5てぇてぇ・くねぇ『なんだってぇ、ウチの看板Vtuberが辞めるってぇ?!』★

【二日目・フロンタニクス社長視点】




「おはよう! さあ、今日も頑張って行こう!」


 新しい朝が来た。希望の朝が。

 すがすがしい気分で私、風呂谷来希ふろたに らいきはフロンタニクスに出社していた。

 理由は明確だ。

 あの忌々しい天堂がいなくなったからだ。


 天堂累児。

 仕事も顔も至って普通の男。


 だが、ウチのタレントの一部は雑用に何故か懐いていて、何か新しい仕事が入った時も『一旦、天堂さんに相談してから』となっていて、しかも、時には天堂に相談した上で断ることもあった。


 だが、その天堂もいない。

 小村れもねーどからのリークは正に神からの贈り物だったのだろう。

 ウチの看板タレントは私と同じ気持ちだった。

 しかも、可愛い。

 これを機に私に惚れてしまうかもしれないな。


 噂をすれば、小村だ。


「おはよう、れもねーど。すがすがしい朝だな!」


 そう私が爽やかに声をかけると、小村は浮かない顔で振り返る。


「ああ……社長……おはよう、ございます……」


 それだけ言うと、ふらふらと歩いていく。


 ははーん、さては天堂追放祝いで飲み過ぎたとかだな。

 アイツは、何故か喉をよく痛めるから注意しておかねば。


 天堂はそういう時、小村に厳しく当たっていた。

 小村も嫌がっていた。アイツはそういうところ読み取るのが下手な男だったな。


 なのに、なんで、あんなに他のタレントから慕われていたのか。

 まあ、恐らく無理やりいう事を聞かせていたか、餌付けしていたんだろう。


 ヤツは、Vtuberに使って金がないから弁当を作っているだけの癖に、チヤホヤされていた。

 そうか! 飯という餌で部屋におびき寄せて、言う事を聞くよう迫ったのだろう。


 なんて卑劣な奴だ!


 ピカタが嵌められていたのはショックだった。

 トップ女優並の美貌を持つにもかかわらず、Vtuberになったピカタ。

 いずれ、私がと思っていたが、まさか、あんな馬鹿に引っかかるとは……。


 だが、まあいい。

 もうアイツはいない。あとはゆっくり攻略していけばいいだけだ。


 そんな事を考えながら笑っていると、


「しゃ、社長! 大変です!」


 私の幸せな未来の想像を社員のやかましい声がぶち壊す。


「あ、あの! ピ、ピカタさんが辞めると言い出して……!」

「はあ!? なんの冗談だ!? ピカタはアイツが辞めてこれから……今、どこにいる?!」


 私は、その戯言を言った社員を突き飛ばし、ピカタの元へ向かう。


「ええ、やめます」

「ピ、ピカタ……!」


 二次元から生まれたと言ってもおかしくない儚く美しい姿を持つ彼女はこともなげにそう言った。

 だが、言ってることの意味が信じられない。理解しがたい。


「やめるってどういうことだ?」

「……? そのままの意味です。この会社をやめます。ご迷惑をおかけしましたし……」

「め、迷惑? 迷惑なんて……」

「でも、彼は、ルイジは、ワタシとの一件でクビになったんですよね? では、ワタシにも責任が」

「アイツがお前に無理やり言う事を聞かせていたんだろう! なら」

「いえ、ワタシが彼の所に無理やり行っていただけです。謝罪動画ももう作っています。一応ですが、脱退までのスケジュールもいくつか用意してあります」


 紙の束をさっと見ると、引退のタイミングに合わせたプランがいくつも作られている。

 これだけ出来る人間が何故……!


「何故だ!? お前は、これから……これからなんだぞ!」

「彼が居ない以上、これ以上は行けません。それだけ彼はワタシには必要だった」

「そこまで惚れていたのか? アイツに?」

「ほれ……? ほれ? 惚れ? え……?」


 そこで急にピカタは動きを止める。

 え? 惚れていたわけじゃないのか?


「ま、まさか、身体だけの関係!?」

「……! せ、セクハラですよ。そんなわけないでしょ。彼とワタシが……!」


 ぷいと横を向いたその赤らめた美しい横顔は完全に恋する乙女で、私は、言葉にしがたい感情に襲われ、思わずピカタの肩を持ち、押し倒す。


「好きなのか!? アイツが……アイツよりも私の方が君にふさわしいぞ! カネもある! 仕事も出来る! 顔もヤツより何倍もいいだろう! だから!」

「しゃ、社長! 何をやっているんですか!?」


 部屋に飛び込んできたのは何人かの社員だった。

 そして、私を羽交い絞めにし、立ち上がらせる。

 その時ようやく自分がどう見えていたのか気が付く。


「ち、違う! これは、彼女を説得しようと……!」

「……辞めます。詳しくはまた何かしらの方法でお話させてください」


 直接は嫌だと暗に示していた。


「アイツとは同じ部屋で過ごしていたのにか?」


 何故だろうか。私は無性にアイツが、天堂累児が嫌いだった。

 最初は、ただのVtuber好きが入ってきて、こき使えそうだと思っていただけだった。

 なのに、アイツは皆に愛されて、私は……。


「……彼を馬鹿にしないで」


 それだけ言うとピカタは頭を下げる。


「今までお世話になりました」


 そう告げて、事務所を去ろうとするピカタだったが、ふと足を止めて振り返る。


「ぴ、ピカタ! やっぱり……」

「ああ、あと、多分、5、6人後輩の子達もやめると思います。天堂君やめちゃったから」

「はああああああ!?」


 なんなんだ!? なんであの天堂が!? 見た目だって仕事っぷりだって人並程度のアイツに何があるって言うんだ!?


 私は、状況を説明し、仕事に戻ったが、一部の社員は軽蔑の目で私を見ていた。


 しかし、これはまだ始まりだった。私の最悪の日々の。

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