6-2

 目の前で失われていった命。助けられたはずの命。

 どうして、と泣き叫んでいた友人。冷たい骸になった弟の側で泣き崩れる家族たち。


 手遅れになったあとでは帰って来た。その顔に、怯みと狼狽があった。

 メディの視界は真っ赤に染まり、彼女につかみかかっていた。頬が濡れ、目の奥が熱かった。


『あ、あなたたちの無力をあたしのせいにしないでよ!!』


 ――自分たちは何もできなかったくせに。ただ押しつけて頼り切りのくせに。

 の言葉はメディの怒りを煽り、同時に心をずたずたにした。


「……彼女だけを、責められはしないんです。私は……見ていることしかできなかった。聖女なんてたいそうな肩書きは、なんの意味もないものでした。私は神を信じられなくなり、自分の無力がいやになって神殿を飛び出したんです」


 メディは精一杯乾いた笑いを浮かべた。


 ――神がいるのなら、なぜこんな残酷なことをする。

『別に欲しかったわけじゃない』と公言する異世界の女に強大な恩寵を与え、生涯を神に捧げて仕える数多の聖女の、一人にも与えない。


 異世界の女が何の代償もなしに与えられ、無造作に使う力は、数多の神官・聖女が命をかけて欲し、そして与えられなかった力なのだ。


 弟の亡骸と家族を見送ったあと、友人は神殿から姿を消した。

 あんなことがあっても、の恩寵は重宝がられ、その後も神殿に保護され続けることに耐えられなかったのだろう。

 なにより、これまでのように聖女などと呼ばれ、応えぬ神に仕え続けることなどもうできなかったのだ。

 それは、メディも同じ思いだった。


 青年のかすかな吐息が聞こえ、メディは意識を引き戻した。

 クロードの新緑色の瞳が揺らいでいる。そして恥じ入るかのようにそっと目を伏せられた。


 メディは少し慌てた。


「ご、ごめんなさい。こんな長々と話をして……」

「……いや。私こそ、安易に聞いてすまなかった」


 自分を責めるような口調だった。

 その様子にメディのほうも申し訳なく思い、口調をことさら明るくして笑った。


「あはは。人とあまり話さない生活であるせいか、話相手を見つけるとついつい要らないことまで話しちゃうみたいです。お恥ずかしい」


 重くなってしまった空気を払うように、ふう、と大きく息をついた。そして話題を変えた。


「そうそう。私がさっき聞こうとしてたことなんですけど、クロードさんはもう結婚されてるんですか?」


 軽い口調で聞くと、クロードは意表を突かれたような顔をした。

 なんとなく気まずい空気が流れ、メディは驚く。


(あ、あら? 聞いちゃいけないことだった……?)


 無礼な質問だったかもしれない、と少し焦る。


「すみません、言いたくないことでしたら――」


 いや、とクロードは重たげに頭を振った。


「……あなたに比べたら何ほどのことでもない。結婚はしていないし、婚約者も恋人もいない」


 ぽつりとそんな答えが返ってくる。

 メディは忙しなく瞬いた。


(この年でこの容姿でこの性格で婚約者の一人もいない……!?)


 ありえない。いや、よほど特定の相手をつくらないといった色男ぶりでも発揮しているのだろうか。あるいはよほど家柄に問題がある、といったことなのだろうか。

 だがそれにしては、クロードには気品があり、態度には頑なさとぎこちなさがあって、女たらしにはとても思えない。


 ためらうような少しの間があって、メディはそれ以上突っ込んで聞くわけにもいかず、あれこれと推測を巡らせる。

 するとまた、独り言のようにクロードがつぶやいた。


「……女性が苦手で」


 短い答えに、メディはきょとんとした。

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