになったのですよ!」


 前回までのループでは常に翳りのあったノアの表情が、今はピカピカと輝くように眩しい。

 それだけでも、やり直せて良かった……と、リラは目を細める。


「それと、ノアと呼んでください。敬語も使わなくて良いですよ」

 

「ええと……そういうわけには……」

 

「ぼくたち、友だちじゃないですか……」


 クーンと見えない犬耳を垂らす姿に、リラは折れるしかなかった。……それにしても、押しが強い。


「では、ノア……あなたも敬語はなしにしてね」

 

「うん!改めてよろしくね、リラ」

 

「ふんっ、友だちとは……ばかばかしい」


 アレクは相変わらず腕を組み、つまらなそうに外を眺めている。


「友だちは良いものですよ、兄さま」

 

「はっ、お前を弟だと思ったことはないわ」

 

「弟でないのなら、ぼくとお友だちになりますか?」


 アレクはまさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ノアをまじまじと見る。


「……何を言っている。王に友などいらんわ。他人は利用出来る駒か、敵かのどちらかだ」


 アレクは再び窓の外に目をやり、そう呟く。

 

 父である王に、そのように教えられてきたのだろう。過去のループでも、彼に友と呼べる様な親しい人物はいなかった。

 ──そしてきっと、今回もそのつもりなのだ。


「では、『王太子には』どうですか?」


 リラが尋ねると、アレクは目線だけちらりとこちらの方を向いた。

 

「……なに?」

 

「王太子には、友だちがいても良いのではありませんか?」


 リラは花のつぼみが綻ぶように、柔らかく微笑んで続ける。


「王になったら、友などと悠長なことは言っていられないかもしれません……大変なお仕事ですものね。でも、王太子の間だけは……」


 リラが小さくて白い手を、そっと差し出す。


「わたしたちと、友だちになってくれませんか?」


 アレクは目を見開きながらしばらく考え込んだ後、執事のヨハンの方を窺う。

 

 ヨハンはハンカチで涙を拭きながら、うんうんと大きく頷いている。王子の境遇に、思うところがあったのだろう。


「……では、どうしてもと言うのなら、友になってやらんこともない」

 

「どうしてもです、殿下」

 

「わあ!じゃあ、ぼくもぼくも」


 リラの手に、アレクとノアの手が重なる。


 前回までは、幼少期のアレクとしっかり話をしたことはなかった。

 子供らしく過ごすこともなく、彼なりに寂しい思いを隠しながら、大人になっていったのだろう。

 

 人のテリトリーにずいずい踏み込むサクラに、依存とも思えるほどのめり込んでしまったのは、幼少期の抑圧された思いがあったからかもしれない。


 ──今まで彼のことを理解しようとしなくて、申し訳なかったです……。

 

 過去のループでも、彼に歩み寄ろうとはしていた。しかし、それはあくまでも王子と婚約者としての関係で、立場を越えて踏み込むことはしなかった。

 

 それがアレクにとって、一番必要なことだったかもしれないのに。


 ──願わくば、これが彼の幼い心にとって、僅かでも救いとなりますように。王になるまでの、短い間だけでも……。


 アレクは赤くなった頬を隠すように、窓枠に頬杖をついて外を眺めるふりをする。

「……友になったからには、俺のこともアレクと呼ぶがいいぞ」と、小さな声で呟きながら。


「はい、アレクさま」

 

「わかったよ、兄さま」

 

「……話がちがうではないか!」


 そんなこんなで話が弾みながら、馬車は劇場の前に到着したのだった。

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