第3話 森の奥にある家

「そうは言うけど俺魔法なんて使ったことないし、もちろん使い方も知らないけど?」


 ケット・シーはその言葉を待っていたのか、


「わかってる。だから私が黒猫の時のご主人様だったリンドをばっちりと鍛えてあげるわよ」


 妖精に鍛えて貰える。何か強くなりそうだなとは思ったが。


「鍛えてくれるってのは嬉しいが具体的にどうするんだ?街の中で今の姿を表したら大変なことになるよ?」


 リンドの言葉に自分に対する気遣いを感じるケット・シーのミー。そう言うところが妖精から好かれるのよと、これは口に出さず、代わりに、


「街の外に住んでみたら?森の中にある家で生活するの。大丈夫よ私が結界を張ってあげるから。そうして誰も見てない場所で私が魔法や武術をばっちりと教えてあげる」


「魔法はありがたいが武術?」


「そう。一人で生きていくのに魔法だけでは倒せない敵もいるでしょ?だからそっちも鍛えてあげるわよ」


 いまいち現実味の無い会話をしている感じもするが、目の前にいるのは間違いなく妖精のケット・シーだし、彼女がそう言ってくれるのならまず他の人が経験できない事をするのも悪く無いかと思い始めたリンド。何よりソロで活動できるということはパーティを組まなくても良いということだ。覚悟を決めると


「確かにそうだ。じゃあミーの言う通りにしてみるよ」


「ほんと?じゃあ明日ジョブを賢者にしたらすぐに街を出るわよ。そうそう手ぶらでいいからね」


 そう言うと目の前のケット・シーがまたポンと光に包まれて元の黒猫のミーに戻ってリンドに抱きついてきた。猫を肩に乗せて街の中の定宿に戻る道を歩きながら


「猫になるとしゃべれないのか」


「そんなことないわよ?」


 耳元で突然言われてびっくりして立ち止まるリンド。ミーは続けて


「人がいる時は黙ってるわよ」


 そうして宿に戻って1年程住んでいる部屋に戻ってきた。そこで女将さんに今日Dランクになったんで明日ここを出て行くよと話をすると、


「よかったね、頑張るんだよ」


 と声をかけられて自分の部屋に入ると猫のままのミーがリンドを見て


「私がケット・シーだってのは周りには内緒よ?」


「わかってる」


 そう言うと黒猫のミーはベッドの下に潜り込んでいった。



 翌日宿をチェックアウトし、ミーを肩に乗せて宿を出たリンドは朝一番にギルドに顔を出した。受付にいた受付嬢に近づくと、


「ジョブが決まったので登録をおねがいします」


 受付嬢はマリーといい、長くこのギルドに勤めている、いつも薬草を持ち込んできていたリンドの顔を覚えているので、


「じゃあジョブを聞いてからそのジョブでのランクDのカードを作りますね。それでジョブは?」


「賢者で」


 その言葉にびっくりする受付嬢のマリー。


「賢者?いいんですか?賢者で? 本当にいいんですか?決めると変更できませんよ?」


 考え直したら?という意味のことを遠回しに言ってくるが、リンドは、


「ソロで活動するから賢者で頼む」


 ソロと聞いて納得したのか、マリーはそれ以上は言わずにギルドカードを更新すると、


「はい。これがランクDのカードです。ジョブは賢者になってますから。無くさない様にね」


 新しいカードを受け取ったリンド、カードを見てから顔を上げてマリーを見て、


「ところで教えて欲しいんだけど、ランクDになってギルドのノルマってのはあるの?」


 リンドの質問にマリーは、


「そうですね。ランクDの場合2ヶ月間ギルドのクエストを全くこなさないと冒険者権利が剥奪されます。参考までにランクCは3ヶ月、ランクBは半年、ランクAは1年、そしてランクSになるとノルマはなくなります」


