第8話 ゲームの世界に強制転移されたらチートもないしやってられないんだが~どうでもいいのでかわいい妹を救いにいきます~

「ねえねえ知ってる?」

「なになに~」

「めちゃくちゃ面白いゲーム出たんだって!」

「どんなゲーム?」

「RPGらしいんだけど、面白すぎて部屋から出てこない人が続出してるんだって~」

「やば~」


 クラスの喧騒は右から左へ。

 時間は過ぎていき、放課後。


「睦月」

「珍しいね、君から声かけてくるなんて」

「折角友達になったんだし、僕の家で遊ばないか?」

「……え、なに、怪しすぎるんだけど」


 僕だって本来なら睦月を遊びになんて誘いたくない。

 けど事態が深刻なだけに、人手が多いに越したことはない。


「おっと、心は読むなよ。その方が面白いだろ?」

「君にそれはもうしてないよ。まったく、私をたぶらかそうだなんて、嬉しいね」


 ふふっと笑いながら帰り支度をする睦月を横目に、ぶつぶつと言いながら藁人形を作り始めた取り巻きAとBのことは無視した。

 学校に藁持ってきてんのか。なんで。



   ☆★☆★☆




「それで、どういうことなんだい?」

 睦月を沙羅の部屋まで案内して招き入れる。

 本来なら沙羅の部屋になんて入れたくない……いや、この家にすら入れなくないんだけど。

 すると、ベッドの上で静かに眠るさやを眺め、睦月が聞いてきた。


「その前に一つ聞きたい。妹の身体に魂は入ってるか?」

「いや」

 と平然と答えてきたものだから肩を落とした。

 僕は身体の中に入っている魂の存在まで視えたりはしないから、もしかしたら、と思っていた程度だけど、やっぱりそうだったのか。


 昨日沙羅の部屋で突然物音がしたから見にきたら、さやは床に倒れていた。

 声をかけても起きなくて、さやの魂が抜けてしまったのかと疑った。

 けど同時に、大きくおかしな点があった。


 テレビに映ったゲームが一人でに動いている。

 それは二頭身のドット絵のRPGのようだったけど、動いている中心にいるキャラクターがさやだと一目で気づいた。

 気づくに決まっている。沙羅がどんな姿になろうと気づける自信がある。

 ドット絵で見る沙羅のモデリングが愛くるしくかわいかったのは当然として、状況から考えるにさやの魂がゲームに取り込まれているかのようだった。


 すぐに僕もゲームに参加しようと思ったが、流石に止まった。

 もしこれで僕が失敗すれば、永久に出られなくなる可能性がある。

 ゲームのキャラクタースロットは四つ。

 このゲームは四人用のゲームだ。


「で、私とゲームしようって?」

「そういうことだ」

「……バカバカしい」

 帰ろうとする睦月の肩を逃がさないように掴む。

「そういうなって! 友達とゲームだぞ、ほら。嬉しくないか?」

「……」


 振り返った睦月は僕を軽蔑するような視線で見詰めてくる。

 流石にこれじゃ乗ってくれないか……?


