第29話 〝魔王と対峙する者〟

 シスたちは最上階〝有翼の巨神〟の首の位置にやって来た。目の前には一騎当千の強者たちが揃っている。シスはそこに、ルナマリアと巨人族の将軍アイゼン・アルシュダがいることを見て、怒りで右手が震えた。

 親衛隊副隊長のルナマリアが叫ぶ。


「マグナス陛下投降してください‼ 全員の安全は保障いたします」

「狂王たるわが父を討つのが目的だ。邪魔するならば元護剣だろうと容赦はしない」

「そこの隻腕の男……半年前のガキか……復讐に来たというわけか?」


 アイゼンが面白そうに話す。愉悦に浸っているのだ。復讐は蜜より甘い。逆もしかりで復讐者を返り討ちにするのもまた蜜より甘いのだ。アイゼン・アルシュダ将軍は〝処刑人〟と呼ばれるほど恐れられている。ロンドニキア竜王国では、彼に並ぶ猛者は殆どいない。


「マグナスよ、私を討つのはことを為してからにするがよい。狂王グレンを討った英雄として名を残せ」

「父よ、なぜ、神骸を起動されるのですか?」


 壮年の竜王グレンは片眼鏡を外した。その顔はなにかを諦めたような寂しさを含んでいる。それには答えず、代わりに百舌ベルガモットが前に進み出る。背が曲がり、顔はしわくちゃなただの枯れ木のような老人のようだ。


「マグナス様……お久しぶりでございます。〝新たなる敵〟をグレン様の〝魔王の眼鏡〟と王都の未来予知演算宝珠エキドナが検知したのでございます。大人しく投稿してくだされば、罪は問いません」

「黙れ、まさかとは思うが……百舌よ。お前が、父をたぶらかしたのか?」

「そのようなことはこの老骨にはできませぬ。こちらにお戻りください。次期竜王はあなた様なのですから」


 シスは、なんとなく敵意がなくなっていくような気分がした。おかしいと思っていると、フレアベルゼが一喝する。


「わっちの主よ、たぶらかされないでおくんなんし‼ ヤツは幻覚魔法を使っていんす‼」

「魔族を従えているというのは事実のようですな」


 百舌ベルガモットがそう言うと、アイゼンが命令をする。


「親衛隊よ、〝竜贄の儀〟の間、足止めせよ」

「ふん、魔力の制限があるとはいえ、魔鉄鋼ごときの鎧、我が〝火焔の錆剣〟で一撃でありんす」


 親衛隊の黒い隊列が一筋の道を作る。現れたのは金眼銀髪の少女フィオだ。


「お兄さま……腕が……腕がなんで?」

「ここに来る前に……――〝巨人の鋸〟でモンスターに切り落とされた。でも後悔はしていないよ。こうしてフィオに会えたわけだし……」

「ホロウ……あなたの腕でも敵わない相手がいるのね。もしかしてそこの魔族かしら」

「ええ……フィオ様……勝ってみせると息巻いておきながら、情けなくて涙が出ます」


 ズドンッと重々しく力強い足音がする。鳴らした主はアイゼン将軍だ。もう話は終わりだという意味だろう。フィオは親衛隊に連れられて白一色の祭壇の上に乗る。

 

 親衛隊が一気に突っ込んでくるが、フレアベルゼが一言叫ぶ。


「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 ドーンッという音がして黒い鎧の魔導騎士たちが吹き飛んだ。隊列はグチャグチャに崩れる。だが、黒い魔鉄鋼製の鎧は頑丈らしく、少し焦げただけだった。シスがよく魔力視をするとフレアベルゼの周りを結界魔法が包み込んでいる。


