第6話 ???台目 輪廻する運命

「大人気シリーズ『転生したら勇者に? ボクの異世界ハーレム人生は止まるところを知らない』、略して『てんゆう』は、なんと早くも最新作が発売決定!」

 いつもの現実世界で、広場のとある本屋で飾られている巨大スクリーンはまたしても例のラノベのCMが流れている。

「主人公のいる世界に現れるはずのないトラックが、何故か主人公に急接近! トラックの運転手は、なんと現世からやってきた人間で、主人公との7年間の因縁が語られる! しかし二人は突如降りかかった危機で手を取り合い、憎き魔王との戦いが繰り広げられる! この戦いの結末は一体!?」

 何の変哲もない普通のラノベのCMだが、それをたまたま見たある人物が驚きの色を隠せなかった。


「う、うそだろう……ありゃ、この前にコンビニで一緒に飲んでた兄ちゃんじゃんか……」

 その人物は他の誰でもなく、以前虎久と一緒にコンビニで酒を飲んでいた時戸利 真九里だった。

「おれぁ夢でも見ているのか? いや、これはただの小説だ。きっとあの兄ちゃんをモデルにしてキャラクターを増やしただけかもしれん」

 最初こそはびっくりしたが、これは小説であることに気付いた真九里は、首を横に振って自分に言い聞かせる。

 しかし、そこで思わぬ人影が彼の前に姿を現す。


「いいえ、これは現実なのよ」

 突如真九里の前に、羽根の生えた女の子がどこともなく現れる。

「うお! は、羽根の生えた女の子……? 今日は妙な出来事ばかりが起きるなぁ……」

「貴方と飲んでいたあのお兄さんは、ただのキャラクターではなく、本当にあのファンタジーの世界に生きて、その主人公と一緒に英雄として尊敬されているわ」

「いやいや、そんなことあるはずないだろう」

 いきなり不思議な話を聞かされ、真九里は信じるはずもなく、ひたすら手を振って否定する。


「まあ、急にこんなことを言われても信じられないでしょうね。いいわ、これを見てちょうだい」

 羽根の生えた女の子は片手をかざすと、どこからともなく映像が流れる。そこに映っているのは、虎久と雄舎が仲良くモンスターを倒し、クエストをこなす様子だった。

「なんだこれは? 何かのマジックか?」

「いいえ、マジックなんかじゃないわ。ワタシが見た真実を捉え、それを記録した映像なのよ」

「こりゃ驚いた……まさかあの兄ちゃんは、本当に別の世界に行ったというのか! やはりおれの思った通り、ここ最近のトラック事故は、意図的なものだったな!」

「ええ、その通りよ。トラックで事故を起こし、あげくに殺人犯として蔑まれていたあのお兄さんが、今こうして英雄として崇拝されているのよ。羨ましいと思わない?」

「あいつ……! おれと同じひどい目に遭ってるから仲間だと思ってたのに、裏切りやがったな……!」

 虎久が自分よりいい暮らしをしていることを知った真九里は、嫉妬の念に燃え、血相を変えてしまう。


「そうよね、アナタを見捨てて自分だけがおいしい思いをするなんて、ひどいお兄さんね」

「で、おれに何の用だ? あいつにぎゃふんと言わせるために、相談を持ちかけてきたのか?」

「話が早くて助かるわ。でもそれだけじゃないのよ。ほら、これを見てみて」

 羽根の生えた少女はそういうと、もう1つの映像を流し始める。

「こ、これは……!」


 その映像を見た真九里は、再び目を見開く。そこにはとある少年が、ファンタジーの世界で様々な美少女に囲まれている光景が映っている。一見何の変哲もないただのハーレムだが、真九里にとっては信じがたいものだった。

「あ、あいつは……おれが以前轢き殺してしまったやつじゃないか! あの事故のせいで、おれぁ人生のどん底に落ちてしまい、就職も恋愛もうまくいかずにいる……! それなのにあいつは……!」

「許せないわよね、そういうの? 自分だけがおいしい思いばかりして、そのせいで人生が台無しにされたトラックの運転手は、何の報われもせず……」

「ああ……それにあの兄ちゃんもだ! 自分の人生をめちゃくちゃにされたにもかかわらず、何仲良しごっこしてんだ! 会えたら絶対一発ぶん殴って目を覚ましてやる!」


「じゃあ、今からあそこに送りってあげましょうか?」

「何!? そんなことができるのか!?」

 自分の夢が叶うと聞いて、動揺を隠せない真九里。

「ええ、もちろんよ。そのためにここに来たんだもの」

「こりゃありがてえ……! ところで嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」

「そうね……『瑠璃』、とでも名乗っておこうかしら」

「瑠璃ちゃんか。いい名前だな。もし再婚してまた娘が生まれたら、その名前にすっかな」

「あら、それは光栄ね。それじゃ、早速行きましょうか。アナタの復讐を遂げるために……」

 こうして、さっきまでコンビニの前で酒を飲んでいた真九里は、いつの間にか姿が消えてしまう……

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 トラックに轢かれた死んだはずの人間は、気が付いたらいつの間にかまったく知らない別の世界に転移され、今までにない勝ち組としての人生を歩むことになる。

 最初はただの都市伝説として語られる程度でしかならかったが、近年ではライトノベルの存在により大きく宣伝され、自分の惨めな人生を変えるために、それを真に受けて真似する人間もいる程に。


 しかし、彼らは忘れている。いや、考えたことすらないのだろう。

「事故を起こしてしまった運転者たちの行方どうなるのか?」

「一体どちらが本当の被害者なのだろうか?」

 本当に運転手の不注意ならともかく、わざわざトラックに轢かれるために曲がり角で飛び出す通行人は、トラックの運転手にとっていい迷惑でしかならないだろう。

 しかも皮肉なことに、どういう仕組みなのか分からないが、トラックに轢かれた人間たちは本当の意味で異世界で勇者や英雄としてのし上がり、彼らの生活はたまたまライトノベルという媒体で記録されたのだ。

 そう、まるでライトノベルの作家が天啓を受けたかのように。

 これはあくまで一種の仮説にすぎないが、異世界転生系のライトノベルの主人公たちの思いや魂が、ライトノベルの作家たちに取り憑いて、そこから作家たちがアイデアをもらい、次々と作品を作っていく可能性もあるかもしれない。


 さて、話を戻すが、事故を起こしてしまったトラックの運転手たちは、案の定自分の潔白を証明できるはずもなく、まして「死んだ人間が異世界で転生する」なんて話、現代社会では通じるはずもない。

 自分の人生が台無しにされ、行き場を失い、かといって普通の人間が異世界に行って復讐することもできない。まさに不幸の集合体である。

 そして各世界の魔王がそこに目を付け、自分が倒せなかった勇者や英雄を運転手の手を借りて倒そうとする。利害一致のため、断る運転手もいないはず。

 こうやって異世界で活躍する勇者や英雄がいる以上、復讐の連鎖は、まだまだ終わらない……

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トラック・リベンジャー ~運命に翻弄されし運転手~ 九十九零 @Tsukumo_Zero

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