第6話

「お風呂~お風呂~♪」


 楽しみだったお風呂にはいれる。

 その楽しみからシャスティルは今にもスキップしそうな位ニコニコと笑顔を浮かべながらルンルンと宿の浴場へ向かって歩いていく。


 やっぱり、それなりに居るんですね~。


 脱衣所の扉を開くと入浴を終えてあがった宿泊客の女性が二人服を着ている姿が見えた。

 シャスティルは、それを見て当たり前だが自分以外にも宿泊のお客さんが居るんだなぁと思った。


 所で、なんでこの二人は私を凝視してるんでしょうか?

 もしかして、何か私の格好に変な所が!?


 何故か脱衣所に入ってきた自分を見た瞬間から唖然?呆然?とでも言うかの様に女性二人が自分を凝視しているのだ。

 てっきり自分の服装か何かが変かと思ってサッ!と確認したが町の人間が着ている服とそこまで差異は無い。

 だったら何で?と疑問を感じるが考えても原因は分からない。

 仕方ないので女性二人からの視線を出来る限り気にしない様に脱衣所の衣類を置いておく棚へとそそくさと移動し着ている服を脱いでいく。

 そして、部屋から脱衣所までの移動の間に他の人の目が無い隙に創っておいたお風呂セットとタオルを手に持ち、タオルで身体を隠すとぴゃ~~と視線から逃れる為に早足に浴場へと逃げた。


「はわぁ~」


 浴場へと足を踏み入れ第一声。

 温かな空気が全身にふわりと触れる心地よい感触に気の抜けた声が口から漏れて出た。


「お風呂ですぅ」


 宿屋でお風呂にはれると言われた瞬間から心の底から楽しみだったお風呂が今、目の前にある。

 今すぐ駆け出しお風呂の湯船へと飛び込みたい高揚感が高まり衝動的に足が動きそうになるが、自分以外にも今お風呂にはいっている宿泊客が三人程居たので何とか衝動を抑え飛び込むのを堪えた。


 先ずは、髪や身体を洗いましょう。

 お風呂にはいる前に身体は綺麗にしなきゃですもんね。


 シャスティルは、身体を洗う為に浴場の壁際に一定の間隔を設置されてる身体を洗う為の場所にトコトコと歩いていき床石に置かれている木製らしき小さなイスに座った。


 はて?

 身体を洗いたいですが、お湯を出す道具が無いですね。

 何処にあるんでしょうか?


 お皿洗いしたお店には水が出る道具があった。

 なので、この宿屋の浴場にもお湯が出る類いの道具があるのかなと思ったがイスと桶が置かれてる位で何も見当たらなかった。


 あ、これ水やお湯は湯船で汲む感じですか。

 ちょっと面倒ですね。


 流石にお湯が欲しい時に出せる様な道具が浴場に設置されてる事は無かったようだ。

 一々湯船で汲み上げないといけないのはちょっとめんどくさい。


「自分で出すとしましょう」


 なので、パパッとお湯を生み出し桶へと注いでいった。


 フフン♪

 先ずは~髪の毛から~


 肉体を殺されて肉体を一から創ったので特段髪の毛が汚れてる訳ではない。

 それでも、百年以上もお風呂へはいれず当然髪の毛も洗えなかった日々は記憶に鮮明に残っており実は内心嬉し涙を流しそうな位嬉しかったりする。


「あぁぁ~気持ちいいですぅ~」


 桶のお湯を頭から被って髪の毛を濡らし持ってきたお風呂セットの内の髪の毛を洗う用の石鹸を泡立て髪の毛をワシャワシャと洗っていく。

 久々の髪の毛を洗えるのもそうだが、髪の毛を洗いながら頭をモミモミと程よく刺激するのがマッサージしてるみたいで気持ち良い。

 今自分の顔がふにゃ~と気が抜けて緩んでるのが鏡を見なくても分かる。

 このまま頭をモミモミしていたいが、あいにく自分の髪の毛は少々長い。

 シャスティルは名残惜しく思いながら頭から手を移動させ他の箇所の髪の毛を洗っていった。


 毛先まで洗えましたね。

 流しましょう。


 髪の毛の毛先まで洗えたのを確認し今度は桶ではなく頭上へと直接お湯を生み出し泡を流していく。

 これが桶に一々お湯を汲んで泡を流していたら泡を全て流し終えるのに時間が掛かっていた事だろうが、直接頭上からお湯を生み出して被り続ければあっという間。

 たった数分でシャスティルは髪の毛の泡を流し終える事が出来た。


 さて、後は身体を洗えば待ちに待ったお風呂です。

 早く洗ってしまいましょう!


