第5話 〝激戦の結末〟

 このままたアーマードインセクトが倒されるならば生き延びれるかもしれない。シスは……――そう考えた。考えてしまった。それは致命的な油断を生む。背後から現れる黒い魔鉄鋼製の鎧を着た集団に気付くのが遅かった。シスが剣を抜くよりも早く、剣を振り下ろされる。思わずたたらを踏んだおかげで、シスは切り殺されずに済んだ。


「こ、こ、殺される?! し、し、死にたくない」


 アインが大の大人らしくない悲鳴を上げた。それが契機となって、黒い鎧の集団とシスが動き出す。シスは、すかさず魔法を短文詠唱する。敵の黒い兵士たちは丸い大きな盾を構えた。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」


 黒い炎が集団の真ん中に炸裂する。魔法の触媒になる杖があれば、もっと威力が出せるのにと、歯痒く思った。黒い鎧の集団は傷一つ負わず、隊長と思わしき女性が大きな声を出す。凛とした聞こえやすい声音だ。とても軍人とは思えない。


「降伏しろ……我々竜王親衛隊にには通常魔法は効きはしない。宮廷のグレートデーモンの亡骸を見ただろう? 召喚士の一族は滅んだ。帝国魔導騎士団も我々の魔導兵器によって半壊しつつある。命までは奪わないから降伏しろ」

「ほ、本当に殺さないでくれるのか?」

「お前は帝国魔導騎士団の一人か……骨のある者ばかりと思ったが、軟弱者はどこにでもいるのだな」


 ――――お父さん、お母さんの仇は許さない。


 シスは、カッとなって正気を失いつつあった。魔剣を引き抜く。黒い鎧の集団のリーダーが進み出る。そして昼間の月のような青い刃をした魔鉄鋼の業物の直剣を抜き出す。シスは冷静でいられず、気が付かなかったが女が相手だった。


「あなた、名前はなんというの?」


 両腰に四本ずつ、計八本の剣を持つ騎士団のリーダーが前に出る。付け入る隙など微塵も感じさせない。立ち振る舞いから見ても強者だということが分かる。


「シス・バレッタ……――お前らが殺した召喚士の長の息子だ‼」

「私の名前はルナマリア・オーゼンナイト……〝竜王様の護剣〟よ」


 シスは、自分の死地がここだと心で理解していた。願わくばフィオが生き延びてくれるといいとシスは思う。裂帛の気合を込めて、使い慣れていない剣を振るった。


「はあああぁぁぁあああッッ‼」  

「八剣流奥義――――――竜狩りの一閃‼」


 ――――死んだ。


 だが、腹に激痛が走るだけでシスは死んでいなかった。目を開けると黒い鎧の騎士が部下にあれこれと指示を出している。どうやらフィオを捕まえようとしているようだ。アイアンソウルゴーレムの雄叫びが聞こえる。


『ゴオオオォォォオオオ‼』

「ゴーレムに魔法は効かない。少しずつダメージを与えろ‼ 召喚士にこれ以上召喚魔法を使わせるな‼」


 激痛に苛まれながら、シスが体を起こすと十数名の王国騎士たちがアイアンソウルゴーレムと互角の戦いを挑んでいた。シスは、立ち上がろうとしたが身体が転ぶ。身体がこれ以上動くと死ぬと警告音のように脈拍が鳴り響く。


「(フィオ……――頑張れ。王国騎士を倒して逃げるんだ)」


 だが、アイアンソウルゴーレムは最早ガラクタ同然だった。身体は装甲がはげ落ち、配線は切れて、大地を断つ大剣もひびが入っている。だが、召喚士であるフィオとの連携は未だ崩されてはいない。ゴーレムが遂に腕一本が地に落ちる。


「神様……――フィオをどうか助けてください」


 シスは祈るしかできないことに歯がゆさを感じた。召喚士の血が流れながら、召喚魔法が使えない〝ブックマン〟。散々笑われて生きたことが当然のように思える。シスは無理矢理立ち上がり、敵の隊長ルナマリアを背後から襲おうとした。


