第31話 戦場は無慈悲を突きつける

 基礎から解放学を用いて作られたバイクが、悪路を疾走する。とは言っても、その半分のスペックすら発揮してはいないのだが。

 同時に望まれた機能を使っているとも言えないだろう。

 これが“解放学兵器”として設計されたものであることは事実だが、本来は取り付けられる砲撃システムすら無い状態では“兵器”とすら言い難い。これではただ運送量の少ない乗り物だ。

 しかし今だけは、それだけで十分。

 砲撃システムの代わり……否、上位互換が搭乗者なのだから。


「セット。フルアタック」

 

 冷静な言葉と共に、『複雑弾道光弾コンプリケイテッド・バリスティック』が機能する。

 現れては放たれる光弾。バイクの通った軌跡から順に複雑軌道を描く閃光は、一種幻想的芸術にすら見える。

 あるべき軌道を描いて魔獣へと殺到する光の知恵の輪。解かれることなく消えていく一瞬の残像。

 尤も、それらの存在理由が殺害であるのだから、死の芸術とでも表現すべきかもしれないが。

 リアム本人は、そんなものには一切の興味がないようだ。

 如何に魔獣の足止めができるのか。求められるのはそれだけ。

 いくら自身の解放力とはいえ、ここまで“道具”として見られるのはリアムぐらいのものだろう。


「……使いずらいな」


 ただし問題もある。

 『複雑弾道光弾コンプリケイテッド・バリスティック』の機能するのは、リアムを中心に約300メートルの距離まで。なのにモンスターバイクは少し加速するとすぐに魔獣から離れるのに加え、高速状態での旋回を可能にする機能は低速では回り過ぎてしまう。

 そんなバイクを操作しながら大量の弾道を観測し続けるのは、リアムを以てしても余裕があるとは言い難い。


『リロード完了! 位置も問題なし!』

「こちらも離れた」


 背後から響いた激音と魔獣の叫び。

 全長4.3メートルのスティンガーパイルの威力にも、そろそろ慣れてきた。

 自衛隊は何と戦うことを想定してこんなものを開発したのか。今回レベルの魔獣でなければ、完全に宝の持ち腐れである。

 リアムは無駄な思考を切り捨てる。そんなこと考えていては、今この瞬間に死んでもおかしくはない。


『衝撃波の兆候!』


 魔獣の放つ極大の衝撃波。今成り立っている有利を覆されるとしたら、そのファクターはそれに違いない。

 旧前線を完膚なきまでに破壊し尽くした魔獣の武器だ。この距離ではバイクは無事でも、リアムの肉体は破裂してもおかしくはないだろう。

 茜ならばスコア4で耐えることは可能ではある。だが生憎リアムは、スコア4なんていう超人の領域には、そう易々と足を踏み入れられない。


「隙が生まれるな」


 リアムはバイクを魔獣に近づける。

 甲高い音が響き始め、頭が痛む。この音が高まり、最終的には衝撃波になるのだ。

 衝撃波は近づけば安全というものではない。接近は自殺行為に思える。

 しかし、リアムはこれが最善であると知っている。

 リアムでは止められない。

 茜でも止められない。

 日本支部の砲撃でも止められない。

 だが、彼女ならばできる。イギリス支部と共に後方で備える彼女ならばそれが可能なのだ。

 の中身がなんであれ、齎される結果だけは確かなのだから。

 魔獣がリアムを狙い衝撃波を——


 バキンッ!!


