第38話 〝黄金妖精の消失〟

 ズドドドーンッ、シスとフレアベルゼが雑魚の骸人族と対峙している時、轟音が響き渡った。振り返ると、有翼の巨神ニケが顔のない首をこちらに向けて翼を展開した。魔力障壁で膜ができた翼は、空を歩くようにして空を舞う。


「巻き添えを喰らいんす。わっちの飛翔魔法で空を飛びんしょう」

「ああ、フレアベルゼ頼んだ」


 ジュワッという音がしてさっきまでいた場所付近が溶岩のように融けていた。見れば有翼の巨神は骸人族を集中して狙う為魔法陣が大小無数に現れている。フィオが生贄にされた可能性を考えてシスは焦った。フレアベルゼに頼んで、有翼の巨神に飛んでもらう。


「わっちの主よ、あれは〝竜王の護剣〟と〝自称魔王〟ではありんせんか?」

「本当だ。あ、フィオが生贄の台座に乗っている。もしかして……」

「悪いことは考えねえ方がようござりんす」

「ああ……――そうだな」


 あっという間に、有翼の巨神ニケの背中に辿り着いた。ホロウ・アストレアが自称魔王ヨツンと死闘を繰り広げている。やや、ホロウが推しているようだ。壁を背に座っているマグナスが目に入る。思いっきり〝魔王の槍〟を握って離さないようにしている。


『黄金妖精リンドベル・ベルリリーの力を見せる時がきたかもね』

「ベル……――どういうことだ?」

『今、フィオの魂はブリジットの持つ支配の魔杖の宝石に閉じ込められているわ』

「なんだって、じゃあフィオは?」

『その前に左腕を見せなさいな』

「もう、前からないだろう?」

『最後の大仕事の前に……――治してあげるわ』


 ――――ええ⁈


『穏やかなる癒しの光よ――――――我が意を示しなさい‼』


 肩の先から光が紡がれる。その意図は最初は骨の形になり段々と筋肉や皮膚へと変わっていく。不思議と安心感が募りシスは眠らくなってさえ来る。気が付くと左腕が元通りに戻っていた。

 力を強く握ったり放したり、曲げたりしても痛くない。シスはリンドベル・ベルリリーに礼を言おうとした。だが、口を塞がられる。


『今からすることは、シスにとっては残酷なことかもしれないわ』

「何をするつもりなの?」

『シス、黄金妖精って何か分かる?』

「太陽が苦手で、不死も苦手な夜に現れる不思議な妖精」

『知っていることは上辺だけね。もっとなぜかって考えて見なさいよ』


 シスは言われて考えた。太陽を嫌う――――創世神話ではまず太陽が作られたと言われている。主神ザインとも本当の名もなき神の御業とも言われていた。太陽を嫌うのは創世の神を嫌うのと同義だ。前に闇の住人と聞いたことがある。不死者を嫌うのは自身も不死者だから……違うとシスは感じた。不死者の王ゆえあずかり知らぬところで不死になる者を嫌う。


 ――――つまり、黄金妖精とは創世神に牙を剥く存在?


『少しは分かったかしら?』

「神と対立し続けた存在――――それが黄金妖精?」

『正しくは――――真の闇の帝王と言った方がいいかしらね』

「それだけなの?」

『黄金妖精は世界でたった一人よ。私は二〇〇年前、最後とされている魔王ヴァシュラムと相討った勇者ベルリ・リンドルの意思を引き継いだ存在なの。もしかしたらフィオ・バレッタの魂が消える前に魂を戻すことができるかもしれないわ』

「そんなことしたら……リンドベル・ベルリリーである君が消えちゃうんじゃないか?」

『そうね、力の大部分を失って消えるかもしれない。でも試すのは無駄じゃないわ』


 そろそろ有翼の巨神ニケの背中に辿り着く頃だ。フレアベルゼが小さく呟く。


「わっちの主よ、そろそろお喋りはやめた方がようござりんす」

「そうだな……――フレアベルゼはヨツンを倒してくれ。僕とベルはブリジットのところに行って支配の魔杖をもらいに行く」


 魔導機竜の止まり木に着き、機械化された飛竜から下りたシス。

 シスの琥珀色の瞳に映り込んできたのは、竜贄の儀の祭壇とそこに眠るフィオの姿だった。

 急いで駆けつける。


「ブリジット……その杖にフィオの魂が入っているんだね?」

「多分……そうよ。ベルガモットは角なしになった魔族だったの。それで自称魔王のヨツンがベルガモットを殺したのよ」


 リンドベルが姿を現した。二人の周りをクルクルと飛翔する黄金の粒子が降り注ぐ。

 シスは生まれた時から、一緒にいた存在を失うのに耐えられそうになかった。


『シスは……君は必ず誰よりも優しく勇敢な英雄になるよ』

「ベル……――本当にお別れみたいだな」

『さあ、支配の魔杖の宝玉を私に近づけて』

「本当に……――ダメだ。できない……二人共かけがえない存在なんだから」

『ダメだよ……妹がわずか十数年で死んでいいのかい?』


 涙を流しながら、シスは支配の魔杖の宝玉をリンドベルに近づけた。宝玉から虹色の魔力が迸る。魔杖を持っているのがやっとというくらいの力をシスは受け止めた。虹色の光は収束して、フィオの身体を包む。フィオは息を吹き返し、支配の魔杖の宝玉は完全に砕け散った。砕け散った砕片が転がったのをシスはボーッと見つめている。


「お兄さま……?」

「ああ……――フィオ……ベルが逝ってしまった」


 力が抜けてしまったシスは茫然として答える。


「え? ベルが……なんで?」

「力を振り絞ってフィオを助けたんだ」


 熱い大粒の涙が拭っても拭っても止めることができない。蜂蜜酒が大好きだった大酒飲み。どんな相手にも飛び出る生意気な口。そんなリンドベル・ベルリリーがもういない。

 シスは魂が半分喪失したかのような感覚に陥っていた。だが、それを見たフィオはよろよろと近づき――――――


 ――――――パンッと乾いた音がした。


 シスは頬を引っ叩かれたのを自覚する。いつか自暴自棄になっていた自分をリンドベルが同じように引っ叩いたのを思い出す。そうだ。やらなきゃいけないことがあるとシスは心を燃やす。


「ベル……僕は、必ず優しく勇敢な英雄になるよ」


 ドーンッという音がしてシスは自称魔王ヨツンが白い床をボールのように転がり倒れるのを目撃した。フレアベルゼが痛烈なパンチを繰り出したのだ。その横にはホロウ・アストレアが満身創痍ながらもドラグブラットを構えている。


「くそ……二対一なんて卑怯だぞ‼」

「あの虚空から出てくる骸人族を導いた口が何を今さら」

「この勝負はお預けだ。俺は一旦体制を立て直して必ずその首を貰い受ける」


 ヨツンは、転移結晶を砕き、どこかへといなくなった。それと同時に膝から崩れ落ちかけて、ドラグブラットを杖代わりにして、なんとか意識を保つ。そこにフィオが治癒魔法をかけに行った。


「ホロウ、ブリジット……――フィオを守ってくれてありがとう」

「「…………」」

「どうしたんだ? ケルベロスにでも睨みつけらえたのか?」

「お兄さまの腕が……」「……治っています」

「黄金妖精リンドベル・ベルリリーのお陰だよ」


シス・バレッタの左腕にも――――――〝紋章樹〟が発現していた。

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