第37話 〝有翼の巨神〟

 本陣である作戦司令室は、大騒ぎになっていた。ウヴォルスが開けた大穴から考えられない程膨大な未知の力が検出されたからだ。マグナスはじっと考え込む。シスは健在だというデータはある。だが、あの空にできた暗闇をどうにかできるのかはいまだ不明だ。


「マグナス様……この有翼の巨神を使う時ではありませんか?」

「ベルガモット、殺されたいのか? 俺は父の過ちを繰り返しはしない」

「マグナス様、しかしその件の小娘が現れましたぞ」


 そこには金眼銀髪の巫女服を着たフィオが立っていた。いつからそこにいたのかはマグナスには分からない。全てを聞かれたのかとマグナスは焦った。


「ホロウ・アストレア様が……――お兄さまに気絶させられていました。私たちは血の繋がらない兄妹ですが、思いは同じです。助けられる手段があって……――それを使わないのはたまりません」

「だが……確実に死ぬんだぞ。君は怖くはないのか?」

「いいえ、怖いです。死にたくありません。明日も温かいパンを食べて生きていたいです。でもそれは、この世界で生きる人々全員が思っていることです。だから――――」


 だから――――有翼の巨神の贄にしてください。


 それはマグナスにとっては呪いの言葉に等しかった。民を守る。犠牲は出さない。そうマグナスは言った。父グレンを殺そうと本気で思ったのは事実だ。だが、目の前の少女は生を諦めている。いや、むしろ他者が生きることを望んでいた。マグナスは唇を鬱血する程噛み締める。


「…………分かった。君の犠牲の上の平和を作ろう」

「ベルガモット……彼女を生贄の儀の祭壇に」

「さすがはマグナス様、既に準備は整っています」


 マグナスは生贄を捧げる気を満々にしていた様子のベルガモットを見て虫唾が走った。

 地上の本陣にいたマグナスたちは魔導機竜に乗って、有翼の巨神の背中へ向かう。


「シスに怒られそうだ。なぜ理想を追い求めなかったのかと」

「お兄さまは……きっと分かってくれます。優しい性格をしてますから」


 それを聞いて、マグナスは、その通りだなと思った。兄妹揃ってお人好し過ぎる。だがそれはマグナスも同じことだと本人は気付いてない。

 魔導機竜が有翼の巨神の背中の止まり木に立つ。マグナスたちは揃って祭壇へと向かう。白い華やかな祭壇の上にフィオが仰向けになって乗る。


「マグナス様……早く支配の魔杖で生贄をお殺し下さい」

「ダメだ……やはり俺にはできない」


 マグナスの本質は理想家だった。だが現実主義者でもあり、両輪が上手く回っている時は、下手な失敗はしない。だが、理想と現実は相反するものだ。今回のようにぶつかり合うとマグナスは、弱ってしまう。


「では……私がやります。支配の魔杖をお貸しください」

「ダメだ……ベルガモット触ると切るぞ」


 マグナスは、竜王の長刀を抜く。だが、吹き飛んで神殿の壁にぶつかる。マグナスが当たったところから放射状に白い壁に筋ができた。


「マグナス陛下が?!」


 フィオが叫び声を上げた。フィオは魔法を使おうとするも、背後からの手刀で気絶させられる。現れたのはヨツンの覚醒体だった。百舌ベルガモットが支配の魔杖を手に取り口角を醜く歪めると、ヨツンも酷薄な笑みを浮かべる。


「ヨツン様……ああ、新しい魔王陛下……角を抜き、醜い人族の中で耐えてきた甲斐がありました」

「ベルガモット、牢獄から出してくれてありがとう。支配の魔杖をこちらに渡してもらうおうか?」

「承知致しました。骸人族の冥王ユーグレイとの打ち合わせ通り、王都を襲うのですかな?」


マグナスが意識を取り戻した。ドラググレイヴで竜魔法を使おうとするも、〝赤い二又の槍〟――――〝魔王の槍〟が右腕に刺さる。


「く、くそ」

「手加減したとはいえ、覚醒体の俺の掌打を受けてなお戦おうとするとは、竜王はいつの時代もしぶといらしいな。念の為殺しておくか……」


 そこにズドーンと魔導砲の砲撃が加えられる。ブリジットがあとを追いかけていたのだ。自称魔王ヨツンの手が黒く焦げる。だが。支配の魔杖は健在だった。


「我が槍よ、小娘を刺し貫け‼」

「どうした‼ 我が槍よ‼ なぜ来ない?」


 赤い槍はマグナスが渾身の力を込めて、動かないように左腕でつかんで離さない。マグナスの精神力の高さがそれを為した。


「お前たちの隙にはさせない……‼」

「往生際が悪いですぞ。マグナス様……あとでたっぷりとドラグドラックをお運びしますから、今は少しお静かに願えますかな?」

「ベルガモット……まさか父にも……?」

「はい、しかしグレン様は……自分の意識でそれを弾かれました。人間にしておくのが勿体ない精神力の強さでした」

「ドラグドラックを作ったのは私の配下の角なし魔族ですよ」


 隠れ魔族がいるというのは、竜王国のみならずロンドニキア大陸の国家の認識だった。角がない魔族は力を行使できない。しかも生まれてくる者のは魔力が低い者になると言われている。


「そうそう、忘れていた。ベルガモット……あとは冥王ユーグレイと俺との話になる。お前とはここでおさらばだ」

「まさか……ここまでお膳立てしたのに裏切る気か⁈」

「最初からお前には反吐が出ていたんだ。何が角なしだ」

「そそ、そんな……誰か‼ 誰か‼」


 ヨツンの手から黒い炎が迸る。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」

「ぎやあああぁぁぁあああ⁉」


 その腐った肉が焦げたような匂いと断末魔の叫びでフィオも起きた。近くにはブリジットが〝魔王の傘〟を構えている。ふん、この支配の魔杖があれば残った者たちなどどうにでもなる。


「有翼の巨神ニケよ――――――魔王ヨツンが命じる――――――竜の巫女の魂を糧に――――――再び動き給え」

「ああ……――心が……――誰か助……けて」

「ミイイイィィィイイイ‼」


 ドスンという音がしてヨツンは支配の魔杖を取り落とした。ぶつかったのはフェシオンだ。支配の魔杖はブリジットのところへ転がる。それを掴んだブリジットをヨツンは睨みつけた。


「吸血鬼……殺されたくなかったらそれを渡せ‼」

「だ、誰が……アンタにあげるもんですか。このまま壊してやるわ」

「ふふふ、支配の魔杖には今小娘の魂が封印された。壊したら死ぬぞ?」

「そ……その通りだ。ブリジット持って逃げろ‼」


 ヨツンは、半眼を作りながら、ブリジットに近づく。瞬間ヨツンの腕が切れて地面に落ちる。血もドバドバと流れ出て、真っ白な床を穢す。


「誰だ‼ 俺の邪魔をする奴は……‼」

「〝竜王の護剣〟――――ホロウ・アストレア推参」


 そう言ってホロウはドラグブラットに付いた血を振り捨てる。


「ふん、先に殺されたいようだな。勇者気取りのガキが」

「俺は勇者でも英雄でもないだけど……それはお前も同じだ‼ 自称魔王が‼」


 ホロウ・アストレアの手の甲が黄金色に輝き、〝勇者の紋章〟が発現したことをまだ誰も知らない。

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