 再び桶にお湯を注ぎ入れる。

 そして、お風呂セットの内の一つの小さなタオルを桶のお湯で濡らして身体を洗う為の石鹸で泡立て身体を洗い始める。


 こうして身体を洗えるのも久々ですね~。


「フンフンフフ~ン♪」


 腕、肩、首と優しくタオルで撫でる様に洗っていき同じ様に胸、お腹と順番に身体を洗っていき全身を洗い終えると桶のお湯で身体の泡を流す。

 これでようやく念願の湯船へとはいる事が出来る。


 いざ、入浴です!


 ぴょん!と跳んで湯船にダイブ!

 なんて事はせず、普通に湯船にはいって肩までお湯に浸かった。


「はふぅ~~気持ちいいですぅ~」


 身体がお湯に包まれじんわりと温まっていくのが心地よい。

 シャスティルは、心地よさにポケ~としながら湯船のへりに後頭部を乗せると目を瞑り今日あった出来事を振り返った。


 本当、今日だけで色々ありましたね。

 肉体を創って蘇って異世界に転移して他所の管理者の神と顔合わせして町の出店で沢山の串肉、蒸し芋、パンや果実水を買い食いしてお店で肉野菜炒めと野菜スープを食べて皿洗いして。

 ……あれ?

 もしや私、今日食べ物を食べ過ぎでは?

 い、いえ、久々に思う存分ご飯を食べれるんです。

 少し景気よく沢山食べても問題無いですよね。

 うんうん!問題無し!

 自由なフリー女神になれた記念です記念!

 だから問題無しです!


 少し1日で食べ物を食べ過ぎたのでは?と思ったが、フリー女神になった記念と正当化した。


 あ、そういえば。


「次から食べ過ぎは気を付けましょう」と反省してポケ~としてると、ふとある事を思い出した。


 あの男神の神域から転移した後にこの世界の空間に歪みを感じましたけど、一体何だったんでしょうか?

 何と言うか転移による空間の歪みに似てましたけど、この世界の人間達が空間に作用する大きな魔法でも行使したんですかね?

 権能で【遠視】と【盗聴】を使えば調べる事が出来ますけど、別に神力を消費して権能を使ってまで知りたいわけでもないですし、まぁ、気にしなくてもいいですかね。

 別に私はこの世界の管理者の神でもないですし。

 ………ん?


「別にいっか」と気にしない事にしたシャスティルは、両手を伸ばして「ん~~ッ」と伸びをすると自分を見てくる視線を感じた。

 自分を見てくる視線を辿ると、そこには湯船に浸かっている宿泊客の女性の三人。

 三人は、何故か一ヶ所に集まって此方をチラチラ見てコソコソと小声で何か話していた。


 え、な、何?

 何です!?


 何で自分をチラチラ見てコソコソ話してるのか意味が分からない。

 自分は普通に湯船に浸かってのんびりしてるだけ。

 注目される様な事は何もしていない。

 なのに、今も三人が此方をチラ見してコソコソ話しているので酷く困惑する。


 もう、訳が分からないですーーーー!!


