【7】お誕生日、どうしよう。

園遊会から3か月経ったその日。


「うーん……どうしようかなぁ…………」


寝起き早々にぐだぐだと悩んでいたわたしの髪を梳きながら、侍女のアビーが尋ねてきた。


「なにを悩んでおられるんですか? 奥様」

アビーは50歳前後の侍女。侍女なんだけど、なんか商店のおばちゃんっぽい、ざっくりした雰囲気の女性だ。


「……ミュラン様の誕生日プレゼント、なにが良いかなと」

「あらまぁ!!!! 奥様が旦那様に贈り物を!?」


ブラシを握りしめたままアビーが大きくのけぞったから、わたしの髪は思いっきり後ろ斜め上方に引っ張り上げられた!


「痛い痛い痛い!!」

「おっと、すみません奥様! 嬉しさのあまり、つい」

雑だよアビー……。


「……嬉しいの? なんで?」

「だって! 贈り物なんて、愛情の現れじゃあありませんか! 去年はなにも贈り合いませんでしたよね!?」

「そ、そうですけども……」


今年は、ちょっとは仲良しになったし。

誕生日に、バラの花束をもらっちゃったし。最低限のお返しくらいはしておかないと。


「アビーは嬉しゅうございますよ、奥様! ちっともご夫婦の営みがないので、「あー今回の女もダメかぁ……」と落胆していたんですけどね? ……でも、そうですか! 心はしっかり繋がっていらしたんですねぇ」


「ちょっとちょっと、それ不敬罪!」


寝室に出入りして身の回りのお世話をしてくれる侍女たちは、わたしが「白いまま」だということを熟知している。

夫婦で別々の寝室だし、お互いに通うこともない。


アビーはとても嬉しそうに、ニッコニッコと笑って声を弾ませた。

「旦那さまも、奥様のことをとても気に入っておられるご様子ですし! ゆっくり育まれる愛というのもまた、いいですね。じっくり鑑賞させていただきます、奥様!」


このヒト、素で言ってるのかしら……。

わたしがドン引きしているのもお構いなしに、アビーは食い気味な姿勢でわたしに問いかけてきた。


「それで!? 贈り物は何になさるご予定で?」

「えっと。……ミュラン様はおしゃれだから、ブローチでも贈っておこうかと。有名っぽい細工師さんに特注しとけば、間違いないよね?」

「却下」


却下!? 


「奥様。愛をこめてください、愛を! 旦那様は今さら金目のモノなんか贈られても、響きませんよ。贈り物は、手作り一択です」


「て、手作り!?」

「そうです。男は女性の愛のこもった手作りの品に弱いんです。旦那様を落としてください、奥様。ガスターク公爵家の末永い繁栄のために」


「たかが誕生日プレゼントなのに重すぎるよアビー! 愛なんか込めなくていいんだってば!」

「なに言ってるんですか。込めなきゃダメに決まってるじゃありませんか」


いやいやいや。愛、いらないよ? あと1年8か月で離婚する予定だからね?

……と、うっかり口走りそうになってしまったけれど、言っちゃう手前で口を閉じた。


3年契約でおしまい、というのはミュラン様とわたしだけの秘密だ。

とりあえず、気まずく口を閉じておいた。


「あぁ、そうだ! 奥様、刺繍のハンカチなどはいかがでしょうか?」

「刺繍?」

「手作りの定番ですよ。淑女といえば刺繍です」


貴族女性のたしなみとも言われる刺繍。

わたしだって当然、刺繍くらいやったことはある。貧乏ながらもミュラン様に嫁ぐ前提で育てられていたから、淑女っぽい教育はひととおり、経験済みだ。


……だがしかし。刺繍なんて全然おもしろくないから、やる気も湧かず頑張れず、まったく技術が上がらなかった。


残念ながら、わたしは基本的にポンコツ女子なのである。


「……刺繍はやめておくわ、下手だから。ミュラン様も、汚い刺繍なんて渡されても困ると思うの」


「分かってませんね奥様は! ちょっと下手くらいが、むしろ良いんですよ。そういう個性が、男の脳をゆさぶるんです」

「……ノリで適当に言ってるでしょ」


ちっちっち、と指を振って反論してくるアビー。このおばさん、本当に侍女なの?


「大丈夫です。保証しますから。旦那様は、リコリス奥様っぽいモノを贈られれば、絶対に喜びます」

「根拠は?」

「侍女の勘ですね」

このヒト、本当に侍女なのかなー……。


結局アビーに押し切られ、わたしは刺繍のハンカチをミュラン様に贈ることにしたのだった。


  * * * * *


「……プレゼント? 僕に?」


お誕生日当日。

ミュラン様の執務室を訪ねたわたしは、気まずさいっぱいでお誕生日の贈り物をした。


包みを受け取ったミュラン様は、めずらしく素直に喜んでいる様子だ。


大きく目を見開いていると、年齢よりもずっと幼く見える。……可愛い顔してるな、と不覚にも思ってしまった自分が、悔しい。


「開けてもいいかな」

と断ってから、彼はそっと包みを開いた。


真っ白なハンカチに、赤いバラの刺繍。


……我ながら、本当に下手くそな刺繍だ。アビーは「むしろ前衛的!」「散らかった糸が躍動的!」とわたしの刺繍を褒めちぎっていたけれど、隣で見ていたロドラは静かに天を仰いでいた。


「…………この刺繍を君が?」

「はい……あの。すごく恥ずかしいので、雑巾かなにかにしていただいても……」


「何を言ってるんだ。こんなに躍動感のある、前衛的なデザインは初めてだよ!」


えっ。喜んでる? ……いや、まさか。


「無理して褒めていただかなくても大丈夫ですよ、ミュラン様。……なんの刺繍か、分からないでしょ?」

「分かるよ! 巻貝だろう?」

「バラですね」


ほら、やっぱり伝わってない!

恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだった。


「みっともないので回収します! すみませんが、返してください!!」

「ダメだ。一度受け取ったものを差し戻すのは、マナーに反するからね」


ニコニコしながら、ミュラン様はハンカチを懐にしまい込んでいた。

あぁ……失敗した。へたくそなのに、刺繍なんかするんじゃなかった!!



「ありがたく受け取っておくよ。とても嬉しい」

「でも、布と糸なんて、値段もたかが知れてますし……」


「原価でモノの価値を決めるのはやめようか、リコリス。僕はとても満足だ」

「……本当に?」


かわいい顔して、頷いている。

プレゼントは本当にこんな刺繍でよかったらしい。

……ぐっじょぶ、アビー。


「それじゃあ来年はきちんと準備して、もうちょっとマトモなプレゼントを考えておきますね」

わたしたちの結婚生活は3年間あるのだから。来年もミュラン様の誕生日を祝えるはずだ。


ミュラン様も、どうやら「あと1年8か月」という期限に思い至ったらしい。

一瞬だけ表情の失せた顔をしてから、やがて何かを思案し始めた。


「……リコリス。贅沢を言ってもいいなら、今年のうちにもう1つプレゼントが欲しい」

「なんですか?」


「1日だけ、僕と遊んでもらいたい」

「遊ぶ?」

「毎年この時期には、領都で祭りを行っているんだが。平民のフリをして、2人で一緒に祭りに行こう」


ん?

子供みたいな顔をして、ミュラン様がわたしに「お祭りに行こう!」と誘ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る