「べ、別に嬉しくないとか嬉しいとかじゃなくて、そういうのじゃないんだけどさ」

 ごにょごにょと口ごもり始めたから、こいつ本当にチョロいけど人生大丈夫かな、って少し心配になった。


「じゃあ仕方ないからしてあげるよ。ほら、どうしたらいいんだい」

「あー、ちょっと待ってくれ、もう一人来る」


 すると丁度よくインターフォンが鳴った。

 一階に降りて玄関を開けると、とても嬉しそうに、けれど恥ずかしそうに、緊張で顔を真っ赤に染めた女の子がいた。


「お、お招きにあずかり光栄です! 本日はよろしくお願いします!」

「い、いらっしゃい」

 この子は得意先の社長にでも呼ばれたんだろうか。まぁ、僕から彼女ーーさやの友達、夢ちゃんを単体で呼んだことはないから、変に緊張してしまってるんだろう。


 夢ちゃんは沙羅がさやとなってからも仲良くしてくれる友達の一人で、小学生の頃から僕とも付き合いがあるせいか、僕に変な憧れを抱いてしまっている子だ。

 今回四人ということもあって人数合わせに呼べるのが彼女だけだった。

 僕に他に友達はいないし。


 彼女は幽霊でもないし人外の能力もないし幽霊も視えたりしてないから、色々と話すわけにはいかない。世の中には知らない方がいいことはたくさんあるわけで。

 だから下手をすれば永久に閉じ込められる黙ってさせることに多少の罪悪感がないわけじゃないが、友達の沙羅を助けられるのならきっと許してくれるだろう。


 沙羅の部屋の扉を開けて夢ちゃんを中に入れると、夢ちゃんと睦月の目が合った。

 睦月には珍しくにこやかに挨拶をしなかった。

 そして夢ちゃんも緊張している様子ではなく、睦月を警戒しているようだった。

 なんか調子狂うな。



「というわけでこの超最新VRゲームをしようってことなんだけど、いいかな」

「は、はいっ! 楽しみです!」

「ゲームは好き?」

「はいっ! げ、ゲームが友達です!」


 なんでだろう、ボールが友達って聞くよりも不健全な気がしてしまうのは。


「なんでもいいよ、さっさとやろう」

 夢ちゃんが到着してからなぜか不機嫌な睦月が投げやりに言う。


「まぁ僕もどうしたらいいのかわからないけど、このキャラスロットに名前を入れてーー」

 その一瞬で視界が飛んで、僕は森の中にいた。

 沙羅の昨日の状況を考えると、現実世界の僕は今頃眠っているんだろう。

 手にはボロボロの剣が握られていて、防具なんてなにもしていない。

 この状態でスタートか。割とハードなゲームモードを想像する。

 それから暫く待ったけど二人は来なかった。

 ゲームを始めていないとは考えられないから、開始地点がランダムなんだろうか。

 仕方なく僕は一人で森を散策し始めた。

 とりあえずさやを探してみよう。


 初心者の森、とでもいうのか。

 出てくるモンスターはスライムとゴブリンばかりだった。

 スライムは言わずもがな、ゴブリンも雑魚モンスターとして設定されているようで安心した。

 最近の漫画じゃゴブリンは初心者冒険者の鬼門みたいな描かれ方してたりすることが多かったからな。

 ゴブリンにトドメをさして、頭の中でレベルアップ音が響く。

 レベルアップボーナスを振り分けながら思う。

