【6】月明りのダンスと、やっぱり嫌な奴。
「……そうだね、急に態度を変えられて、君が戸惑うのも分かる。……どう説明すべきか」
途方に暮れたような顔で月を仰いでいたミュラン様は、やがて、言葉を選ぶように説明を始めた。
「君に優しくしたい理由は、二つだ。一つ目は、君に対して「申し訳ない」と感じているから。僕は出会ってから今日まで、すでに君を冷遇してきたけれど。……近い将来、もっとひどい目に君を遭わせるところだった」
「近い将来?」
「幸い、その未来は回避できそうだ。君の望むとおりにしてあげれば、きっと
「全然わかりません」
だろうね。と、ミュラン様は困った顔で笑っていた。
「次の理由は……君に優しくするついでに、僕ものんびり休みたい。……いつも気が張っていたから、疲れているんだ。君みたいな無遠慮な子が相手だと、すごく気楽でいい」
「さりげなく、わたしのことバカにしてませんか?」
「馬鹿にしてないよ。子供のころから、遊び相手がほしかった……ゆっくり遊ぼう。君が僕の妻でいる、残り1年11か月だけでいいんだ」
柔らかい美貌に甘えるような色を浮かべて、ミュラン様はわたしを見つめた。
思わず胸が高鳴ってしまうような、そんな表情だ。
「……よく分からないけど。わかりました」
矛盾しまくった言葉をつぶやいて、わたしはちらりとミュラン様を見た。
「あなたに不相応な妻ですが。残りの期間もよろしくお願いします……できるだけ頑張ります」
ぺこり。と頭を下げてみる。
ミュラン様は、力の抜けた笑顔を浮かべていた。
*
どれくらいの時間、2人無言で向かい合っていただろう。やがて、夜風に乗ってダンスの音楽が流れてきた。
園遊会の会場で、ダンスが始まったらしい。
「…………リコリス、ダンスの経験は?」
「えっ?」
さっきまでの重たい空気を変えようと思ったのか、ミュラン様はいきなりわたしを抱き寄せてきた。いつもみたいな、ちょっと気取った笑顔に戻っている。
「……指一本触れないって言ってたのに、すごく触られてるのは、なぜでしょうか?」
「指一本っていうのは、『夫婦関係には至らない』という意味だよ。ダンスくらい、他人同士でもするじゃないか」
「そりゃそうですけど……」
彼はわたしを手放すと、すかした態度で一歩下がってひざまずいた。
「リコリス。一曲、ご一緒願いたい」
「うぅ……」
わたし、ダンスも下手なのに。……でも、首が勝手にうなずいていた。
「ありがとう」
夜風に乗って流れる楽団の調べ。
わたしたちは、二人きりの庭園でダンスを始めていた。
なめらかなステップを踏むうちに、夢見心地になってきた。月明りが、とてもやわらかい。
案の定、ミュラン様はダンスも上手だ。
わたしの拙いステップを、きれいにフォローしてくれる。
(……なんか、気持ちいいな)
つながれた手が温かい。
くるり、くるりと舞ううちに、とろけてしまいそうになった。
一曲……二曲……
このまま、ずっと踊っているのも、悪くないかもしれない。
そんなふうに思っていたけど、やがてダンスは終わってしまった。
気持ち良い疲労感に満たされて、ぽーっとなっていると。
ミュラン様はわたしにそっと近寄って、耳元でこう囁いたのだ。
「君は僕なんて嫌いで我慢ならないだろうけど。あと1年11か月。ゴールを目指してせいぜい頑張ってね」
「ふぇっ!?」
この男、今、何言った!?
夢見心地でぽやんとしていた頭が、急激に現実に引き戻される。
ミュラン様は意地悪っぽい笑みを顔面に張り付けて、わたしを眺めていた。
「
くっ……この男、やっぱり根性が曲がってる!
わたしは、くすくすと笑うミュラン様を睨み返して、「絶対に慰謝料を勝ち取って見せる!」と決意を固めたのであった。
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