第2話 黒猫は妖精だった

 数日後、街の周囲で夕刻まで薬草を集めてギルドに持ち込んだリンドは受付嬢から


「これでギルドポイントが溜まってランクDになる資格ができました。どうします?今からジョブ登録をしますか?」


「一晩考える。明日返事するよ」


「わかりました」


 そうしてギルドを出て宿に向かって歩く道すがらジョブをどうするかなと考えていると宿の前に黒猫のミーがいてリンドを見ると飛びついてきた。


「ミー、どうしたんだ?部屋に居たんじゃないのか?」


 飛びついてきた猫を抱きしめ、その背中を撫でているとリンドから地面に飛び降りた黒猫が目の前の常宿ではなく宿の横にある路地に向かって歩き出すが、数歩歩くと振り返ってリンドを見る。


「なんだ?付いて来いってことか?」


 ミーの仕草が気になったので後をつけていくリンド。そのまま路地を抜けてどんどん進んでいくと周囲に家や店もない草が生えている広場の様な場所に着いた。


 そこは以前は倉庫があったらしいがそれが壊されて以来何もないだだっ広い敷地になっている。その中を進んでいく黒猫のミーに続いていく。日が暮れてきて周囲はほとんど見えない中で黒猫が立ち止まると、


「どうしたんだよ?こんな場所に来て。何かあるのか?」


 リンドが黒猫に話しかけながらしゃがみ込もうとしたその時にボンと音がして黒猫の身体が光ったかと思うと次の瞬間には信じられない光景がリンドの目の前にあった。


 今まで一緒にいた黒猫が後ろ足2本で立っている。しかも大きさもずっと大きくなっていてリンドの背丈の半分くらいにだ。そして大きな目をぱっちりと開けてリンドを見ている。手、いや前足の左足には小さな杖を持っていた。


「やっほー」


「は?」


 目の前の猫が言葉を発すると間の抜けた返事をするリンド。


「うーん、この姿が本当なんだけど黒猫に慣れちゃったからか何か違和感があるわね」


 自分の身体を見たり、手いや足か?を動かしたりしながらぶつぶつと言っている目の前の立っている猫。


「お前、黒猫のミーだよな?」


 リンドがおそるおそると言った感じで話しかけると、


「そう。貴方がミーと呼んで可愛がってくれてたのは私」


「しゃべれるんだな」


「そりゃそうよ。黒猫は仮の姿でこれが本当の私だもの」


 まだびっくりしたままのリンドが目の前にいる立っている猫を見てふと思い出した。


「ケット・シー?」


「ピンポーン、大正解」


「ミーはケット・シーだったのか」


 ケット・シーとは悪戯が大好きな妖精だと本で読んだことがあると思いだしてそのことを言うと、


「妖精の仲間だってのは本当よ。でも悪戯好きってね、全部が全部そうじゃないのよ。人間だっていろんな人がいるでしょ?私の仲間にもいろんなのがいるの。悪戯好きもいればそうでないのもいる。一括りにしないで欲しいわ」


 人間がケット・シーを一括りにして評価しているのが気に食わないのかプンプン怒っている。それを見て慌てて、


「わかったわかった、悪かったよ。でどうして黒猫になっていたんだい?」


 リンドは広い敷地の中に放置してある大きな石の上に腰掛けるとケット・シーの方を向いて聞く。


「人間って面白いよね。いろんな人がいる。猫になって街に住んであちこち歩き回ってたら楽しかったよ。全く猫を無視する人もいれば、あっち行けと追い払われたこともある。中にはパンをくれた人もいたわ。そうやってこの街で人間を観察してたときにリンドが私を見つけたのよ。見たときにこの人はどうするのかなと思ったら稼ぎも少ないのに毎日食事をくれて、部屋に入れてくれたし」


「稼ぎが少ないって、まぁあってるけどさ」


 痛いところを突かれたとがっくりしていると、


「この1年近く、私は貴方を観察してたの」


 ケット・シーのミーは言葉を続ける。


「貴方って本当に欲がないのよね。冒険者になってもあくせくせずにソロでマイペースで活動してるし、金に汚いわけでもない。人との関わりを最低限にしようとしている。それでいて周囲に優しい」


「人は嫌いじゃないんだよ。ただ人付き合いは上手くないので自分のペースでのんびりできればいいかなと思ってるよ」


 その言葉にうんうんと頷くミー。


「それでね。このままずっと黒猫のままでいてある日ふっとリンドの目の前からいなくなってもよかったんだけどさ、せっかく毎日食事を貰ったお礼をしてあげないとねって思ったって訳」


「お礼?」


「そう。貴方ランクDになって明日ジョブの申告に行くんでしょ?」


 何で知ってるんだ?いや妖精だから知ってても当然かなどと思ったリンド。ケット・シーのミーは頷いているリンド見ながら、


「ジョブは決めると変更できないって知ってるよね。リンドが今後一人でのんびり生きていこうと思ったら一人で生活できるジョブにしないと」


 言われてリンドはなるほどと気がついた。


「で、ジョブは決めたの?」


「まだだ、適正もわからないしな」


「だと思った。だから私がケット・シーになったというか戻ったのよ」


 一体どういうことだと思っていると目の前のミーが持っている杖を一振りするとリンドの身体が一瞬光で包まれた。すぐに消えた光にびっくりしていると、


「貴方、相当魔力を持ってるわね。黒猫の時からそうじゃないかと思ってたけど今確認したら想像以上だったわ」


「俺が魔力を持ってる?」


 リンドは生まれてこの方魔力なんて物が自分にあるなんて思った事もなかった。冒険者ギルドに所属している精霊士や僧侶を見て格好いいなとは思っていたが。


「あるわね。それも相当ある。それに体力もまぁそこそこあるわ。こりゃ決まりね」


「決まり?」


「そう。貴方、”賢者”になったら成功するわよ」


「賢者?」


 またびっくりするリンド。賢者とは精霊士と僧侶の掛け合わせジョブで精霊魔法と強化、回復、治癒魔法が使えるハイブリッドジョブだ。ただ殆ど全てのパーティでは専門の精霊士と僧侶を置いている。この理由は賢者の場合相当の魔力の持ち主じゃないとすぐに魔力欠乏症になるからだ。そんな燃費の悪いジョブを仲間にするよりも精霊士、僧侶と専門職を仲間に入れた方がずっと戦いやすいというのが常識だ。従い今のギルドの中で賢者を選択するものは非常に少ない、レアなジョブという位置付けになっている。


「リンドのその魔力量なら余裕ね。普通に2つのジョブをこなせるわよ」


 あっさりと言うケット・シーのミー。

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