 これ死んだらどうなるんだろう。

 でもまぁ、最悪の想像をしておくのが一番いいだろう。


 森を抜けると村があり、宿屋や装備更新ができることを考えると初心者の村なんだろう。

 武器屋に行って話しかける。


「やぁ、なにをお求めだい?」


 何度話しかけても同じ言葉しか返さないから、NPCなんだろう。

 それを見て、ますます死ねなくなった、と心に決める。

 その武器屋の店員は欠損こそないものの、幽霊と同じ視え方をしていた。

 おそらくゲーム世界の立ち位置として、さやにも夢ちゃんにも視えるだろうけど、このゲームの被害者なんだろう。

 宿屋に行って回復するも、ゲーム世界の時間は一分すら経っていなかったようだからおかしな感覚だ。

 ここで暫く二人を待つかどうか考える。


「兄さん、クエストはどうだい」

「クエスト?」

「もう姉ちゃんが先に一人で行っちまってんだけどな」


 さやだ。

 こんな状態なのに普通にゲームをしているらしい。

 二人を待っている暇はない。

 僕は急いでさやを追いかけた。




 そのクエストをクリアするもさやの姿はなかった。

 次の街に行って新たに聞きこむと、とあるクエストにさやが向かったと聞く。

 あいつ……楽しんでやがる。

 考えてみればさやを責めるのは間違っている。

 なにせあいつは今、初めて沙羅から解放されて生者と同じように生きているはずだから。

 この世界にいることが生きているといっていいのか悩むところだけど。


「はぁ」


 仕方ないか。

 振り回されるのは慣れている。

 それはかわいい妹を持った兄の唯一のスキルなのかもしれない。



 さやを追いかけて次の街へ進むにつれて、モンスターとの戦闘が辛くなっていく。スケルトン、ケンタウロス、コカトリス等々。

 段々とモンスターは強く巨大になってきた。

 だからだろう。

 何個目かの街で聞き込みをしていると、

「さっき姉ちゃんがクエスト受けて行ったばかりだよ」

 と有用な情報を得て走った。


 向かうとその討伐対象はちょうど戦闘中だった。

 人が立ち向かうには過ぎた象徴、神にも魔王にも設定次第で化けるだけの力がある翼の生えたオオトカゲ、ドラゴン。

 口から吐かれた炎の先には魔術師の姿をしたさやがいた。

 さやが張ったマジックバリアがドラゴンの炎で今にも割れそうになっている。


「さや!」


 急いでさやを抱えてその場を飛びのく。


「あ、にーに……なんでここにいるの……」


 さやは戦闘の疲弊か衰弱していた。

 あのクソドラゴンさやにこんな真似しやがってシチューの具にでもしてやりたいけど、正直勝てるかどうかわからない。


「お前こそなんでこんな先のステージにいるんだよ! 魂抜かれてんだぞ!」

「たま、しい……? あぁ、そうなんだ、ここ……ごめん。最新ゲームって凄いな、って、楽しくなっちゃってた」


 アホの子である。

 いや確かにこいつは幽霊なだけで、なんの力もないし沙羅の体の状況も知らないし。

 でも確かにこのご時世、ゲーム起動させたらゲームの世界に吸い込まれました、なんてゲームが発売されたら、死んでもいいからプレイしたいって人口が何億人といることだろう。


