革命の足音

「お呼びでしょうか、お父様」


 地下牢を出たコーネリアはそのまま執務室へと直行し、扉を開く。そこには椅子に座った父デロルが待っていた。


「ただいま戻りましたわ、父上」

「……またに構っていたのか?」

「えぇ、まだ口を割らないのですけれどね。本当に強情な娘だこと」


 コーネリアはわざとらしく肩をすくめる。そんな彼女の様子をしばらくじっと見つめた後、デロルは口を開いた。


「結構なことだ。しかし――そのもしばらくお預けかもしれんぞ」

「どういうことですか?」


 父の言葉に、コーネリアは目を細め問い返す。その問いにデロルが答えることはなく、その代わりとして渡されたのは新聞らしき紙の束であった。コーネリアはそれを受け取ると、軽く目を通す。


 それはルスターでも最大手の新聞社の朝刊だった。見出しにはデカデカとした文字でこう書かれている。


"『革命軍』、王都を占拠!王都警備隊も合流か"


「お前も話は聞いているかもしれないが、つい先日起きた暴動がここまで拡大したらしい。今は王都周辺だけに勢力が留まっているが、地方へと波及するのは時間の問題だろうな」

「我が領にも……ですか」

「あぁ、その通りだ。既に王国政府からはこの"革命軍"とやらの討伐のために各領に兵を出すことを要請している。この反乱軍は、平民の権利を保障するなどと抜かしているそうだ」

「なんと馬鹿げた主張を……偽善者気取りの屑共ですね」


 コーネリアはあり得ない、といった様子で首を横に振る。彼女の反応は、少なくともこの国の貴族令嬢の反応としてはごく自然なものであった。


「違いない。しかし困ったことに、その主張を信ずる平民が多いのもまた我々が直視しなければならない事実だ。現に革命軍とやらの主張に感化された貴族の一部が民衆を煽動し、挙兵するという噂もあるくらいだからな。恐らく、この反乱は鎮圧されるどころか拡大の一途を辿ることになるだろう」

「……考えたくもない未来ですわね」

「全くだ……話が逸れてしまったな。ともかく、この国が危機にあるのは理解したと思う。そして王国の危機はそれすなわち我々の危機と同義でもある。恐らくは杞憂には終わると思いたいが――我が侯爵領も革命軍とやらの襲撃に遭うかもしれん。そうなった時のために、コーネリア。お前には外国へと赴いていてもらいたいのだ」

「外国に、ですか?一体何故……」


 突然の父の提案に、コーネリアは思わず聞き返してしまう。


「お前もそろそろ嫁入りさせても良い年頃だ。お前には言っていなかったが、ヴィルバス帝国の伯爵家からの縁談が来ているのだ」

「ヴィルバス……ヴィルバスですか」


 父の言葉に、コーネリアの目が鋭くなる。ヴィルバス帝国は、ルスターの隣国であり――同時に、長い間ルスターと対立する仮想敵国である。国境北部のラダニア地方をはじめとする多くの紛争地帯を抱え、過去には周辺諸国を巻き込む大戦争をやったことも一度や二度ではない。


 国交断絶などをしているわけでもなく、両国間で貴族の婚姻などは行われているとはいえ、そのような関係の国からの縁談となれば……


「あまり愉快な縁談ではなさそうですわね」

「しかし、王国が政情不安となっている今、この提案は受けておくのが良いだろう。万が一に備えて、お前は他国へと避難しておくのだ。形式的には亡命に近い形になるが……先方は身の安全を保障してくれると言っている。悪い話ではないはずだ」

「……分かりましたわ、お父様。しかし、お父様とアンはどうなさるのですか?」

「私は残る。侯爵家の当主として、領民を守る義務があるし、私がいなければロシェミエール州軍は動かん。国王陛下から与えられた使命を放棄することは出来んよ」


 デロルの言葉に、コーネリアは小さく息を吐いた。ルスターには国王直属の常備軍と、各貴族が保有する地方軍である州軍が存在する。州軍は政治単位としておかれた『州』に合わせて編制され、各州で最も高位の貴族が州全体の貴族軍をまとめて指揮するという体制が取られている。そして、ロシェミエール州においてその任に就いているのがフローリア侯爵家なのである。