 ——魔獣の顔を、突如として現れた結晶が覆ってしまった。

 衝撃波は頭部から放っているようで、甲高い音は止まってしまう。

 すぐにガラガラと音を立てて破壊された結晶だが、役割は果たした、と蒸発していった。

 作られた隙をリアムは無駄にしない。

 スティンガーパイルのリロードはまだ完了していない。時間稼ぎの為に、光弾で魔獣を引きつけなければならないのだ。

 光弾を放ちながら、リアムは自分達の指揮官に感謝の念を送った。





     †††††





「ベストショットだ! 素晴らしいビューディフォー!」


 テンション高めではしゃぐオリヴィエの声を聞きながら、真宵は次への準備を始める。

 ボルトハンドルを起こしてボルトを回転させた後ボルトを後ろに引き薬室を解放し、排莢。

 弾を込めた後にボルトを前方に押し弾薬を薬室にシュート、ボルトハンドルを倒してボルトを回転させ薬室を閉鎖する。装填完了。

 回転式ボルトアクション方式と言われるタイプだ。

 ひとまず、“待ち”の状態へは持っていけた。


「見事な腕だ。オペレーターはともかく、ティーチャーの練度じゃないな」


 感心と疑念を半々に宿した目を向けるエイブラハムに、真宵は淡々と答える。なお、エイブラハムは寝転がっている。


「この程度ならば上はいくらでもいる」

「実感が籠っているな。言っておくが、俺は当てられる気がしない」

「900メートル先に当てられれば十分だ。そう思うだろう、エイブラハム」

「……何処で知ったのか。どのみち君レベルには太刀打ちできないさ。あと、エイブと呼んでくれ」


 まいった、と両手を挙げるエイブ。目には鋭い色が見えた。

 しかし真宵は命の恩人、下手なことは聞かない。エイブなりの誠意の形だ。そしてエイブは寝転がっている。


「しかしそんな古い名品が未だに使えるとは、何処で訓練したんだ?」


 伏射プローンポジションの体勢でスコープを覗きつつ、真宵は少し考えるように間を空けた。


「……ちょっとした(電脳)空間でな。(チート)能力者までいるバトルロイヤル。遊戯ゲームとはいえ、正直生き残れたのが奇跡だったよ」

戦闘訓練ゲームか……。君以外の奴は何処に行ったんだ? 相当な腕だろうに」

「言っただろう、バトルロイヤルだと。キャラ喪失ロストだ」


 エイブは言葉を失い、オリヴィエさえも口を噤む。

 死亡ロスト、確かに真宵はそう言った。

 それはつまり、“バトルロイヤル”の言葉通り行われたのは“殺し合い”ということ。真宵が『生き残れたのが奇跡』と言ったのは、何の比喩でもなく真実だったということだ。


「幸いにもプレイヤーはいくらでも補充できる。今この瞬間でさえな。故に、あそこは廃れることはない」


 世界の闇を煮詰めた地獄が、確かに真宵の口から語られたのだ。


「私もよく死んだものだ」

(あのFPS鬼畜だからなぁ。三回死んだらキャラロスとか運営ふざけてる)


 うん真宵さんや。今この場に自分以外のゲーマーがいないことを自覚しようか。


「メロッダ、カシウス、絶影、ブロシウス……。いい奴らだったよ」

 

 やめろこのポンコツッ!? エイブの壮絶な表情が見えないからって考えればわかるだろっ!?


「ほうっ……!」


 オリヴィエてめぇなにいい笑顔してやがんだぁ? だから嫌われるんだぞ。


「“死なず”のガープ、“最高”のベヒーモス、“傷無し”クリスタル……。あいつらは今も生きているだろうか」


 一応言っておこう。これはゲームのキャラクター名であり、実在の人物とは関係ない。もう一度言おう、実在しないのだ。


「もう一度……会って話たかったよ……」


 だからやめてっ!? 追い討ちかけないでっ!?

 ルヴィ! こんな時こそお前の出番だろ!


【…………っ】


 くっそこいつウケてやがる! 愉悦ってんじゃねえぞ!

 はあ、役立たずのポンコツAIめ。


【…………】


 不満そうにするな。事実だろうが。

 両儀の片割れだからって好き勝手してると、主に見限られるぞ。


【魔獣の左側の腕に打ち込んでください】

(うい)


 仕事をし始めたか。何もせずともルヴィならば完璧にこなしただろうが、完璧と限界を超えるならば油断など捨てなければ。

 あと問題を指摘するならば……


(ふぉぉぉおおお! この反動と音、しゅごいよぉぉおおおっ!)


 ……この元FPSトップランカーの武器オタクだよなぁ。

 ケースに入っていたブツを見た瞬間に(心の中で)歓喜の叫びを上げ、一発目撃った瞬間に(心の中で)昇天。周りに人がいなかったら頬ずりしていたかもしれない。

 まあ、ミリタリーオタクがコイツを前にすれば、歓喜に叫ぶのはある意味当然のことではあるのだが。

 全長1300mm。

 基礎重量14.4kg。

 特殊複合素材と強化合金で作られた躯体。

 あらゆる点で精密性を追い求めた工夫。

 当時、旧世代のアンチマテリアルライフルシステムを置き去りにした、常識すら塗り替え異次元とさえ謳われた至高の狙撃銃。

 後の時代においては『旧世界の女帝』とまで謳われた伝説。


 『レムカイトⅢ−クイーン』


 2020年代後半から猛威を振るった女帝は、2110年の今においてもその威光を弱めてはいなかった。

 この狙撃銃の歴史を知るオリヴィエが、その強さに笑みを深めたほどだ。

 これも因果か、と思いながら。

 オリヴィエは識っていた。真宵が構えるレムカイトが誰と共に歩み、どれほどの偉業を成し遂げたのか。『“旧世界”の女帝』という異名が、どれほど皮肉になっているのかを。


(ふへっ、ふへへへ……。ぐうぅ、しゅごいぃ)