 これは高ランクになればなるほど長期のクエスト、遠い場所の探索やあるいは護衛クエストで長期間不在になることがあるかららしい。


 その他説明を聞いたリンドはマリーに礼を言ってギルドを出てミディーノの城門から外に出ていく。


 外に出て歩き出すと周囲に人がいないのを見たミーがリンドの肩に乗ったまま耳元で、


「2ヶ月か、じゃあ2ヶ月に1度は町に戻ってクエストこなしたらいいわね」


「そうなるな。資格は失いたくないからね。ところで俺本当に手ぶらで何も持ってないよ?魔獣に会ったらどうするんだ?」


 黒猫を肩に乗せてあるいているリンドは薬草採りの時の格好で普通のシャツにズボン、そして腰に薬草を切り取る使い古した短剣があるだけだ。


「大丈夫だって。私に任せておきなさい」


 リンドが冒険者になったミディーノの町はカールスタッド王国の領内で中央よりやや南西にある町だ。カールスタッド王国はこのリレストレム大陸の東南部分を支配している大国でその王都であるデュロンは国内の北にあり、南にはハミルトンという辺境領最大の都市があり、ちょうど王都とハミルトンを繋ぐ街道の中間辺りに位置する。国内最大の街道の1つでもあり道幅は広く、そして定期的に冒険者が街道を見回りしているので安全な道だ。


 時々商人らしい人達とすれ違いながらミディーノの街を出て街道を南にしばらく歩くと道が2つに分かれている。左に行くとそのまま辺境領のハミルトンに向かう道だ。リンドはミーが言ったとおりにこの分岐を右に曲がると今度は西に伸びている道を歩き出した。この道はメインの街道ではないのですれ違う人もほぼいなくなり、肩にミーを乗せたリンドだけがその道を歩いていく。


 リンドは黒猫のミーが言う通りにしばらく道を歩いて陽が西に傾いてきた頃


「こっちよ」


 その声で道から横に逸れると低い山の森の中に入っていった。今までは街から精々2、3時間の距離にある森の中で薬草の採取をしていただけなのでこの辺りは初めてだ。段々と暗くなっていく中森の中を歩くリンドとその肩に乗っている黒猫のミー。


 低い山の森を越えるとまた低い山だ。山は奥に行くほど木々が高くなって視界がかなり悪くなっている。しかし一方で高い木々があるせいか低木があまり生えておらずに歩きやすい。2つ目の低い山を越えるとその奥は広大な森が広がっていた。その森の中を歩くリンドと黒猫。


 そうして丸1日ほど歩いて陽がどっぷりと暮れた真夜中過ぎ、


「ここよ」


 そう言ったミーの前には小さな広場があった。広大な森の中だがその一帯には木は生えておらず近くを流れている川の水音が微かに聞こえてきている。既に周囲は真っ暗だが月の明かりで目の前の広場が見えているリンド。


「ここ? 何か広場みたいだ」


「そうよ、ちょっと待ってね」


 そう言うと肩から飛び降りたミーがケット・シーになると手に持っている杖を大きく振るとその広場に見事な平屋の一軒家が現れた。


 びっくりしているリンドの顔を見てしてやったりの表情のミー。


「ここはね、私の家なの。魔法で隠してたのよ」


「すごい魔法だな」


 リンドが感心していると先に家に入っていくケット・シーのミー。後に続いて中に入るとさらにびっくりする。ベッドやテーブル、生活に必要な設備が全て揃っているのだ。


「ここに住んだら?山の中の一軒家。人付き合いが苦手なリンド向きでしょ?」


 家の中を見てみるリンド。玄関から入ると広い居間、奥には部屋が3つある、寝室が2つあり、もう1つの部屋は何も無くてガランとしていた。そして風呂にトイレにキッチン。一通り見てから居間に戻ると居間に座っていたミーに


「ミーの家に住んで構わないのか?」


「私の家って言ったけそれだと語弊があるかな。私たちは妖精だから家という概念はないのよ。ただ人間社会で家というのがあるから真似をして作ってみただけ。だからこの家はリンドが使ってくれて全然構わないわ」


 家の中をもう一度よく見て感心していると、


「それからこの広場一帯に結界を張ってあるから魔獣はこの広場には入って来ないわよ」


 ミーの説明は言葉としては理解できるが、そのからくりというか仕組みについては全く理解できないリンドだが、どうやらここは安全な家らしいということはわかった。


「今晩はここでゆっくり休んで。あすから鍛錬を始めるから」


 リンドはまだ頭の中が混乱していたが、一日中歩き通して疲れていたのでミーの言葉に甘えて寝室の1つに入るとそのまますぐに眠りに落ちた。


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