第9話 神の推し活!【新機能が実装されました】

「サプライズ、大成功かしら?」

 

「……驚きました。まさか、ここでもお話が出来るなんて……」

 

「……リラちゃん……聞こえますか……今、あなたの心に……直接語りかけています……」

 

「え?はい、聞こえます……」

 

「うん、そうよね……ごほんっ」


 神が気まずそうに咳払いをして続ける。


「普段は会話出来ないのだけどね。王都の教会で、しかも今日は花祭りだし。信仰が集まったおかげで私の神聖力も高まっているから、特別よ!」


 ああ、神は今ウインクをされているのだろうな、とリラは想像する。──だいぶ神のことがわかってきた。


「リラちゃん、あなたの活躍は見ていたわ!まずは、ノアちゃんとの契約、おめでとう」

 

「はい、王族との契約を阻止出来ました!」

 

「今までのループではノアちゃん、この契約に相当苦しめられていたものね……。それに!あのノアちゃんの手を取って励ますシーン!私もう感動の涙で、画面が見られなかったわ〜〜!」

 

「画面……?」

 

「推しと推しが秘密の花園の真ん中で、幼い手と手をとり合って将来を誓うシーン!超〜エモい!最&高だったわ!!」


 神がおいおいと泣き、ティッシュを引き抜いて鼻をかむ音が聞こえる。そんなシーンだったかしら……と、リラは苦笑いしながら小首を傾げた。


「……それはそうと!リラちゃん、喜んで!新機能が実装されたわ!」

 

「新機能、ですか……?」

 

「ふふん、まず一つ目はね……応援の気持ちを込めて、断片的にこちら、応援席の映像が送れるようになったわ!ほら、こんな感じで」


 リラの脳裏に、ピンク色のふわふわのパジャマを着た神の映像がよぎる。手には「ウインクして!」と書かれたうちわを持っていたような……。


「あの、まさか……」

 

「そう!これが今の私よ。うちわに書いてあるのは、リラちゃんへのメッセージ」

 

「ダイヤさま、その装いは……」

 

「これ?これは地球で推しを推す時の正装よ」


 リラの頭に、再び神の姿が現れる。神はウインクしながらうちわを振り「あ、これもあるのよ」と、いそいそとサイリウムを取り出して、リラの髪色と同じ紫色の光を灯す。


 リラが閉じていた瞼を開けると、目の前の教会の壁には荘厳で麗しい神の像が鎮座している。もちろんピンクのパジャマなど着ていない。

 

 脳内の神の姿と見比べ軽い目眩を覚えるが、諦めて「全てを受け入れるモード」に切り替える。


「今日は神聖力も高いし、面倒くさいから映像繋げっぱなしにしておくわね。……よいしょっと」


 神の手が近くに映り、何やら操作をしているようだ。

 

 神がいるのはどこかの部屋のようで、本棚や小さな白いテーブル、可愛らしい小物などが置いてあった。

 この世界とはずいぶん様式が違うが、女の子が好きそうな部屋だということはリラにもわかった。神の趣味だろう。


 神は毛足の長いピンクのラグの上に座り、髪を後ろで束ねている。

 隣には、薄紫色のテディベアが豆椅子の上に座らされていた。首には、ピンク色のリボンが可愛らしく結ばれている。


「よし、これでオッケー!……それで二つ目はね、私がいいね!と思った時に、いいね!が出来るようになったわ!」

 

「いいね……?」

 

「まあ平たく言うと、ちっちゃな神聖力付与ね。いいね!がついた時には、リラちゃんがお持ちのダイヤが光るのと、ハートの砂糖菓子が降ってくるわ!」


 リラの戸惑いをよそに、神は嬉しそうに続ける。


「本当はいつも力をプレゼントしてあげたいのだけど、こことそっちを繋げるには相当な神聖力が必要みたい……。だけど私の気持ちが上がって神聖力が高まった時は、いいね!できるわ。さっきのシーンもいいね!したかった〜」


 神は残念そうに肩を落とし、こう続ける。


「まあ新機能の話はこんな感じで。と、これからの攻略の話だけど……」


 神は一転して真面目なトーンになり、棚をゴソゴソと漁って何かを取り出す。


「これがこの世界の元になったゲーム、『ときめき⭐︎宝石の国の魔法学園』よ!」


 神が手にしていたのは、乙女ゲームのパッケージだった。表紙には黒髪の女性と7人の男性、リラによく似た女性が描かれている。


「この紫のがリラちゃん……黒髪のがサクラちゃんね。あとがいわゆる『攻略対象者』なのだけど……。誰が誰だかわかるかしら?」

 

「ええと……赤髪がノア様で、金髪の方がアレキサンダー様ですね。あとは以前のループでお見かけした方がちらほら……」

 

