第3話 絶対に幸せになるんだから大作戦

「……そうと決まれば、作戦会議よ!」


 黒いスーツ姿に眼鏡をかけた神は「絶対に幸せになるんだから大作戦」とチョークで黒板に描き終えると、満足気に手の粉を払った。


 リラはおそるおそる……といった様子で手を上げる。


「僭越ながら……先ほどから、ツッコミどころが多すぎると存じますが……」

 

「まあまあ、細かいことは置いといて……」


 神は置いといて、のジェスチャーをし、眼鏡を中指でクイっと上げる。


「これまでの7回は、サクラちゃんがやりたい放題してきた。それは彼女が持っている絶大な魔力と、彼女を主人公とする原作の強制力──あと、私が与えてしまった改変力のためね」


 自分で書くことに飽きたのか、チョークが一人でに文字を書き始める。


「それに対抗するには、サクラちゃんを上回る力が必要ってこと。……それは分かるわよね?」


 神の問いに、リラは戸惑いつつも頷く。


「人に与えられた能力は3つ。体力・魔力、そして神聖力。そのうち体力と魔力は、そうね……私に出来る事はなさそう。世界ちゃん相手に影響を与えることは、私でもほとんど出来ないの」


 神が肩を落とすと、チョークが黒板に「神、力不足」という文字と、しょんぼりした顔文字を描く。


「でもサクラちゃんに劣るとはいえ、魔力はかなり高かったでしょう?……そもそもゲームでは、主人公に対抗するチート悪役令嬢キャラとして作られたわけだから」

 

「……チート悪役令嬢」

 

「……こっちの話よ。まあ、弱点と儚さの設定で、体力はあまりないけれど──魔力で補完出来れば問題ナシ!」


 チョークが黒板に書かれた魔力の横に、大きく二重丸をつける。


「最後に神聖力だけれど……その前にリラちゃん、今は過去7回の記憶があるわよね?」

 

「はい……」

 

「本来ならば次のループに入る前に消えてしまうのだけれど、今回はリラちゃんが亡くなる前に、サクラちゃんが死んだから」


 ノアちゃんのファインプレーね、と神が呟くと、チョークがデフォルメされたノアの似顔絵を描く。

 

 リラの頭に前回の死の記憶──そして7回の苦しい記憶が蘇る。

 涙がこぼれそうになり思わず顔を伏せるが、まもなくスッと前を向いた。涙はすでに拭われ、目に光が宿っている。


「もう一度やり直させていただくのですもの。次は、全てを守り抜いてみせます」

 

「……さすが、私の推しだわ」


 神はその様子に安心したような笑みを浮かべ、こう続ける。


「リラちゃんは7回の人生のいずれも、私の敬虔な信者だったわね。──ずっと私を信じてくれてありがとう」


 神が優しい微笑みを浮かべる様子は、リラがこれまでの人生で崇めてきた荘厳な神そのものだった。

 

「リラちゃんに私を信じた記憶があるからには、7回の人生分の神聖力が貯まっていることになるわ。それに……今実際、私と話しているもの。神の実在を信じるという面では、これに勝る経験はないわよね?」


 神がニヤリと笑い、リラはハッと口を抑える。

 

 リラの世界の神聖力とは、神を信じる時間と聖書に基づく行いに比例して得られるものだった。

 

 教会に通い、神の教えである慈善活動をし、毎日の祈りを捧げることによって、日々神聖力が増していく。

 それを毎日行った人生×7回分となれば──相当な神聖力になるはずだ。


「今、リラちゃんは膨大な神聖力を宿しています。それこそ、白き聖女と呼ばれるほどの」

 

「あの、しかし……私はあまり適性が……」


 力は祈りで高まるものの、神聖力がどれだけ宿るかには適性があった。それは髪と目の色の濃さよって決まるもので、白や金に近いほど高いとされている。


「そうね、リラちゃんは濃い紫の髪と、グリーンの瞳だものね。これも美しくて大好きなのだけれど……ごめんなさいね」


 神がリラに近づき瞼に優しくキスをすると、瞳の奥でチカチカと星が瞬くような感覚があった。


「──私が世界に干渉出来る部分は、神聖力だけなの。だから、これはささやかなプレゼント。とにかく、適性の面もクリアにしておいたわ」


 リラが小首を傾げる様子を見て、神はふふっといたずらっ子のように笑う。


「これで、リラちゃんの武器は無限の神聖力、生まれ持った強力な魔力に……7回の人生の記憶。世界はほぼ原作通りに進むはずだから、今までの記憶があれば、ちょっとした未来予知になるはずよ」


 確かに7回の人生は、結末とサクラの周囲の様子だけは違うものの、ほとんど同じように進んでいた。


「うーん……誰かに記憶について聞かれた時は、神から先見の力をもらったとでも言えば良いわ。あと、おまけにこれもね」


 神がパッと手を振ると、リラの頭上から金色に光る粉が降り注ぐ。


「改変力よ。これでリラちゃんに働く原作の強制力を、ちょっとは抑えられるはず。どの程度効果が発揮できるかはわからないけれど」

 

「これほど良くしていただいて……なんとお礼をしたら良いか……」

 

「いいの。これは私の罪滅ぼしでもあるのだから」


 いつの間にか元の服装に戻った神はソファに腰掛け、リラを柔らかく抱きしめる。


「いい?リラちゃん──今回は、あなたの持てる全てを使いなさい。魔力、神聖力、記憶、人脈……。それを使ったからって、自分をずるいなんて思わないで。それは間違いなくあなたの経験が培ったもので、あなたや大切な人達を守る、唯一の方法なんだから」

 

「はい。必ずや私の……あなたにとっても大切な世界を、守り抜いてみせます」

 

「お願いね。あなたの輝く未来を、見たことのない物語の続きを見せてちょうだい」


 神が話し終えた瞬間、リラに猛烈な眠気が襲ってくる。

 神はリラの体を横たえると、頭を優しく撫でた。


「さあ、いってらっしゃい……絶対に幸せになってね。──忘れないで。私があなたたち全員を愛していることを」


 神がリラの額に口づけると、辺りは光に包まれ、意識が遠のいていった──。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 リラが目を覚ますと、そこには見慣れた部屋の天井が広がっていた。

 わずかに水音が聞こえ、そちらを向こうと起き上がるとガシャン!と大きな音がした。


「リ……リラ様!?」

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