7-1

(じょせいがにがて)


 一瞬、真面目な顔で冗談でも言われたのかと思った。

 が、言われてみれば納得できるところはある。少しして、はっと気づく。


「……私も一応女ですけど、大丈夫ですか?」

「あ! ああ、いや、その、すまない……!」


 クロードは慌て、目線を少しさまよわせてから言った。


「その、あなたには威圧感のようなものを感じないし、爽やかで落ち着いておられて……」


 メディはぱちぱちと目を瞬かせた。


(さわやか……)


 確かに、威圧感はない。だが爽やかとははじめて言われた言葉だった。いやそもそも、女性の威圧感とはいったい何だろう。


「えーと。良い印象を持ってもらえているのならよかったです」

「! それは、確かに――以外で、このようにまともに話せる相手ははじめてだ」


 青年の声に少し勢いが戻る。耳慣れぬ単語がまじっていた。


「エクラ?」

「! あ……、彼女に、狼につけた名前だ。私が勝手につけたものなのだが」


 クロードは恥ずかしそうに目を伏せた。


 ――エクラ。

 それが、かつて名乗れなかったメディに与えられたもう一つの名らしかった。


 メディは妙に気恥ずかしくなった。自分のもう一つの姿は、あのときの少年から名前を与えられていたらしい。

 それにクロードがを語る声や眼差しも熱心で温かい。


「あ、あはは。それは光栄、です。ええと、でも、クロードさんほどの良い青年なら、良い女性がいくらでも見つかりそうですが。クロードさん……貴族の方、ですよね?」

「いや……私は大した男ではない。確かに家が爵位を持っているが、私自身の功績ではないし。爵位目当てに迫ってくる女性は苦手で……。だ、だから、メディ殿にもあまり畏まらないでほしいのだが」


 やはり貴族だった、と少し慌てて態度を改めようとしたメディに、クロードは更に慌てた様子で制した。

 メディはますますわからなくなった。

 貴族の御曹司で見目麗しく性格もよろしい。武芸の嗜みもある。できすぎたぐらいに完璧な青年だ。


(なぜこれほどの好青年がいまだ独り身なのか……)


 幼い頃のクロード少年と会っているために、なんとなく保護者とか親戚のような目線でそう思ってしまう。

 そのなんとも言えない気持ちが顔に出てしまったのか、クロードは苦笑いして言った。


「友人や家の者にも呆れられているんだ。どんな女性もエクラにはかなわないと思っているせいで」


 ごく自然な口調。

 メディは大きく目を見開いた。


「え、エクラにはかなわない……? それは……」

「エクラは純粋で寛大で優しく、聡明だった。凜々しく精悍な姿とあたたかく素晴らしい手触りの毛並み――彼女を抱いたときの感触がいまだに忘れられない」

(!?)

「あの理知的だが無垢な眼差し……言葉よりも雄弁な尻尾。虚言で飾ることもなく、誠実で純真で、行動によって慈悲を示す――エクラほど理想の女性はいない」

(!!?)


 メディは仰天した。クロード青年は冗談を言っているとしか思えないが、熱を感じるほどひたむきで真摯だった。――熱心だった。

 狼についてはじめて語ったときとまったく同じひたむきさである。


(こ、これはなにか大いなる誤解があるのでは……っ!?)


 クロード青年は、あの毛並みが忘れられない――というだけではないらしい。

 これではまるで。


「……笑ってくれて構わない。みな、私がおかしいという。笑うものもいれば真剣に心配してくれる者もいる。私も、彼らが正しいと思う。だが、エクラは私の初恋だった」


 メディは大きく目を見開いた。

 とたん、どっと鼓動が乱れはじめた。


「エクラが人であったなら、と何度思ったことか」


 自嘲の響き。メディの心臓がはねた。鼓動が乱れる。


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