「小僧……邪魔だ……‼」


 ドンッと横薙ぎに大きなものに殴られて、シスは木にぶつる。目を開けるとそれは大きな巨人族の姿だった。他の騎士と同じ様に黒い鎧を着ている。腕にはアイアンソウルゴーレムの持つ大剣より大きな剣を握っていた。アイアンソウルゴーレでは勝ち目がない。そうシスは判断した。


「ルナマリア、これだから人族の弱小な騎士団など作らず、亜人種混合の騎士団を作るべきなのだ。竜王様のこだわりには困ったものだな」

「アイゼン将軍、宮廷は落としたのですか?」

「召喚士を潰したお陰で楽だった。まるで歯ごたえのない連中ばかりだ。最後に一人残ってグレートデーモンを召喚した緋色の髪の召喚士には苦戦したがな」


 そう言ってアイゼンと呼ばれる巨人族は大笑いした。緋色の髪はシスの父アーヴィンだろう。シスは子供は殺してやると心から憎んだ。こんなに人を憎んだことは今まで一度もない。巨人族のアイゼンと呼ばれた者が興味深げにシスのことを見つめる。


「緋色の髪の小僧か……あの召喚士の倅か……人族のくせに、中々いい殺気を出す。貴様の父を殺したのはこの俺……ロンドニキア竜王国親衛隊長アイゼン・アルシュダだ。お前は、どうやら生き残した方が良さそうだ」

「闇より黒き炎よ、爆ぜろ――――――ハイエクスプロージョン‼」


 シスは自分の使える限界の通常魔法を放つ。だが黒い魔鉄鋼製の鎧には効き目がない。帝国の魔導士たちがあっさりと敗北する理由をシスは理解した、召喚魔法くらいでないと白兵戦でしか勝てない。


「無駄な足搔きをする者も俺は大好きだ。そういうヤツが強者となり立ち向かってくるなら竜王様に仕える意味があるといったものだ」

「アイゼン将軍は、さすが好戦的な巨人族ね」

「そこで漏らしている者は誰だ?」

「名前は知らないけど……帝国魔導騎士団の恥さらしよ」


 アイン・タースワンは、小便をちびり、大便も漏らしつつあった。シスという子供でさえ敵に怯えずに立ち向かっているのに、控えめに表しても腰抜けといわれてもいいほどの醜態をさらしている。


『ゴオオオォォォオオオ‼』

「あれがこの帝都最後の脅威か……よし俺みずからが叩き潰してやろう」

「アイゼン将軍、将軍みずから戦いに出るのはどうかと思いますが?」

「親衛隊員が死ぬのは隊長を兼任する者としては心苦しい」

「戦いたいだけでしょう?」


 そのルナマリアの言葉には反応せず、将軍アイゼンは、ゴーレムの元へとその巨大な姿には似合わない速さで肉薄する。ゴーレムは――――フィオは、アイゼンの接近に気付けなかった。その結果巨大過ぎる大剣を一振りするとアイアンソウルゴーレムは真っ二つに壊れて、黒い靄のように魔力の残滓を出しながら消えてしまう。


「おや……銀髪に金眼の処女? 貴様が新たな巫女か?」

「動くな……フィオを放せ。じゃないとこの女の首を掻き切るぞ」


 シスは、ルナマリアが注意を逸らしている瞬間を狙ってナイフを首にかける。正真正銘最後の力を振り絞った。ルナマリアは、悔しさから歯噛みをするがシスは首筋に魔鉄鋼製のナイフを当てる。


「緋色の小僧……ルナマリアを殺したかったら殺せばいい。闘争は憎しみから生まれる。そして歓喜が終わりへと導く。俺は巨人族だ。巨人族の荒々しさは知ってるだろう」

「……ハッタリだ……フィオ……逃げろ‼」

「お兄さま……置いていくなんて……できないよ」


 唐突にズバッと赤い花が咲いた。シスの背を切ってアイン・タースワンが寝返ったのだ。膝から崩れるシス。アイゼンに捕まり、泣き叫ぶフィオ。段々と視界がぼやけていく。


 ――――――全くだらしないわね。今は私があなたを救う番ね

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