「ぬぬ……わっちの魔力を制限しているのでありんすか?」


 マグナスが魔法を短文詠唱する。


「鋭き岩よ、穿て――――――ストーンエッジ‼」


 刃のような岩が形成されて、百舌ベルガモットの元へと飛んでいく。ベルガモットは詠唱を中断し、防御魔法を使う。


「ふん、魔力封印とは……召喚士との戦いに慣れていんすね」

「私は百舌……古今東西の魔法を蒐集するのが趣味でしてな」


 戦闘は徐々にだが、熱を帯びてきている。フレアベルゼの前には、アイゼンとルナマリアがコンビを組んで待ち受けていた。サポートをする為の魔導士たちも後ろにいる。


「ふんっ、時間稼ぎとはこのことを言うのでありんすね」

「竜王国将軍アイゼン・アルシュダ……魔族の生き残りよ、名を名乗れ」

「第三〇代魔王フレアベルゼ……強き種族――――巨人族でもかなりの猛者と見た」

「私もいるわよ……竜王国親衛隊副隊長……ルナマリア・オーゼンナイト」

「それなりにわっちのことを警戒しているようでありんすが、足りないでありんす。全く足りないでありんす」


 フレアベルゼは宙から〝火焔の錆剣〟を取り出した。一気に圧力がその場を支配するのがシスにも分かる。そんな中一人だけ笑う。アイゼン・アルシュダ将軍だ。好戦的な笑みは猛禽類のそれを思わせた。それを見てフレアベルゼは呵々大笑する。


「くくく、かかか、ははは、戦闘狂というやつでありんすね。どの時代にも変わり者はいるものでありんすね」

「そういう貴様も――――魔王を名乗るとは、奇天烈なやつだな」

「わっちは、わっちの主に召喚された正真正銘の魔王でありんす」


 そこにルナマリアが割って入る。


「魔王など……二〇〇年前に魔族と共にほろびたはず……幾ら姿が似ていようとも、騙されはしない」

「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 ドーンッという音がしてルナマリアが吹き飛んだ。受け身を取った為衝撃の他はダメージはない。だが、アイゼンもルナマリアも相手が只者ではないと悟った様子だ。それは付け込む隙を失くしてしまったということの証左。あくまでフレアベルゼはシスの魔力に依存した力しか出せない。


「ルナマリア……やれるか?」


 アイゼンは一筋汗を流した。今まで戦ってきた相手とは別格ということを強き者は自覚する。それをフレアベルゼは察知する。そして半分仮面で覆われた顔の表情を笑みへと変えた。


「今の一撃を受け止めきりんしたか……人族の小娘にしては中々やるようでありんすね」

「魔王……なのだろうな。この力を見せつけられて、まだ信じないのはただの間抜けだ」

「ふむ……バカ力が自慢の巨人族にしては理解が早うござりんすね」


 その様子を見て、ルナマリアはアイゼンと目を合わせて言った。


「アイゼン将軍……先方は私が努めます。一撃を加えるのは任せます」

「〝竜王の護剣〟だった技を見せてもらうぞ。ルナマリア」

「ええ……八剣流秘奥義をお見せします」

「わっちも少しは本気になった方がいいのでありんすかね」


 フレアベルゼは〝火焔の錆剣〟を持ち構える。シスは今までのような余裕綽々とした感じではないと思った。次に両者がぶつかる時は、必ずどちらかが傷を負う。そういう確信がシスにはあった。


「フレアベルゼ……――僕も君と共にある」

「まさか……わっちに主よ。ダメでありんす‼」


 フレアベルゼが、魔王ともいう者が……慌てふためいた。相対する二人は気付かない。


「汝、〝魔王フレアベルゼ〟の根源たる力を呼び覚ます。我が命を糧に更なる力を呼び起こせ‼」


 ゴオオオォォォオオオという炎の音が轟いた。フレアベルゼの身体を炎が包む。本来の力ほどではないが、〝シスの命〟を糧にフレアベルゼは強化された。フレアベルゼが一筋の涙を零す。落ちる前に炎で気化してしまう。


「どうやら……わっちは誰にも負けてはいけないらしいでありんす」

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