 当然真宵はそんな事情なんぞ何も知らない。年季入ってるな〜、くらいの認識。

 そもそもこの銃を見た時点で、真宵は難しいことを何も考えられなくなってしまったのだから。


(この重み形スマートさ。別次元だぁ。ふへへ)

【気持ち悪いです】

(なんとでも言うがいいっ!)


 真宵にとって、このレムカイトという狙撃銃は特別だった。


(私と最も長く電脳空間を駆け巡った相棒パルトネル! 何故かお母さんがシミュレーターまで使って遊ばせてくれた伝説の名銃! 私はドブのように貶しても良いけど、この銃だけは貶させない!)


 実に熱い思いである。

 ちなみに、真宵はレムカイトのモデルガンをひっそり(親のお金で)買おうとしたが、プレミア付きで高価過ぎたがために買えなかった過去がある。

 こんなデカいもんバレないとでも思ったのだろうか。もし買っていたら、母親からの要求がさらに悲惨なものとなっていただろうに。

 しかし、電脳空間で散々触っていたと言っても、現実で撃てるかは別問題。真宵の異常性が少し覗いているように思えるのは、おかしなことではないだろう。


(うわふ……うやっほいっ!)


 いや、真宵は最初から異常だったわ。間違いない。

 だがそんなテンション爆上げな真宵にも、不満に思う点が一つだけあった。

 レムカイトが話に出れば、ペアとして必ず語られるものがある。

 それなくしてレムカイトは語れず、レムカイトなくしてそれは語れない。

 『疾走する壊星』の異名を誇る、解放学花開く前の伝説。


 『DISディープ・インパクト・システム2028弾』


 数キロ先の標的が最新の防弾チョッキを着けていようと確実に殺す。装甲車だろうと撃ち抜いてスクラップにしてやる。そんな傲慢を現実へと現すために、人が作り上げた天から降り注ぐ星の欠片にも例えられる破壊の申し子。

 『女帝』は、『壊星』を込められて初めてそのスペックを発揮したという。

 ゲームの中とはいえ、必然的に真宵が最も使った弾薬。故に使うのがDIS弾でないというだけでなんかピタッとこない。

 所謂、“解釈違い”というものだ。


【頭を高く上げたら狙撃してください】

(うい)


 半世紀以上前の対物狙撃銃にしては小さな発砲音が空気を震わせ、大口径弾が空気を裂いていった。

 遠目に見える魔銃の頭が、結晶によって閉じ込められる。


「またまたナイスショット! 私も訓練するか悩むところだ」

「君には必要ないだろう」


 オリヴィエの発言に冷静に返す真宵。


(ああ見てるかゲーマーおまえたち、私は今伝説の銃を撃っているんだ! ふぇいっほい!!)


 若干奇特なテンションで昂る内面。若干じゃないって? それはそう。

 もはや多重人格を疑う現実である。いや、ルヴィがいる時点で多重人格だろ、とかではなく。

 まあ、DIS弾じゃなくても十分楽しめるということだろう。

 なんだか真宵のタガが外れる気配がある気もするが、ルヴィがなんとかしてくれるだろ。たぶんメイビー。確信度は30〜60パーセントである。


「ふっ、“傷無し”クリスタルに傷をつけた瞬間を思い出す。まあ、右の肺を撃ち抜かれはしたが。あの時はランキングにも載らない若輩だった」


 おい馬鹿やめて差し上げろ。エイブが物凄い顔をしているぞ。正義の塊みたいな奴なんだから、弄んでやるな。


「……なあ、そのバトルロイヤルした空間って何処にあるんだ?」

(あ、やべ)


 真宵の脳が超回転。

 電脳空間です → ゲームかな → イエス → やりこんでるね → イ、イエス → 引きこもりだったりするのかな → いえ、す →ふむ、報告するから → そんなぁ(泣)……!