 意味が分からないし視線を向けられる居心地の悪さに堪えきれずシャスティルは、ザバッ!と湯船から立ち上がり、ぴゃ~~と浴場から駆け足で飛び出した。

 そして、脱衣所で身体の水気をタオルで拭くと新しく服を創って着て部屋へと戻っていきその日は眠りにつくのだった。


 ・

 ・

 ・


「さっきの子、綺麗だったわね」

「そうね、貴族のお嬢様かしら?でも、ここって高級宿じゃないし。貴族ではないのかしら?」

「急に駆け足で出ていったけど、どうしたんでしょうね?」


 湯船に浸かっている女性の三人は、浴場から駆け足で出ていったシャスティルの事を不思議に思いながら話すのだった。


 ※※※※※


 翌日


「んぅ~………ぅ? あさ?」


 朝日がのぼり部屋の窓から射し込む陽光の温かさでシャスティルは目を覚ました。


「ふあぁぁ~~~ぁぅ…………えへへ、沢山寝れましたぁ~~最高ですぅ」


 長い年月まともに寝れなかったので、こんなに満足いくまで寝られるのは心の底から幸せである。

 管理者の神ではなくフリーな女神となったこれからは、今日のように満足いくまで寝る事が出来る。

 本当、最高だ。


「んん~~ッ……え~と、確か」


 ぽや~としてる頭をフルフルと振って目覚めさせ思考を働かせる。


「宿に払ったお金は一泊分だけでしたっけ?今日は泊まれませんし宿代のお金を稼がなきゃですね。昨日助けた女性からお金を稼ぐ方法を聞きましたしそこに行ってみましょう」


 そうと決まれば即行動開始。

 シャスティルは歯を磨き、顔を洗い、髪の毛を整えて身嗜みを整えると部屋の鍵をカウンターの従業員に返し宿をあとにした。


「ぅぅ~ちょっとお腹が空きます。けど、お金の偽創は駄目ですし我慢しなきゃ。……え~と、確か大通りを進んだ先でしたっけ?」


 お腹が空くのを我慢して昨日女性から聞いた誰でもお金を稼ぐ事が出来る方法。

 それを取り仕切ってる場所を女性から聞いてたので、女性の話を頼りに目的地を目指して歩いていく。

 そして、歩く事しばし、目的地らしき建物が見えてきた。


「あれでしょうか?」


 見えたのは大きな建物。

 多くの人間達が建物を行き交い活気に溢れてる光景が広がっている。

 何より目を引かれるのが、行き交う人間の多くが武器や防具を身に付けている事。

 そんな人間達の姿が何よりも特徴的でシャスティルの目を惹き付けた。


「これが冒険者組合、ギルドとも言うんでしたっけ?その建物ですか。大きいですね」


 ここで冒険者として登録する。

 そして、登録した冒険者が受けられる依頼を達成すればお金を貰えると女性は言っていた。

 登録するのに年齢制限があるらしいが、自分は人間なら20歳前後位の見た目をしている。

 なので、年齢制限は大丈夫なので問題無く登録出来る筈だ。


「さて、お金を稼ぐ為にも早く登録しにいきますか」


 お金を貰う為には依頼を達成しないといけない。

 依頼がどんなモノなのか知らないが、冒険者というものが自分の管理していた世界のハンターや傭兵と呼ばれる存在と同種のものなら魔物を討伐したり厄介事を解決するのが仕事だ。

 だとすれば、依頼は達成するのに時間が掛かる内容だと思われる。

 だったら少しでも早く登録して依頼を受けないと依頼内容によっては直ぐに日が暮れてしまう事だろう。

 それでは宿に泊まれず野宿する羽目になってしまう。

 それだけは絶対に駄目だ。

 私は、ふかふかのベッドでぐっすりと眠りたいのだから!


 別に、お金を稼ぐ方法は冒険者組合の依頼だけって訳ではないんですけどね。


 女性から聞いたお金を稼ぐ方法は何も冒険者組合の依頼だけではなかった。

 普通に何処かのお店の従業員になって働く。

 その為の仕事先の候補も女性は幾つか教えてくれた。

 しかし、何分お金が全く無い身なので即日でお金を稼ぐ必要があった。

 あまり女性は私が冒険者組合に行くのを進めなかったが、依頼を達成すれば即日でお金を貰えるのは私にとって今一番ありがたい。

 なので、他の候補は今回は遠慮して冒険者組合に登録して冒険者になる事にしたのだ。


「うわぁ~やっぱり多いですね」


 建物へと入れば中は多くの冒険者と呼ばれている人間で一杯。

 壁際の沢山の紙が貼られている場所や受付のカウンター、商品を売買している建物内の店、飲食を食べるテーブルと様々な場所でガヤガヤと騒いでいた。


「賑やかですね~。え~と、登録は……受付のカウンターですかね?」


 キョロキョロと建物内を見渡すが、特に登録専用の窓口的な場所は無い。

 なので、多分だが受付カウンターで登録も出来るのだろう。


 ちょっと受付カウンターに並んでる冒険者の人間が多くて長い列が出来てますが、こればかりは仕方ないですね。

 少し時間が掛かりそうですが我慢して並んで待ちましょう。


 そうして、シャスティルは四つある受付カウンターに出来てる列の一つの最後尾に並んだ。


 それにしても、また見られてます。

 昨日もですけど、何で私見られてるんでしょうか?


 そして、周囲からチラチラと向けられる視線に若干の居心地の悪さを感じながら順番が回ってくるのを待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る