 故に、王国を揺るがす反乱がおきている現在、ロシェミエール州軍の司令官であるデロルがここを離れることはできない。


「分かりました。ではアンは?」

「個人的にはお前に同行させたいが……あの子は既にフォンテーヌ公爵家との縁談が決まっている。さすがにヴィルバスへと送り出すことはできない。それに……」

「それに?何でしょうか?」

「……いや、何でもない。兎に角、出発の準備をしておけ」


 デロルは言葉を濁すと、コーネリアに背を向けた。その背中を見つめながら、コーネリアは退出しようとする。しかし、彼女はドアに手をかける寸前に、あることを思い出し振り返った。


「そういえば、あの死にぞこないマリアはどうするのですか?今までは遺産の在処を喋らせるために生かしていましたが、もうそんな時間的余裕はないように思いますけれど」

「まだ処遇は決めん。"革命"とやらが不発に終わる可能性もまだ残っている。それまでは生かしておいてやるつもりだ」

「……分かりました。それでは失礼しますわ、お父様」


 コーネリアは今度こそ部屋を後にする。廊下を歩きながら、ふと窓の外を見ると、曇天模様であった空からは小雨が降り始めていた。


――――――――――


 フローリア侯爵家にてコーネリアの出国が決まった、ちょうど同じ時。フローリア侯爵領都兼ロシェミエール州都であるメンヒルの外れに置かれた州軍駐屯地にて。


「州軍司令部に潜伏している同志から連絡が来た。我々ロシェミエール州軍第11師団は首都を占拠している革命軍同志が西部地域に進軍し、デロルのクソ野郎が出撃を命じたタイミングで反旗を翻す」

「少将閣下、第22師団の同志とも連携が取れています。師団長以下の師団司令部の出方は分かりませんが、第66連隊と第87連隊は少なくともこちら側に付くことになっています」

「結構。引き続き師団内の同志とコンタクトを取り、万事抜かりないように準備せよ。我々はあくまでも州軍としての体裁を保ちつつ、ロシェミエール州の政権を奪取し、この地を革命根拠地とするのだ」


 駐屯地に設けられた小部屋の中で、州軍将校の衣装を身に纏った2人の男が会話をしていた。一人は壮年の男性であり、その顔立ちは厳格そのものといった感じだ。短く整えられた頭髪には白髪が混じり始めており、目つきも鋭い。


 もう一人は彼よりも相当若いであろうと思わせる青年士官であった。それぞれの肩には、彼らが少将と少佐であることを表す階級章が付けられている。


 革命はいよいよ国家を守る軍隊にまで浸透し、地方に駐屯する州軍に至っては彼らのような高級将校にすら及んでいる。建国以来500年の歴史を誇るルスターの実情は、身中の虫によって体を食い荒らされる瀕死の獅子であった。


「悲願の時は近い。幾代にも渡って虐げられた民を救い、我々の手で新たな時代を作るのだ」

「はい、必ずや。この命に代えてでも成し遂げて見せましょう」

「うむ」


 若き軍人の決意の言葉を聞いた壮年の男は満足そうに微笑み、鷹揚に肯いた。彼が革命運動に身を投じて、はや10年近くが経つ。その間にも多くの仲間が王国官憲の手によって斃れ、あるいは民衆の理解を得られずして志半ばで倒れていった。


 だが、彼らはついにここまでたどり着いたのだ。あともう少しなのだ。王国という巨大な獅子を倒すための武器は、既に彼らの手の中に握られている。首都占拠から始まるこの動乱は、『革命』として歴史に刻まれなければならない。


「我らは祖国のために。わざわざ呼び出してすまなかった少佐。もう下がって良いぞ」

「はい、ではこれで失礼いたします」


 敬礼をした後、青年は踵を返して部屋を出て行った。その足音が遠ざかり聞こえなくなったところで、壮年の男は椅子から立ち上がる。


 ロシェミエールを、そしてルスターを焼き尽くす革命の火の手は、すぐそこまで迫っていた。

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