 凄まじい速さで導かれる結論。アラヤを追い出されるまでがイメージとして完成する。なおそれが現実に即しているかは別問題。

 真宵がそうと思い込んでしまえば、真宵にとってはそれが現実なのだから。

 というわけで、真宵は適当にペラ回すのだ。


「『月を遮れば銀箭ぎんせんの加護はなく、鋼の囲いでこそ新しき希望は生まれん。黒を越えて行くがよい』」

「なんだそれは」


 真宵のフレンドにいたポエマーが作ったものです。


「私と一時チームだった奴が口にし、(公式が拾って)あの場所で(ちょっと変更されて)使われた(ポエムっぽい)標語だ」


 何故真宵がそんなことを言い出したのか、エイブにはわからなかった。真宵自身もわかっていないのだから当然だが。


「何処、と聞いたな。日照時間の短い海外月の加護を拒絶したにある地下サーバー内鋼で覆われた限定空間の電脳空間、その内部だ。それ以外に私が詳しく知っていることはない」


 うむ、なんだか深いこと言っているように聞こえる。なんやねん月の加護を拒絶したって。


「どれだけの時間、そこにいた?」


 険しい顔で質問するエイブ。


(うえっ? まさか気付かれた? どどどうしよう!)

【一番長かった時間を言っておけば良いかと】

(なるほど、まさか廃人とは思わないものね)


 ポンコツと確信愉快犯が化学反応を起こしておるわ。


「一週間ほど寝なかったことはある。眠れば確実にキャラ喪失ロストだったからな」


 微妙に質問からズレた答え。エイブは指摘せず、怒りに歯を噛み合わせた。

 真宵の年齢は15歳だと聞いている。そんな少女が、どれほど過酷な環境に身を置けばこれほどまでに冷徹になれる。

 死亡ロストの恐怖を淡々と語り、仲間が死んだのかもわからない状況に疑問を抱かない。これが人間の生き方と言えるものだろうか。少なくともエイブは、認めることができない。

 そんな環境を作り上げた人間に対し、壮絶な怒りが湧き上がる。

 何が『プレイヤーはいくらでも補充できる』だ。ふざけている。人の尊厳と権利を奪いあげるなど、断じて認めることはできない。

 だが、エイブに何かできるわけでもない。

 彼はあくまでアメリカのオペレーターであり、日本支部の人員に直接干渉する権利はない。

 そもそも真宵がティーチャーになって二週間も経っていないという。ならば日本支部でさえ把握しているかは怪しいところだ。もし隠蔽などされていたら解決できる人間は限られる。

 そもそも真宵が言ったような環境を作れる時点で膨大な権力と資金が絡んでいるのは確実であり、下手をすれば国家が絡んでいるかもしれないのだ。

 エイブが如何に優れたオペレーターであっても、解決できるものではない。


(なんとか誤魔化せたか。いやっほい)


 無論エイブの考えているような背景は全くない。

 なのでエイブさんは、どうぞ安心してくださいな。

 おいオリヴィエ、何嬉しそうな顔しているんだ。期待するだけ無駄だぞ。

 真宵ポンコツは自分の発言を振り返りなさい。

 ルヴィはウケるな。確信犯め。


「あの、今どういう状況ですか?」


 シートの上で体を起こす眠り姫が一人。疲労が溜まっていたのだろう、今の今まで熟睡していたメリュである。


「おやおやメリュ。君も随分豪胆になったものだ。私も嬉しいよ」

「ちゃ、ちゃかさないでください。オリヴィエはいっつもそうですね! おじさんっぽいです」


 オリヴィエがカチンと固まった。おじさんと呼ばれたことがショックだったのだろうか。


「……それは、男っぽいということかい?」


 “おじさん”ではなく、そこから派生した“男っぽい”ことが嫌だったらしい。

 表情に怒りの影ができている。これは珍しい。


「あ、いえ、そういう意味では……」

「はははっ、遠慮することはない。魅力的な女性名オリヴィアではなく古臭い男性名オリヴィエなのがおかしいと言いたいのだろう?」


 笑っているが目が笑っていない。端的に言って怖い。


「え、あ、う、いえ」

「何、気にすることはない。今から相応の対価が払われるからね」

「ひえぇ……」


 躙り寄るオリヴィエと、素早く立ち上がり後退するメリュ。

 エイブも呆れた視線を向けている。

 だからこそ気付かなかった。迫る危機に対して、無防備な姿を見せてしまっていた。

 戦場であることを忘れた兵士は、死が身近になってしまうものなのだ。

 唯一気付いた者だけは、迅速に最善を選び取った。


「メリュッ!!!!」


 メリュを押し倒す真宵。

 驚いた表情を浮かべる真宵以外。

 そして——音速を超えて死の気配を運ぶナニカ。


「————ッ!!!!」


 鮮血が、肌を濡らした。

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