二宮さんの丸眼鏡 🐕

上月くるを

二宮さんの丸眼鏡 🐕





 太平洋戦争の敗戦で大陸に置き去りにされた将兵や開拓民たちが引き揚げて来る。

 その船が着く港が京都の舞鶴にあり、突端に市営の記念資料館が開設されていた。


 仕事の関係でそこの館長を訪ねたのは東日本大震災のちょうど一年前の春だった。

 シベリア抑留や満洲開拓の資料を拝見したあと、案内されて館の横の坂を上った。


 絵に描いたように美しいリアス式海岸の若狭湾を見おろす小高い丘に『岸壁の母』の石碑があって「母は来ました……」の哀切なメロディが海に向かって流れていた。


 ポツダム宣言違反のシベリア抑留兵の慰めだった黒い犬が帰国する男たちを追って氷の海へ飛びこみ、はじめて日本の土を踏んで日本の犬になったのも舞鶴港だった。




      🚢




 もうひとつ、東京・新宿の戦争関連の記念館にもひとかたならずお世話になった。

 その両館が協力した映画が封切られたので、混雑がしずまったころに観に行った。


 主演の二宮和也さんの顔立ちには昭和戦前の丸眼鏡が似合いそうだと思っていたらこれ以上はないほどドンピシャリ、妻役の北川景子さんと似合いのカップルだった。


 じつはこの日、ほぼ同時刻に人気アニメ映画の監督の舞台挨拶があるというので、館内は珍しく女子高生でにぎやかだったが、戦争映画は中高年だけだった。(笑)




       🎬




 戦争をテーマにした映画はいくつも観たが、最も印象に残っているのは五味川純平さん原作の超大作『人間の條件』で、浅草の映画館で、全三作を丸一日かけて観た。


 主演の仲代達矢さんが濃い髭面で吹雪を彷徨しながら懸命に妻の名を読んでいた。

 妻を演じたのはたしか新玉美千代さんだったか、古風な顔立ちの女優さんだった。


 全三作一挙公開は同作封切からだいぶ経ってからで、橙子さんは二十代半ばごろ。

 いくら若くても六時間余り座りっぱなしは、相当にきつかったような記憶がある。




      🌏




「戦争というのは、ひどいものだなあ」は、英語もロシア語も堪能、アメリカ民謡を愛唱し俳句もこなす『ラーゲリより愛を込めて』の主人公が臨終近い床で呟く言葉。


 裏返せば「ひどくない戦争」などないのだが、敗戦国日本の捕虜を集団で拉致し、極寒の地で強制労働につかせたソ連兵の粗暴が、現在のロシア兵に重なって見える。


 歴史小説の大御所・海音寺潮五郎さんは「戦地で培われた人間の獣性は、そう簡単には消滅しない」と書いているが、あの冷徹がウクライナにと思うと、ゾッとする。




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