【完結保証】歴代魔王を召喚する♂、シス・バレッタの独り言

色川ルノ

第一部

第一章

第1話 〝召喚士の息子シス〟

 星暦二〇〇〇年代後半、科学文明が一度崩壊した。それから一〇〇〇年後どうにか、魔導文明が発達し、現在魔導暦一二〇〇年を迎えている。魔導暦は――魔法と科学が融合した新たな文明の黎明期といえた。 

 シス・バレッタは代々召喚士として名を馳せた血族の長男だ。だが、昔から犬一匹すらも召喚することができない。おかげで各地に点在するダンジョンを攻略できないでいる。それはバレッタ家の隠しておきたい話であり、知る者は非情に少ない。

 ただし、シスはあまり深刻な問題だと捉えず悲観的に考えていなかった。そうなると慌てるのは親であり、兄妹であり、親族たちだ。自由奔放に生きるシスにとってはそれは大きなお世話なのだが、名家に生まれてしまったから仕方がない。


 一五歳の誕生日の祝いの席で、バレッタ家当主であり、帝都魔法学院の召喚魔法研究教授の父は告げる。黒い癖っ毛に、緋色の瞳を持つ少年――シスは黙って父の言葉を待つ。


「シス……お前は非才だ。名門バレッタ家の名誉に関わる。だから――――」

「――――追放ですか?」

「いや、冗談だが……――家族にそんな非道なことができる者がいるはずがないだろう」

「では、何を?」

「ラナフォード公国にある田舎の魔法大学で自由に暮らすといい。お前の従姉が教鞭をとっている」

「それは……――命令ですか?」


 当主であり父のアーヴィン・バレッタは古い魔導書をシスに手渡してきた。ボロボロの魔導書をやや困惑した様子で、シスは受け取る。名前は〝王の書〟と微かにだが読むことができた。一体自分は何をさせられるのだろう。新しい玩具を見つけた子供のような顔をしていると――――


「――――シス・バレッタ、お前にしかできないことを任せる。召喚士の一族の真祖ローバレル・バレッタが綴った最初で最後にして、唯一無二の魔導書の封印を解くことだ。お前には残念ながら召喚士の資質は皆無と言っていいだろう。だが、優れた知性と探究心は人並みならないものがある。追放などではなく、ゆっくりと翼を広げてもらいたい」

「お父さん、ありがとうございます。一度魔導書と真剣に向き合ってみたいと思っていたんです。それに我が家の真祖ローバレル・バレッタ様の綴った魔導書ならば、面白いことが書いてありそうで……――今から楽しみで仕方ありません」


 シスは、好奇心が純粋な子供のように強かった。昔から魔導書を読むのを日課としており、他人はそれを嘲って〝ブックマン〟と呼んでいる。だが、それはシスの心を抉ったり傷つけたりはしない。シス・バレッタは召喚士としては落第生だが、所謂、大器であった。


「シス……――ラナフォード公国で嫌なことがあったらすぐに知らせるのよ?」

「テレシアお母さん、必ずや〝王の書〟の解読を成功させます。だから気を遣わないで」

「ラナフォード公国には魔導文明が栄える前の本が眠っている立派な図書館があるわ。私もお父さんと結ばれる前は紋章学の研究生だったの。きっとあなたの糧になるはずよ」


 父アーヴィンも母テレシアもシスを想っての采配を振るっていた。実際、ダンジョンなどに潜るよりも、偉大な研究家の方が世の需要は高い。シスは、今すぐにでも〝王の書〟を開いて中を読み明かしたいと思った。バレッタ家は偉大な召喚士も輩出するが、その数倍は有能な研究者を生んでいる。


「私もシスお兄さまの後を追うわ。シス兄さまが一五歳だからあと二年後ね。だから、病気や怪我をしないで、ゆっくり待っていてね」

「フィオ……――そう深刻にならなくて大丈夫だよ。それにフィオには傑出した召喚士の才能がある。僕は――――フィオに代わりに実戦で鍛錬をして、お父さんみたいな大召喚士――グランドサモナーへと至って欲しいな」

「でも……私は……――お兄さまを慕っているんです」

「うっし、じゃあ久しぶりに、魔法での遊びをするかい? 前はファイアボールの的当ては僕の勝ちだったね。どのくらい前だったかな?」

「数か月前だったかしら……確か兄さまが五連続で的の中央にファイアボールを当てたわ」


 昨日のことのように面白そうに話すフィオを見て、シスは嬉しくなってしまう。フィオは、器量もよく、控えめにいっても美しい。王都のダンジョンでも召喚士として八面六臂の大活躍をしていると聞く。それは非才な兄であるシスとって劣等感ではなく、むしろ自慢だった。


「こらこら……二人共、食事もしていないのにもう遊びのことを考えているのか?」

「だって……お父様……最近シスお兄さまに構ってもらえなくて寂しいんです。ラピッドラビットは寂しいと死んじゃうんですよ?」

「まったく、フィオはダンジョン探索で聞く〝百魔使い〟とは大違いだな。だが僕は、人間らしくて嬉しいよ」


 父アーヴィンが呵々大笑し、葡萄酒を呷る。シスの父はベオグランデ帝国魔法学院の召喚学の教授でもあり、ベオグランデ帝国の〝三傑〟ともいわれる優秀な帝国の頭脳でもある。今は二〇〇年前に魔王が倒されて、平和を人々は甘受しているが、いつどのような種族から世界を滅ぼす邪悪――魔王が生まれるとも限らない。


「お父さん、様はまだ予言を授かってはいないのですか?」

「う……む、まあ……――明日皇帝陛下から宣言があるから話しておこう。トリエラ様は、近い将来魔王が降臨すると英神ザイン様からの神託を授かった」

「じゃあ、フィオは近い将来……軍人になるということですか?」

「いや……――その件は、将軍と話を内々で済ませた。まだ年端も行かぬ少女を戦場に駆り出すよりも、大きな戦力に育つまで待つことになった。召喚士は戦場の切り札ともなるが、絶対数が少ないからな。新たな魔王が降臨する時まで、フィオには爪を研いでもらう」


 シスはホッとして、テーブルの上に前のめりになっていたことに気付いた。父アーヴィンも母テレシアも妹のフィオも大いに笑う。気恥ずかしさを覚えるシスだったが、妹が今すぐに軍人にならないで済むと知り、ホッと胸を撫でおろす。


「お待たせいたしました。ラピッドラビットの丸焼きでございます」


 執事長が夕食のメニューをスラスラと伝えていく。シスたちのテーブルには次々に料理が運ばれる。シスはラピッドラビットの丸焼きと聞いて、不思議に思った。


「え⁈ ダンジョンのモンスターは死んだら消えちゃうんじゃ?」

「シス、最近の研究で、モンスターをダンジョンの外で繁殖させることができるようになったんだ。ラピッドラビットは王侯貴族しか食べれないのだが、愛する我が息子の為に取り寄せんだぞ」


 ふふんと自慢げに父アーヴィングは鼻を高くする。シスは一体どのくらいの金額を使ったのかと気になったが、甘い肉汁に舌鼓を打つ。家族そろって食事をするのは久しぶりだった。その後も楽しい会話をしながら、夜は更けていく。


 〝王の書〟に記された破竜の紋章が薄っすらとシスの手の甲に浮かんだのをまだ誰も知らなかった。それは救世の……英雄を生むのか、破滅の……覇王を生むのか、まだ誰にも分からない。

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