「うん、顔見知りがいるなら上出来ね!ここにいる人物達は大きな力を持っていて、物語を進める上で重要なキーパーソンになってくるの。ノアちゃん以外は、前回までのループでサクラちゃんに攻略されていたはずよ」


 神が手のひらでピント調整をしながら、ずいっとゲームのパッケージを前に押し出す。


「リラちゃんは、彼らを出来るだけ早く見つけて仲良くなって、こちらの陣営に取り入れて。物語を変えるために、力を貸してくれるはずよ」

 

「……はい。わかりました」

 

「まずはノアちゃん、アレクちゃんあたりと親密度を上げたいわね。幼児期には会えない人物もいるから……あとはこの辺かしら?」


 神が、白髪の人物と緑髪の人物を指差す。


「あの……お二人とも、以前はあまり面識がなかったのですが……」

 

「だ〜いじょうぶ!この二人は偉い貴族じゃないから、頑張れば幼少期に会えるはず……むぐっ」


 神がそう言いかけた途端テディベアが突然動き出し、ふわふわの腕で神の口を塞ぐ。


「え!?あの、くまちゃんが動いて……!?」

 

「そうなの〜、この子ネタバレ警察で……。ネタバレしそうになると、こうやって止められちゃうのよ〜」


 テディベアは怒った様子で腕を組み、豆椅子に座り直す。

 ぬいぐるみが動いたことには驚いたが、神だしそういうこともあるだろう……と、自分を納得させる。何故ならば「全てを受け入れるモード」だからだ。


「ということで、ストーリーに関するネタバレは出来ないのだけれど……ここから、この子と一緒に応援しているからね!」


 神はサイリウムを握って(いつのまにか3本に増えている)、ニコニコと手を振る。テディベアも神に持たされたのか、「ウインクして」のうちわを左右に振った。


「ええと……こうですか」


 ぎこちなくウインクをすると、首元に下げていたダイヤのネックレスが大きく光り、頭にコツンと何かが落ちてきた。

 手に取って見ると、コーヒーに添えられるような、赤いハート型の小さな砂糖菓子だった。


「ま、まさか……これが、いいね!……」

 

「きゃ〜〜〜リラちゃん、律儀すぎるわ、ファンサも神!ね!」


 テディベアから奪い取ったうちわを大きく振り(なんと裏面には「リラしか勝たん」と書いてあった)、全身で喜ぶ姿に、神はあなたでは……と苦笑する。


 ざわざわと聞こえる声に再び目を開けると、周囲の人の視線が一身に集まっていた。

 

 どうやら教会中のダイヤが光りだしたようで、その中でも一際大きな光を放つ、リラの首元のダイヤに注目しているようだった。


「あら!?どうやらやりすぎちゃったみたい……!?光の出力は調整しておくわね!」


 神が慌ててタブレットを操作する。


「あとはたぶん、各地の教会とか神聖力の高い場所なら、映像繋げて話せると思うから!行ったら話しかけてみてね〜!ハートは気付かれないうちに食べておいて、神聖力が上がるから!じゃあね!」


 急ぎ足で捲し立てた後、プツン!と音を立てて映像が途切れる。

 恐る恐る目を開けると、お祈りを終えた両親が目を丸くしていた。


「リラ、その光は……?」

 

「ええと、その……」

 

「どうされましたか、何故ダイヤが……!?」


 通路から急いで駆けてきた男性は、教会の神官だった。神官はリラの目の色を見て、さらに驚く。


「なんと、金の瞳!聖女様ではありませんか!?──ここ数十年、金色の目を持つ子が生まれたという噂は聞きませんでしたが……」


 神官の迫力に押され、父親が答える。


「最近!最近金色になったのだ。何やら、夢に神様が出てきたとか……」

 

「夢に!神が!?」


 神官がガバッと身を乗り出し、リラの手のひらを握る。

 母に、余計なことを……といった目で睨みつけられ、父は叱られた犬のように体を縮こませた。


「聖女様……教会に入り、人々に神の教えを伝えてはくれませんか?」

 

「この子はうちの、たった一人の娘ですので、教会に入れるつもりはありませんのよ」


 にこやかな笑みをたたえながら母が間に入るが、神官に諦める様子はない。


「とにかく、司祭を呼んできますから!ここで待っていてくださいね!」


 そう言って光の速さで駆けていく神官を見送り、両親が呟く。


「……帰るか」

 

「ええ、今すぐ帰った方が良さそうですね」


 父親はリラを小脇に抱え、静かに、しかし驚くほどのスピードで教会を後にした。

 

 杖をついた司祭がそこに着く頃には、すでに誰もいなかった。


「聖女がいたなんて……お前の思い違いじゃろう」

 

「いいえ!本当に居たんです、金の目の少女が……!あの髪色は、アメジスト家……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る