「馬鹿だな……ん?」


 さやを見て、なにか違和感が沸く。

 けれどその違和感の正体を探る暇はなく、ドラゴンが巨躯からは想像もつかない速度で飛んできて、勢いよく目前に立ち塞がる。

 いや、潰されかけたというべきか。

 風圧で吹っ飛び体勢が崩される。


「ゴァァァアァアァアアアアアアッ!」


 追いかけっこをさせられて怒り狂っているのか。

 爬虫類の眼がぎょろりと小さな虫けらを見つけ、開けた大きな口には炎が渦巻いていた。

 これは逃げようがないな。


「にーに……いっつもごめんね……」

「気にするな」

 さやの頭を撫でて立ち上がる。


 対峙してみてわかるが、まだ俺もさやもこいつのクエストは早いんだろう。

 守らなきゃいけない。

 どれだけ相手が強くたって、絶望的であったとしても。

 僕はお兄ちゃんだから。


 ただし、そんなものは希望的観測でしかないとドラゴン口内に溜まる炎の渦を見て汗が垂れた。





「お、お待たせしました!」

「こんなところにいたのかい?」


 ざっと横に並び立つ存在が二つ。

 一人は男なのか女なのか、性別不詳の忍装束を着た白髪。

 もう一人は真っ赤な顔でキョロキョロと居心地が悪そうにする、修道女。

 睦月と夢ちゃんだった。


「よかった。正直僕一人じゃやばかったから」

「ふふっ、弱気だね」

「大丈夫です! お、お任せください!」


 そして僕達は三人で――訂正。

 二人は各々協力することなく、一方的にドラゴンを屠った。

 その後の魔王を倒すまでの道に語るものはないのでダイジェストにしよう。


「わ、私がなんとかします!」

 夢ちゃんの足元に極大の魔法陣が浮かび上がってモンスターの大群は塵と化した。

「夢ちゃんかっこいー」

「えへ、えへへっ」

 これがゲームを友達と言った彼女の力なんだろう。その恐るべき攻略力は彼女をこの世界の鬼にするほどだった。


「ふんっ、あれくらい」

 睦月が一振りナイフを振るえば数千本のナイフが宙に現れ、無差別にモンスターを屠っていく。

「そんなジョブあったのか?」

「いや、私が考えたんだよ。格好いいだろう?」

 チートだった。

 そんなこともできるならゲーム参加しなくてよかったんじゃね、とか思ったけど睦月がそんな気の利いたことをしてくれるわけがない。


 それからもずっとそんな調子だ。

 どかーんと夢ちゃんが敵を爆散させて、ぐちゃーと睦月が敵を潰して、あれよあれよで魔王戦。


「グワァァァ」

 雑魚モンスターのように肉塊へと変わり果ててしまった魔王に同情する。いや、こんな危険な世界とはいえ、同情するのは製作者の方にだろうか。

 空にはゲームクリア、と花火が打ちあがり、眠るように意識が遠のいていった。




   ☆★☆★☆



 目が覚めると沙羅の部屋で僕とさやと夢ちゃんが眠っていた。

 やけに体が気怠くて、辺りを見回すと睦月が一人立っている。


「あれ……確か、ゲーム、して……」

 記憶が曖昧だ。

 四人でゲームをしていた、ってことは覚えてるんだけど。

 なんで睦月も一緒にゲームしてたんだ?


「おはよう。よかったね、偶然とはいえ私を連れてきて。いや、それともこれこそが偶然じゃないのかな。君の引き寄せる運命なのかもしれないね」

「また意味のわからんことを……」

「なんにせよ、私に感謝をした方がいいよ。まだおままごとを楽しみたいんだろう?」


 心底こいつがなにを言っているのかわからなくて、中二病を目の当たりにした母親の気持ちはこんなんだろうか、なんて。


「ふふっ、まぁ、いいけどね。それよりこのゲームは貰っていくよ。何度も遊びたいものじゃない」


 なんとなく、おぼろげにそのゲームが危険で大変な目にあった、ということだけは覚えていたから、そのまま睦月に任せた。


「それじゃあね。友達とゲーム、ふふっ。悪くなかったよ」


 がちゃり、と睦月は部屋を出て行った。

 あいつがなにを考えてるのか知らないけど、今回は助かったような気がするから、責める気持ちはなかった。


「ん、んん……」


 ベッドで眠るさやも目を覚ましたらしく、駆け寄った。


「大丈夫か?」

「……なにが?」

「……確かに。でもなんか、さやが心配だったんだ」

「あははっ。ばーか」

「お前が元気ならよかったよ」


 悪態をつくさやを見て、なにか大切なことを忘れているような気がしたけど、思い出せそうもないからやめた。

 きっと、忘れてしまうくらいなら、思い出さなくていいことなんだろう。


「あ、あ……」


 気づくと夢ちゃんも目を覚ましているようで、僕とさやを見て震えているようだった。


「おはよう。どうしたの?」


「お、お兄さんと、沙羅ちゃん……つ、付き合ってるんですか!?」

「なんでそうなるの」

「だ、だって、今の親密さ、兄妹って感じじゃない、です!」

「夢ちゃん、気のせいだよー」

「でも、でもっ……」


 混乱して目を回している夢ちゃんに困り果てる。

 ああでも、今回はこの子にも助けてもらったような気がするから、あんまり邪険にするのもよくないか。


「僕は彼女とかいないよ」

 そう言って、妹にするように夢ちゃんの頭に手を置いて撫でてしまった。

 小学生の頃から付き合いがあるから簡易妹みたいなところがあって、つい。


「は、はひっ」


 すると夢ちゃんは顔を真っ赤にして、頭から煙でも出しそうな勢いのまま、こてんと倒れてしまった。


「あーあ、にーに、責任とりなよー」

 とけらけら笑うさやを見て、僕はなんだか懐かしいなって。

 でも、なにが懐かしいかなんてやっぱりわからなくて、

「遠慮しとくよ」

 と答えておいた。



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